14.帰投
14.帰投
ー地上
「おいチビ!」
「ハイ」
成金が建ててバックレたボロい別荘にチンピラ:伊達恭士郎の怒声が響く。
普段の声じゃなくヤンキーが先公を威圧するような高い声だから気持ちよく寝ていた女神:エクレールの安息は完全に消し飛んだ。
チンピラに文句を言ってやろうと声のした部屋に入るとチンピラと天使のような美少女:セシリア・イシュトバーンがいる。
「ナニカ、アリマシタカ?」
セシリアが宝石のようなきれいな目でチンピラを見上げ、チンピラは土砂と粘土が混じった汚水のような黒目で天使を見下ろす。
「これを見ろ」
チンピラが指差したのは部屋の隅に畳んで置かれた布団だった。
ああ、ちゃんと畳んで部屋もきれいに置いてるんだ。
やっぱ育ちのいいお嬢様は違うな。
自分の部屋とは雲泥の差だ。
「布団の端が揃ってない。やり直せ」
「ハイ」
細かっっ!!!!こいつ小姑かよ。
セシリアが自分の体より大きな布団をたたみ直そうとするのを横目にチンピラは白い手袋を装着し部屋の隅をなぞる。
「やり直せ」
「・・・ハイ」
白手袋には目で見て見えるかどうかのわずかなホコリが付いている。
誰が気にするんだこんなの。
「ちょっと待てこの野郎!」
見かねたエクレールが二人の間に割り込む。
いくらなんでもこれは言いがかりだ。
はっきり言っていじめ、パワハラ、その類いだ。
こんなことは許してはならない。
このチンピラは自分がセシリアを金で買った、だからどうしようが俺の勝手、くらいにしか思ってないだろうが相手は子供、こんな理不尽は許してはならない。
「なんだアイシンか」
「なんだじゃない!!!」
アイシンとはエクレールがセシリアに日本語を教える際に間違って覚えた単語だった。
全くもって不名誉なことにセシリアは女神の自分をチンピラの愛人だと思っているらしい。日本語に不慣れなセシリアが愛人をアイシンと発音したのを面白がって以降はこの名前で呼ぶようになった。
全くもって不名誉だが今はそんなことはどうでもいい。
良識ある大人として、悪い大人の悪意から美少女を守らねばならない。
「あんたねー!きれいに片付いてるじゃない!理不尽なこと言って女の子いじめてナニカ楽しいわけ?」
チンピラは特に悪びれることなく女神に向き直るとポケットに手を突っ込んで、取り出したるは別の手袋だ。
「この手袋をいくらで欲しい?」
新たに取り出した手袋は茶色でくすんだ色をしている。
なるほど、金を払えば採点を緩くしてやろうというのか、悪辣な公務員らしい手口だ。
そして、もっとも今の女神が対応できないやり口だ。
女神には今金がない。
神器の回収に際してこの世界に降り立つに当たって女神の上層部から支給品、支度金は「一切」出なかった。
転生を担当したよしみでこのチンピラの家に転がり込んで飢え死には免れたが金がないことには変わりがない。
しかし、だからといってこの理不尽から救い出すことを諦めていいのか?
考えろ、考えるんだエクレール!
「オワリ、マシタ・・・」
「よし」
チンピラはしれっと茶色い手袋に付け替えて同じ確認作業をする。
「よかろう。じゃあ飯にするぞ、手を洗ってこい」
「ハイ・・・」
かわいそうに部屋を出るセシリアはまだ朝なのに息があがっていた。
「あんたねー、厳しいのか甘いのかどっちかにしなさいよ」
「あいつはチビでガリだ。とにかくすぐバテる」
なんて口が悪いやつだ。あんなかわいらしい女の子に対してこんな暴言を吐くなんて親からどういう教育を受けたというのか。
「何をするにも体力がないと話にならん。一日動いてバテないくらいにはな」
恭士郎は少しだけ穏やかな顔になる。
「それに、がさつな女は嫁のもらい手がいなくなるからな」
やめてくれ恭士郎、その術は女神に効く。
「飯にするぞお前等。しっかり食えよ」
テーブルを囲うメンツはチンピラ、女神、美少女、大男の嫁、その娘の5人。
テーブルに並ぶ食事はライス、味噌汁、生卵、醤油、野菜のサラダ、漬物がいくつか、燻製肉を焼いたやつ。
わりとふつーな内容だが問題はその量だ。
顔よりでかい椀に盛られた米だけですぐ満腹になりそうだが恭士郎の椀はもっとでかい。どういう胃袋してんだこいつ。
「ジーン、まずは味噌汁を飲め。朝の毒抜きをしろ」
大男の娘、ジーン・スコフィールドが手でライスを掴もうとするのを制止し、小さいスプーンで味噌汁を掬って飲ませる。
「きょー!」
ジーンは味噌汁を気に入ったようで、小さいスプーンを逆手に持って味噌汁を一心不乱に飲む。
ジーンが飲む味噌汁は先に盛り付けて冷ましてある。
このチンピラは顔にに合わず妙に細かい。
「ありがとう」
小さく礼を言ったのは大男の嫁:レイラ・スコフィールドだ。
「気にするな。同期のよしみだ」
この二人、同じ時期に転生したんだ。と女神は分析する。
レイラはエクレールの受け持ちではなかったが、転生者同士のつながりにそういうのは関係ないらしい。
恭士郎は軽いノリで返しているが、レイラはなにか複雑な感情があるように見える。
こいつら過去に何かあったな?
「チビ、残さず食え。昼までもたんぞ」
セシリアは小さな口で肉を噛み切ろうとしてうまく飲み込めないようだった。
そうして噛んでいるうちに満腹中枢が刺激されて気分が悪くなったのか汗が浮き出てきた。「米を食え!米で流し込め!」
恭士郎は手本とばかり肉にかぶりつくと端でライスを掻き込んで一気に飲み干した。
「食った気がしねえな」
そして次のライスをよそいに行く。
どういう体してんだこいつは。
セシリアはそれを真似ようと箸を手に取る。
すごくきれいな持ち方、箸先が八の字の末広がりになってる。
この子、育ちも地頭もいいんだなって。
すごくきれいな所作で、無理矢理ライスを小さい口に入れて頑張って喉に力を入れて、飲み込んだ。
「よくやった、残さず食えよ」
セシリアが気分が悪そうな顔になった時、テーブルの隅に置いたラジオが臨時ニュースを報道していた。
昨日、政府の駆逐艦が凶悪な海賊の襲撃を受けた。
襲撃に気付いたのは全身の骨を砕かれた艦長の死体が陸地に漂着したからだ。
駆逐艦の行方は不明だが、海賊が身代金の話を持ってこない時点で乗組員の生存の可能性は皆無。
そして乗り組んでいた転生者の傭兵についてもそれは同様ということだった。
「スコット!?」
顔が青ざめたレイラを恭士郎が制す。
「落ち着け、あいつが乗ってるのは別の船だ」
そう言って大男が送ってきた写メの画像を見せる。
大男の周りにいるのは浅黒く日焼けした漁師だ。軍人ではない。
そして、伊達恭士郎という男は気休めを言うような育ちのいい人間ではない。
もしスコットが死んだら「あいつは死んだ。悪運もここまでだ」とでも言う。
それが分かる程度にスコフィールド家との付き合いは短くはない。
それでも辛気くさい空気が消えるわけではないのでラジオの周波数を変更する。
HHK(緋ノ本(H)放送(H)協会(K))からKBC(暮(K)放送局(BC))へ。
こちらは明るいニュースだ。
政府軍の名を騙り度重なる略奪を行っていた悪辣な海賊を勇敢な地元の漁師が返り討ちにして海域の治安を回復、安全に漁が出来るようになったというニュースだ。
海賊が使用していた駆逐艦は鹵獲して旅団に寄付し、礼金を受け取るらしい。
―記憶の中に眠る悲しみ
―透明な水の
―真珠に変わる
―大きな愛でいつか
―すべてを抱きしめ
―儚い想い、真っ白な砂の跡残すよ
楽団の音楽が流れ始めたところでスコットから写メが送られてきた。
浅黒く日焼けした漁師たちと記念写真を撮ってる。
漁師の他には、白銀姫:アンジェリーナ・デオロットと、赤黒い防火斧を赤黒い腕で持った若い転生者がいる。
「な?」
スコットからは借金の返済が早く終わったのでこれから夜鳴子に戻るという連絡だった。
―???
事務所のドアが勢いよく蹴り飛ばされた。
構成員たちはすぐに臨戦態勢に入る。
「やるんかわりゃ!?」「ぶち殺すぞおどりゃ!」
こういう事態は珍しくない。
構成員は怒号を飛ばしつつもデスクを倒して遮蔽物にしつつライフルを入り口に向ける。
そこにいるのは3人の転生者。
防火斧を持った若い男、銀髪の小さい女、あとは一つ目の大男だ。
防火斧に心当たりはないが銀髪と一つ目は心当たりがある。
組から頻繁に金を借りていた連中だ。
こいつらが来たということは、返済のアテがなくなって力ずくで踏み倒すつもりか。
構成員の対応は迅速、すぐにチャフを投射し一つ目の飛び道具を封じる。
銀髪は機械の制御を乗っ取る奇跡があるが、ここでそれを活かせる相手は事務所の奥のプリンター複合機だけだ。
転生者には奇跡があるが、それで思い通りになるほど組は甘くない。それを知ってか転生者は攻撃ではなくコロ付きのキャリーケースを転がしてきた。
若手の構成員がそれを回収し、慎重に開けると中には大量の紙幣がぎっしり詰まっていた。「借りたモン返しに来たぜ!」
一つ目男の言葉に偽りはない。すべて本物の現金だ。
漁船にぶち込んではみたがとても年末までに返せるような額ではなかったはずだ。
だがこいつらはどうやってか調達したらしい。
のしのしと近づいてくる一つ目、組からも幹部が歩み寄る。
互いの手が届く間合いで幹部が動いた。
「毎度ありがとうございましたー!」
幹部はにこやかにお辞儀をし、スコットと握手する。
どうやって作った金かは知らないが金は金だ。
組にとって重要なのは金を払うかどうかだけだ。
金を払えば相手がどういう連中かは問題ではないし興味もない。
「ドアの修理代もつけとくぜ」
一つ目もにこやかに札束を幹部に引き渡す。
「今後ともごひいきにー!」
「おう!また頼むぜ!」
かくして、スコット・スコフィールドと愉快な仲間たちは自由を取り戻したのだった。
―帰路
「またこいやー!」「おーきにー!」
漁師たちに歓喜の声で見送られながら転生者3人を乗せたトラックが港を出る。
「いやーめっちゃ儲かったな!金に困ったらまた来るか!」
「そうね。金払いはいい」
二度とごめんだ。
大男と銀髪の浮かれた感想に運転席のルーキーは賛同できない。
割が良かったのは敵味方で合計100人近くいた転生者が3人に減ったからだ。
次同じことがあったとして、ルーキーが3人の中に入れる保証はどこにもない。
そもそも自分は今本当に生きているのか?
体がなくなってシックスセンスだけで動いてるのではないか?
そもそも、体がなくなるだけで済んでるのか?
それほどまでにルーキーは自分の生存を信じていなかった。
「このあと、どこ行く?」
他社への問いかけは銀髪の転生者、アンジェリーナ・デオロットからだ。
「俺様は夜鳴子だ。女房と娘を恭士郎に預けてるからな」
即答したのはスコットだ。
いつもハッピーな男だが、子供の話が出るとさらにハッピーになる。
「奇遇ね。私も夜鳴子。知り合いが来てる」
いつも素っ気ない受け答えの銀髪の(見てくれだけは)美人も少し声のトーンが高い。
ああ、帰る場所があるっていいなあ。
ルーキーは転生してからこっち家族はおろか友人すら作る余裕もなかった。
今死なないことで精一杯でいざ生き残ると自分には何もないことを思い知らされる。
それが希望に満ちた二人を前にすると惨めさがわいてきて涙が出てきた。
「ああ、そうそう」
アンジェリーナがおもむろに携帯電話を見せてきた。
いきなり視界が塞がれて急ブレーキをかけると後ろでガラガラと音がした。
土産物のキャビアが転がったのか?
「帳簿係から連絡。ルーキーは昇格。二つ名をつけるから緋本原に来いって」
アンジェリーナに連絡が来たのはルーキーの携帯電話が繋がらなかったからだ。
過去に任務をバックレた時に、足取りを追われないように携帯電話を捨てていたのをルーキーは思い出す。
捨てたときは外人部隊くらいしか連絡相手がいなかったし、外人部隊からかかってくることがとにかく恐ろしかったから何の後悔もなかった。
「緋本原だったら通り道だな!途中まで乗り合わせだ!」
ルーキーの所在を外人部隊に伝えたのはスコットだという。
不慣れな船上で、的確に敵を屠り 生還を果たした功績で昇格を推薦したのだという。
「鋼鉄級(第8位)が二人、青玉級(第7位)が一人。上出来」
アンジェリーナが素っ気なく褒める。
無我夢中だったが、ルーキーが倒した相手は自分(第10位)より強かったということだ。
ちなみにこの二人は黄金級(第二位)ということだ。強いわけだ。
「緋本原についたらキャビアを捌こうぜ」「そうね」
港で売るより内陸部の方が高い値がつくということだ。
特に、緋本原は交通のハブだから買い手には困らないらしい。
トラックは外人部隊に寄付すれば多少の礼金は入るだろう。
冬を越すにはおつりが来る、ということだ。
テキトーに生きてるようで、この二人も緋ノ本で生き抜いてきた強者なんだと感心したところでスコットの携帯電話が鳴った。
スコットが恭士郎と呼んでいた相手からだ。
3歳くらいの娘がボロいトラックもどきのハンドルを持ってはしゃいでいる。
「おお!お前等見ろ!俺様の娘は3つにして自動車を乗りこなしてるぞ!」
「うるさい黙れ」「前が見えないんでどけてください!」
スコットはお構いなしに娘の自慢を始めると不意に悪いことを思いついた。
「いや待て、俺様の娘に恭士郎の手垢の付いたトラックはに合わねえな!娘にはもっと高貴な車がふさわしい!おい!これからスーパーカーを買いに行くぞ!」
「スーパーカーって・・・グランドピアノはどこ行ったんです?」
「グランドピアノってなんだ?お前いつの話してんだ?」
「2分前の話ですよ」
「おっっっっくれっっっっってるううううううううううう!!!!!!!!!!!」
うぜえなこのおっさん。
「そんなことじゃ流行に乗り遅れてしまうぜ?」
「ただのノリじゃないですか」
「こまけえこたあいいんだ!とにかくスーパーカーだ!進路変更!」
「断る」「暴れないでくださいよ!」
3人を乗せたトラックは大幅に蛇行していたが、幸い周りに車がいなかったため事故せずに緋本原に到着した、らしい。
―地上
「起きろてめえ等!この星の明日のためのスクランブルだ!」
恭士郎の叫び声に眠そうなセシリアと不機嫌な女神が集まる。
「なによ」
「依頼だ」
帳簿係から緊急の任務が入ったらしい。
本来であれば越冬の準備を終えてるからこの時期は仕事は受けない予定だったが今の恭士郎は借金持ちだった。
内容としては突発的に出現した外来種の駆除、ということだ。
「で、なんであたしらが起こされるわけ?」
「お前等の生活費だからだ」
くそ、居候の身分では言い返せない。
「それに、チビに仕事のやり方を教えるいい機会だろ」
転生者は身一つで転生する。だからローンも組めなければ保険も適用されない。
この世界の各種福利に与るには、実績を残し力を示すしかない。
「それはチビでもガリでも同じだからな」
恭士郎はセシリアに毛布を渡すとピックアップトラックの後部に詰めた。
改造して仮眠スペースをつけたのだ。
「着くまで寝てろ。寝るのも仕事だ」
「ハイ」
次いで女神と恭士郎が乗り込んで、ピックアップトラックが走り出した。
「レイラに、台所は好きに使うよう言っとけ」
「あんたそれ自分で言いなさいよ」
「俺はこれから運転だ」
ピックアップトラックは夜のとばりの中、緋本原に向かう闇の中に消えていった。
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