1.狂剣
話としては、先に書いている「迎撃せよ、異世界防衛戦線」本編の少し前の話になります。
渡来人、『ハーピー』と、その師となる『狂剣』の話にしようと思っています。
使い捨てにする予定だったキャラの設定が膨らんできたのでせっかくだから作る。
転生して降り立った場所は日本とよく似た場所だった。
山がちで災害が多い土地で黄色い平らな顔の原住民が米を食って生活している。
文明のレベルも割と近く、舗装された道路があればそこを走るための自動車もフツーに走ってる。実際にはまだ見ていないが海の上は石油で動く鋼鉄の船が行き交っているということだ。
まあ、機会があれば行ってみるか。
だがここは日本ではない。日本と似ているが、ここ、緋ノ本が日本と決定的に違うところがある。
「外来種接近!外来種接近!外人部隊戦闘配置につけ!」
外来種というのは緋ノ本とは別の世界から召喚される生物のことだ。
大体がデカかったり火を吹いたりしてその大半は人間に対して友好的ではない。
そして、外人部隊というのは俺を含めた『転生者』の傭兵部隊のことだ。
ここには俺と同じような境遇で別の世界から転生してきた人間が大勢いる。
それこそ中隊から大隊レベルの部隊を複数編成できる程度には。
輸送機の窓から下方を見る。
線路を走る装甲列車、そいつにでかい蜥蜴の群れが襲いかかる光景が見える。
「見ろよジュラシック・パークだ」
他の転生者に話を振ってみたが、どいつも首をかしげるか肩をすくめて分からんアピールだ。
他の世界にはスピルバーグはいないらしい。
「外人部隊、降下準備にかかれ!」
輸送機の後部ハッチが開放される。
外人部隊の任務は装甲列車、およびそこに積まれている石炭の護衛だ。
「さて、行くか」
吸っていた煙草を携帯灰皿に押し込む。
目の前に大柄な隻眼の転生者が現れた。
「よう恭士郎。どっちが多く狩るか勝負しようぜ」
転生者:スコット・スコフィールドが挑戦的に勝負を挑んでくる。
俺、伊達恭士郎はいつものようにスコットに返す。
「構わねえが、俺が勝ったら何してくれるんだ?」
「今日の報酬を全部お前にやってもいいぜ。まあ俺様が勝つけどな!」
スコットは即答。ずいぶんな自信だ。
事実この男は10年外人部隊で仕事している熟練で、自信に見合うだけの能力を持っているが。
「そうかい。じゃあお前が勝ったら貸してた借金をチャラにしてやるよ」
「決まりだな。じゃあ先手必勝だ!」
スコットは素早く身を翻すと開いたハッチから機外に飛び出した。
あの野郎、俺より先に出るために進路を塞いでやがったな。
図体に似合わず姑息な野郎だ。
まあいい、俺も行くか。
スコットに貸した金は返ってこない前提で貸したもので、そこまで執着はないが、挑まれたからには受けて立つ。
「頼むぞ『狂剣』」
輸送機から声がかかる。
誰が呼んだか、『狂剣』というのは、外人部隊構成員に付く二つ名というものだ。
それなりに実績がある転生者にはそれぞれ能力やスタイルに応じて二つ名が付く。
二つ名に特に愛着はないが二つ名があれば緋ノ本で仕事に困ることはない。
二つ名は看板として使うには便利だし、その恩恵は使うべきだというのが外人部隊の共通認識だった。
ちなみに、先に飛び出したスコットは『浄眼鬼』だ。
目からビームが出る、だからサイクロプス。
俺は親指を立てて輸送機の操縦士に返事するとハッチから地上に向けて飛び出した。
戦闘は地上に降りる前から始まっている。
外人部隊の接近を察知した蜥蜴の一部は空中の敵に目標を切り替える。
「き、気づかれた!?まず
蜥蜴が吐いた火炎が転生者の一人を消し炭に変える。
外来種:火蜥蜴
ヴェロキラプトルみたいなナリの赤い蜥蜴で石炭を食い口から火を吹く。
3機の輸送機から降下した転生者が次々に火達磨になる。
「ひ、ひいいいいいっ!」
恐慌状態になった転生者の一部は早く火から逃れるために落下傘を切り離して地上に落ちる。
そして地面に激突して死んだ。
それでもすぐ死んだやつはまだマシか、すぐ死ねなかったやつは生きたまま全身を火蜥蜴に食いちぎられた。
「トーシロが・・・」
俺の方にも火蜥蜴が攻撃を仕掛けてくる。
口内に酸素を取り込んで炎へ変換して投射。
さっき転生者を仕留めた手口だ。
だが俺は先に死んだトーシロよりは有能だ。
転生したときに得た力、奇跡を使って危機を排除する。
拳に意識を集め、振り抜く。
「風鎚!」
拳大に圧縮した空気の砲弾が炎を突き抜け、火蜥蜴の頭を粉砕した。
俺を脅威と見た火蜥蜴は喉を鳴らして仲間を呼ぶと数で攻める作戦に出る。
「おらおら逃げんな!」
先に降下したスコットはすでに火蜥蜴を撃破している。
飛びかかって来た蜥蜴の歯を拳で砕き首をへし折って屠殺している。
「光波斬!」
炎での攻撃に切り替えた火蜥蜴は炎より速く長射程のビームで仕留めている。
俺も地上に降りるとするか。
腰に付けていた片刃の刀を抜き、落下傘のロープを切り地面に着地。
着地と同時に火蜥蜴が八方から飛びかかって来た。
手間が省けていい。
刀に意識を集める。
薄く、鋭い形に空気を圧縮し、放つ。
「風刃」
別に技名を言わなくても奇跡は発動するがこういうのは気分だ。
ちなみに技の名前は生前読んでた漫画から取ってきた。
極限まで圧縮した空気の刃で火蜥蜴を切断する。
これで終わりだ。
「逃げんなコラ!待ちやがれ!」
スコットが逃げ回る火蜥蜴を追い回す。
同胞を縊り殺されて勝てないことを理解した蜥蜴は決して足を止めない。
あれが最後の1体のようだが、スコットとの勝負はすでについている。
飛びかかって来たのが8体、火を吹こうとしたのが4体、逃走を試みたのが4体の計16体。
最初に風鎚で倒したのを入れたら俺が倒したのは17体。
降下前に襲撃をかけた数は45体だったが、俺が地面に降りる頃には装甲列車の攻撃で12体が倒されていた。
残りは33でその半数以上を俺が仕留めたからスコットがどう頑張っても無意味だな。
「いい加減にしろよ」
スコットが隻眼に光を集める。
めんどくさくなって飛び道具で仕留める気か。
「光波斬!」
スコットの目から放たれた光線は狙い違わず最後の火蜥蜴の脳天を消し飛ばす。
「あ」
そして射線の先にある装甲列車の石炭庫をぶち抜いた。
「キン、キンに冷えてやがるうううううう!!!!」
「スコット、まずは乾杯からだ」
「こまけーこたーいいんだよ。ねーちゃんおかわり!」
外来種駆除の任務が終わり生き残った外人部隊メンバーで打ち上げをする。
今回参加した外人部隊は45名。うち40名は任務中に殉職。
生存者は5名だが、参加者は俺とスコットだけだ。
残る3名は不参加だ。
というより、3通りの理由で参加が不可能だ。
生存者1:生き残りはしたが戦闘神経症にかかったらしく、恐慌状態に陥って暴れたため緋ノ本の軍隊、『旅団』の兵隊が自動小銃で射殺した。
生存者2:こいつもどうやら気が触れたらしい。1より腕は立つやつだったので、兵隊から自動小銃を奪い取って林の中に消えたと思ったら銃声の後頭をふっ飛ばした姿で発見された。
生存者3:こいつは精神を病むことはなかった。両手足から足の間にあるものまで食いちぎられたあと残った胴体を火で炙られて炭のような姿で発見された。
こいつは炎耐性の祝福を持っていたことで、火蜥蜴にとっては食ってもうまくなくなっていたため捨て置かれていたらしい。
旅団の病院に搬送され生命維持装置に繋がれたが、そいつの治療費は今回の報奨金からの支払いだ。
そして貯金がなくなれば『旅団』は即座に迷いなく生命維持装置を停止し、生ゴミとして残った体を廃棄するだろう。
死んだほうがマシだったな。
「ったく、どいつもこいつもだらしねえ」
スコットが二杯目のビールを飲み干してジョッキを机に叩きつける。
「そう言うな。曲がりなりにも3人死ななかったんだ。去年よりはマシだ」
「いまここにいねーんだったらどっちもおなじだっつーの。あ、うめーなこれ」
外人部隊の消耗率はだいたいこのようなものだ。
転生の際に強力な軌跡や祝福をもっていても転生者の大半は銃の撃ち方も手榴弾の投げ方も知らないズブの素人ばかりだ。
旅団や企業から初めて任務を受けて、生きて帰ってこれるやつは大体10人に1人、生き残るやつは共通していて、生前に生き残るための訓練を受けていたやつらだ。
眼の前で鍋の肉をつまんでいるスコットは生前は民間軍事会社のサラリーマンだと言っていた。
隊長としてそれなりにやっていたらしいが、折り合いが悪かった副隊長に寝首を掻かれたらしい。
その時に失った片目は転生しても修復できなかった、ということだ。
俺はまあ、日本の公務員出身だ。
外人部隊は本来、戦い方、生き残り方を知らない転生者を訓練し、生き残らせるために作られた組織だったらしい。
もっとも、今の状態を見ていると空手形にすらなっていないようだが。
漏れ聞こえた話では、訓練して優秀だった転生者が、『旅団』や『企業』に身売りして外人部隊を抜けるのを嫌って訓練をまともにやらなくなったらしい。
俺が転生する前、スコットが転生した頃はまだ多少マシだったとのことだが。
「ったく、抜けるやつがいるからって待遇悪くしてどうすんだよ・・・」
駄目な組織の典型じゃねーか。
俺の前職を思い出してしまうじゃねーか。
待遇悪いから人がいなくなるんだ。どこの世界にも三歳児でもわかることがわからない大の大人がいるということが、この世界で最初に学んだことだった。
吸い終わったタバコを灰皿に落として次のタバコに火をつける。
「恭士郎、それ出汁が入ってるやつだぞ」
「あ、やべ、ねーちゃん、皿もう一個くれ!あと肉4人前追加!」
スコットの野郎4人前頼んだ鍋の大半を1人で食いやがった。
図体の通り食い意地が張った野郎だ。
「ねーちゃん!ビールおかわり!」
「ところで、勘定は割り勘でいいかスコット」
これは確認だ。
スコットは一瞬硬直すると鍋に残る肉をすべて口に放り込み胃に押し込んだ。
「サンキュー恭士郎!!!!俺様は恭士郎の太っ腹なとこ尊敬してるぜ!」
「ビールのおかわりお持ちしましたー」
「ねーちゃんこっちだ」
俺はスコットが頼んだビールを奪い取り飲み干す。
「おかわり」
「承りましたー」
「おいスコット、てめー今なんつった」
「太っ腹な恭士郎を尊敬してるっていったぜ」
「奢るわけねーだろーが!ふざけんな!」
なんで大の男がもっと大の男に奢るんだよ頭湧いてんのか!?
「ふざけてんのはお前だ、俺様が金持ってるわけがねーだろーが!」
「そりゃ知ってるよ!任務の報奨金はどうしたんだよ!」
「んなもん、吹っ飛んだ装甲列車の賠償金で全部消し飛んだに決まってんだろ!お前だって見てただろーがよ!」
「テメーの自業自得じゃねーか!お前も払えこの野郎!」
「払う金がねーんだよ!お前毎回毎回細かすぎんだよ!朝からお前に言う御礼の言葉を考えた労力が無駄になったじゃねーか!」
「そんな労力は外来種の糞にしてしまえ!」
「だいたい、ひとり者のお前と違って俺様は金を使う用事が多いんだ。電気代、水道代、ガス代、家のローン、娘の学費、たまには懐の広いところを見せてくれたっていいだろーがよ!」
「ビールお持ちしましたー」
スコットは素早くビールを奪い取ると一気に飲み干す。
「おかわり」
「承りましたー」
「何がなんでも払わねー気か」
「もちろんだ、持ってないものは払いようがないからな」
スコットはやや赤みがさした顔でこっちを見る。
この男は戦闘に関しては『極めて』優秀な男だが、とにかく金にだらしない。
今回の規模の任務であれば生きて報奨金を受け取れば一年は遊んで暮らせるだけの金になるのに、こいつの懐にはいつも金が無い。
だいたい、任務中のやらかしで報奨金が差っ引かれて、差額を取り返そうとして博打に手を出し金をなくして帰ってくるのがいつものパターンだ。
俺とて金がないやつから金をせびる趣味はないが、毎回毎回酒代を奢るのは思うところがある。
「だいたいてめー俺より古参じゃねーか!ふつーは古参が奢るんだよ年功序列知らねーのか!」
「そんなのしらねーよ、今忘れたからな!」
「ビールお持ちしましたー」
「くれ」
俺がビールに手をのばすと同時、スコットは店員のねーちゃんのスカートを思いっきりまくり上げた。
青と白の、縞模様。
しまった。
「サンキュー恭士郎!フォーエバー恭士郎!」
スコットの野郎すでに店の出口に来てやがる。
「待てこの野郎!」
風鎚をぶち当ててやろうとした俺の横っ面を店員が張り倒したせいで失敗した。
「じゃーなー!俺様は娘のピアノのコンクールに行ってくるぜー!」
捨て台詞とともにスコットは夜の闇の中に消えていった。
あの野郎覚えてろ。
「肉のおかわりお持ちしましたー」
「くれ」
まあいい、今は逃げ果せてもいずれツケは払わせてやる。
俺は肉4人前と残りのビールを平らげると勘定を済ませる。
「会計:19600縁になりまーす」
なかなかいい値段するな。
まあ、たまにはいいだろう。
外に出て、タバコに火をつけると空には星がびっしり敷き詰められている。
きれいな空だ。公務員時代に夜通し紛失した薬莢を探した日の事を思い出す。
きれいだが気分は良くない。
俺の不満を感じ取ったのか夜空が一瞬光って、小さい星をかき消した。
あの光は、異世界から何かが転生した光だ。
転生者か、
外来種か、
まあいい。
転生者なら生きていればどこかでまた会うこともあるだろう。
外来種なら、次の飯の種だ。
吸い終わったタバコを携帯灰皿にぶち込む。
酔いの回った体を夜風が冷ます。
冬が近いな。もうそんな時期か。
酔いの残る頭でそんなことを考えながら俺は帰路についた。
明日は越冬のために買い出しするかな。
To_be_Continued.