巫女さん、異界の旅人を世界にお迎えする
少女が目を覚ましたのは、それから半時ほどたってからだった。
「・・・あれ・・・私、死んでない?」
少女がゆっくりと体を起こすと、体の感触を確かめるかのように、手を開いたり閉じたり、腕を曲げたりしていた。体はどこも傷ついておらず、手足も自由に動かせるしで、まるで生まれ変わったかのような感触である。
状況を聞こうにも、周囲にはだれもおらず、それどころか場所自体も見覚えがないため、いくら考えても答えは出なかった。
夢じゃないかとも疑いたくなったが、体や体感できることにリアリティがありすぎるため、嫌がおうにも現実であることを思い知らされている。
「確か、帰りのバスに乗ろうとして待ってたところに、車が突っ込んできて、私轢かれたよね・・・?」
徐々に、記憶が鮮明になってくるにつれて、死へと向かっていた自分の体の感覚を思い出してきた。
車に撥ねられ、バス停近くの塀に叩きつけられた衝撃で意識が徐々に薄れていく中で、おかしな方向に曲がった自分の腕や地面を流れる血を見ながら、「ああ、これ死ぬのかなぁ・・・」と思いながら目を閉じたのが、思い出せる最新の記憶である。ケガの具合や、出血からして、よほど運が良くない限りは死んでもおかしくはない状況である。
にもかかわらず、少女は生きていた。それも五体満足、健康そのものな状態で。腕にギブスがされてたり、頭に包帯を巻かれていたりしたのなら、まだ奇跡的に助かったとも思えるだろうが、それらがない上に致命傷とまで思ったケガすらないのだ。
「もしかして、死後の世界ってことなのかな・・・まだまだやりたいこといっぱいのJKだったのになぁ」
死後の世界があるかはちょっと疑わしいが、状況的にそう考えるのが一番しっくりくる。現世に未練は多々あるものの、死んでしまったのであればもうどうすることもできないので、無理やり納得することにした。
しばらくして、神鈴が色々と準備を整えて戻ってきた。準備といっても、必要になる道具を持ってきただけなので、少女の前から席を外していたのは15分ほどだが、その間に少女の目は覚めたようだ。
「あ、目が覚めたんだね。よかったよかった、なかなか起きないから長期戦かなって思ってたところだから」
「あの、えっと・・・」
「ああ、そのままで大丈夫。まだ起き抜けでしょ?」
こっちの存在に気が付いて、なにやらオロオロし始めた少女を、神鈴はやんわり制止する。いきなり知らないところに飛ばされてきた上に、知らない人間に警戒心を抱くのは当然の反応といえる。
幸いなことに、迷い人が現れた時の対処法は先代である今世での母から、教養の一部として学んでいる。いわばマニュアル的なものはあるのだが、それをそのまま実行しても、おそらく彼女の信頼は得られなさそうな雰囲気が漂っている。
(まずは、彼女の信頼を得るところから始めないとね)
神鈴は、ゲームであったチュートリアル説明や、先代から聞いていた対応法を、とりあえず一時放棄することにした。自分は転生者なので、精神年齢はともかく幼いころから世界に馴染んでいた自分とは違い、転移者である彼女は突然この世界にやってきたのである。その衝撃と困惑は尋常なものではないだろう。神鈴はとにもかくにも、彼女がこの世界を受け入れる準備ができるまで、説明を先延ばしにすることにした。
「気分はどうかな?どこか気になることはある?」
「かなり混乱してますけど、大丈夫です。むしろ気になるところがなさ過ぎて怖くなってました」
「・・・?どういうこと?」
「私、思い出せる記憶だと、事故にあって、死が直前まで迫ってた状態だったんです。血もいっぱい流れて、手先も凍えて・・・」
少女は神鈴に、ここに来る前のことを話してくれた。曰く、生死にかかわる大ケガを負い、意識が遠のいたと思ったら、ここで眠っていたとのこと。別段、誰かに呼ばれたり、意識が飛んでいた間に神様にあったりもしていないそうだ。
「あの、ここはどこなんでしょうか?お姉さんの服装は巫女さんっぽいですけど、日本なんですか?」
「違うわ。ここは『桜花』っていう世界地図で言えば東の端っこにある国なの。島国だから大陸とは違う独特の文化が形成された国家ね」
「え・・・『桜花』ですか?」
少女が神鈴の口にした国家名に反応した。ちなみに、『桜花』はゲーム内だと日本の江戸時代をモデルに、神霊や精霊の力で行使する「神霊魔法」やお祓いによる解呪と呪術による呪いが発展した国家である。国内で取れるスキルやアビリティもそれに関係するものが大半である。
「でも、え・・・桜花ってゲームの中の話じゃ・・・」
「あー、そういう反応をするってことはあなた、プレイヤーだったのね。だったら夢かどうかは置いておいて、自分がどういう状況になったか分かるんじゃないかしら?」
「もしかして・・・私、ゲームの世界に着ちゃったってことなんでしょうか」
「大体正解ってところかな。多分、死にかけた所で体から魂が乖離して、こっちの世界のアバターに引っ張られたんじゃないかな。あくまでも私の推論だけど」
実のところ、VRMMOだったこのゲームはやり込みの多さから中毒性が高く、現実に戻ってこれなくなった人が少なからずおり、プレイヤーの間ではジョークの一環としてそういった人たちを「転移者」と呼んでいた。その話が一人歩きした結果、当時「異世界転生」系の作品が流行り出したのもあってか「やり込みをしすぎるとゲームの世界に飛ばされる」なんていう都市伝説まで生まれたくらいである。
「でも、どうして巫女さんはゲームのこと知ってるんですか?」
「だって私もあなたと同じだもの。正確には一回死んで、こっちの世界で生まれ変わったから転生者だけどね」
神鈴の話に、少女が目を見開いて固まった。色々なことが起こりすぎたが、神鈴が同じ世界の住人だったことが一番の衝撃だったらしい。
「まあ、こっちの世界に来れたんだもの。どうせ生きていくなら楽しまないと損だよ。というわけでご挨拶ね」
神鈴は、一拍置いてから自分がチュートリアルで巫女さんから言われたことを少女にも言った。
「ようこそ。『エレメント・ミスティリア』の世界へ!」
こうして、異世界転移者の少女と、異世界転生者の神鈴の、ほのぼのとした冒険譚が始まった。