ノームと歌う自動人形
地上では外邪が溢れ、地下に住む種族たちの外出が禁止されていた頃のお話です。
ノームのグノースは少々偏屈ですが、腕の良い中年の職人です。
古い屋敷の下にしっかりとした一人暮らし用の土蔵を作り、暖かい暖炉のそばで、日がな1日、のんびりと物作りをし、たまに訪れる友人達と酒を飲み交わし、仕事に飽きれば寝て過ごして暮らしておりました。
そんなグノースですが、地上の空気のせいで流石に仕事は減りました。
仕方ないので、たまに人間の靴屋の仕事を夜中に手伝ったり、人間の美少女と暮らしているという、7人の同族に棺桶を作ってやったりと、気晴らしをするようになりました。
そんなある日。
彼は美しい歌を聴きたくなり、人魚が経営している歌のデパートに電話を掛けました。
「生憎歌手たちはこのご時世で出払っていましてね。自動人形が一体残っているので派遣します」
「生の声じゃないのは嫌だな」
「自動人形は成長するのですよ。色々と経験させてください。特に恋なんかさせると、それは素晴らしい歌を歌います」
しばらくしてやってきたのは、地味でぱっとしない茶髪茶瞳の女性型の歌手人形でした。灰色のドレスもすすけています。
肝心な歌も、単調で面白味がありません。
「恋か」
グノースは道具箱を取りました。
器用な手先を生かし、歌手人形と似たような素材で、金髪青目のハンサムな男の演奏人形を作りあげました。
窓辺に椅子を増やして、歌手人形の横に演奏人形を並べます。
バイオリンを渡すと、演奏人形は歌手人形の歌に合わせて旋律を奏で始めました。
すると突然、歌手人形の歌が艶を帯び始めます。
「感情のある歌はいいな」
やがて歌手人形の歌のレパートリーが増えていきました。グノースは楽しくなってきたので、他にも様々な人形を作ります。
数体の違う楽器の演奏人形。
作曲人形。
小道具人形。
演出家人形に批評家人形。
そして歌手人形の歌を華やかにする踊り子人形たち。
土蔵は小さな劇場となりました。
歌手人形の声はさらに感情が豊かになり、グノースはご機嫌です。
しばらくして、人形たちは度々グノースにお願いをしてくるようになりました。
大抵は楽器の演奏に使う指の動きを良くして欲しい。
ひらめきを得るために頭を大きくして欲しい。
小道具の材料が欲しい。
世界の雑誌に批評を投稿してみたい。
新しい衣装が欲しい。
歌をより美しく演出するために、彼らにはとても前向きです。
一方で、劇場の中心である歌手人形は、少し変わったお願いをするようになりました。
『わたしの顔をもっと美しくしてください』
『わたしの体をもっと細くしてください』
『わたしの姿をあの人形より良くしてください』
はて。
あの人形より?
人形たちを眺めると、ハンサムな演奏人形がしなやかな動きの踊り子人形に合わせて、笑いながらバイオリンを引いています。
演奏人形は踊り子人形と気が合うようで、共によくリズムの練習をしているのです。
そのおかげでしょうか。
歌手人形の陶器の顔が、青みを帯び始めます。
同時に歌の方は、とても精緻で完成度の高いものに変わっていきました。
「構わないよ。形くらいで済むならば」
グノースは素晴らしい歌と引き換えに、夜な夜な工具を手に取ります。
しかし、どんなに姿形に改造を施しても、歌手人形の表情は硬く、青みを帯びたままです。
特に瞳は赤みを帯び、何度取り替えてもやがて真っ赤に染まってしまうのです。
ある日の昼間。
歌手人形に1人呼び出されたグノースは、不思議なお願いをされました。
『変わらぬ心が欲しいのです』
「私は変色しない目のパーツが欲しいけどね。オイルの流れが悪いのかい。なら心臓パーツで良いのがあるから交換しよう」
工具を持って心臓パーツを持ったグノースは、その時の歌手人形の顔を見れませんでした。
その後、歌手人形は黙して語らなくなりました。
おや。
最近土蔵の空気が良くない。
不思議に思ったグノースは、首の具合がおかしいと診察に来た演奏人形に尋ねます。
いつも明るく気さくな人形は、珍しく不機嫌そうに愚痴を言いました。
『グノースさん、いい加減、歌手人形を離してくれないかな。いつも会話の途中で話かけてきて迷惑なんだ。歌だってこちらとリズムを合わせてくれないし』
「おや、君はおしゃべり好きになるように設定したつもりだったけど」
『変化する自動人形に合わせてぼくらを作ったんだろう? そりゃあぼくだって成長するし、嫌なことは嫌だって言うよ。それに人形だって複数もいれば互いに協力し合わなきゃならない。なのに歌手人形はワガママなんだ!」
「ふむ。それはそうか」
『1人で歌ってた方が楽しいんじゃないかな!』
批評家人形が髭を撫でながら語ります。
『恐らく歌手人形は、演奏人形とだけ歌を作りたいようです』
「リクエストした酒飲みの唄や畑仕事の唄も歌ってくれなくなったし」
『美しくないからでしょうね。まだ恋の歌を歌う方が、情熱的で素晴らしいのですが』
「踊り子人形たちも後ろで暇そうにしているな」
『出演NGをいただきました』
「はあ」
再び演奏人形が歪んだ首を押さえて修理を依頼しにきました。
『そろそろぼくの耐用年数は限界かな。起きるといつも首の調子が悪いんだ。まあ、腕さえ壊れなければ細かいことはいいんだけどさ』
「君は職人だね」
『そう、ぼくは演奏さえできればどうでもいい。演奏人形だからね。ぼくの心は全てこの両手にあるのさ!』
両手をつき出し、ほがらかに笑っていた演奏人形は、次の日に破壊されていました。
その日の土蔵は静かでした。
首をなくして崩れた演奏人形が、暖かな日差しの窓辺の椅子に、もたれています。
並んだ椅子に座っていたのは歌手人形です。
白くガラスのように変色した瞳の歌手人形が、演奏人形の首を優しく抱いて、歌っています。
来た当初から着替えなかった灰色のドレスは、人形たちのオイルで純白に染まり、窓辺から差し込む光と埃で輝いています。
彼女の足元には他の人形たちの残骸が、キラキラと輝きながら、転がっていました。
「……」
歌手人形が得た歌は。
それはそれは透明で。
空を突き抜けるように響く、感情の一切ない歌でした。
あまりの純度の高さに、天使たちが聞き惚れるように窓の外に集まってきます。
やがてひとしきり歌い上げた彼女は、とてもスッキリとした表情でグノースに一礼をします。
『ようやく変わらぬ心を手に入れました』
「それは演奏人形の顔ではないのかね。それに彼ががなによりも大切にしていたのは、腕のパーツなのだが……」
『私にとっての彼の心はあくまでこの顔と声です。もう他の女に、彼の声を聴かせません』
ああ、この子はもう人形ではないのだな。
グノースは悟りました。
それに彼女の紡ぐ歌は、暖かい土埃が大好きなグノースが好きな歌でもありません。
結局彼は、歌のデパートに歌手を返品することにしました。
あの後人魚に尋ねると、天使たちが彼女を競うように借りていったそうです。