プロローグ 吟遊詩人の語り
1日の疲れを楽しい食事で癒している一際賑やかな酒場では、帰ってきた冒険者や仕事を終えた兵士、一息つきにきた鍛治士など、様々な人々が仲間と共に食べて飲んで盛り上がっていた。
「おい、もっと酒を持ってきてくれ!」
「はーい、すぐに持って来ますね」
「あ、ならこっちも頼む。ベーコンのつまみもよろしく!」
「あはは!それマジで言ってるのか?お前のお袋、昔と全くかわってねぇな!」
「やめてくれ。頼むから昔の黒歴史を蒸し返さないでくれよ」
「で、明日の出発時間だけど、門が開く時間でいいか?」
「そのぐらいなら2日で目的地に着きそうね」
ある席では冒険者パーティによる依頼成功の打ち上げを。また、ある席では初対面での冒険者パーティによる翌日の計画立てを。また、ある席では子供が生まれたからと友人鍛治士達で祝いの席を。いろんな事情で訪れた人達を、店の灯りは温かく包み込んでいた。
そんな酒場の一角に、壁を背にして座る一人の吟遊詩人の青年がいた。頭には鳥の羽が見栄えするように挟んである帽子を被り、手には吟遊詩人の象徴とも言える指で弾く弦楽器がある。酒場では滅多に音楽が流れない為に、彼のような弾き語りで旅代を儲けている人もそれ程少なくはなかった。
「よう、兄ちゃん。今日こいつの子供が生まれたんだ。何か祝いの奴を弾いてくれよ」
男性が吟遊詩人に声をかけ、その言葉を聞いた周りの人が口々におめでとうと声を張り上げる。
「それはおめでとうございます。ならば、この日を祝して私も一肌脱がなければなりませんね」
「いいな!頼んだぞ!」
「では、私の故郷で新たな門出の時に贈る曲に乗せて、四人の英雄の物語を」
吟遊詩人がそう答えると周りの客達が期待と興奮にいっそう騒がしくなった。その物語は混沌としていた世界を救った英雄の話であり、当時は人々の希望の光でもあった生きる英雄達の話である。その英雄達の活躍で今の平和な生活があるのだから、今までの希望と新たな希望を願って語り継がれている話である。
「皆さんお静かに。では、一曲」
音を鳴らせば吟遊詩人の近くにいた人達が静かになり、その雰囲気を感じとった他の客達もだんだんと静かになっていく。酒場なのに騒々しくないと異様な空気が流れ、新たに入って来た客達も何事かと辺りを見回す始末。たが、そんな酒場に流れる音楽は明るくも心地よい調べだった。
前奏が流れて、吟遊詩人が息を吸い込み語り始める。
それを聞きながら先程、吟遊詩人に声をかけた男性は、小さい頃に親が話てくれた英雄の物語を思い出していた。
『母さん、あの英雄様達の話して』
『あら、ふふふ。その話が本当に好きね。何回も聞いてて飽きないの?』
『飽きないよ!だってカッコいいじゃんか!』
『ふふふ。ほら、隣においで』
『母さん、魔導王の話がいい』
『わかったわ。聖剣様と重剣士様、付与師様、魔導師様は魔導王がいる空間の狭間に向かおうとしていたんだけど、魔導王の下に行くには何千といる魔物を倒して進むしかなかったの。辺り一面を埋め尽くす程沢山の魔物達だったらしいわ。どこを見ても魔物だらけで、中にはドラゴンまでいたそうよ』
『おー!来た!ドラゴン!』
『普通なら一度戻って沢山の仲間たちを連れて戦うはずなんだけど、英雄様達はそんな事しなかった』
『一匹、一匹が強かったんだよね!』
『そうよ。魔界から魔導王と一緒に現れた魔物達は、この世界の魔物と違ってゴブリンでも強かったの。英雄様達以外ではとてもじゃないけど太刀打ち出来ないと知っていたから、英雄様達4人だけで戦う事にしたの』
『すげー!』
『聖剣ルドルフ様は光精霊様の加護を受けている聖剣で、風のように素速く走り抜けながら流れるような剣さばきで魔物達を真っ二つにしていった。聖剣様が通った後は一瞬遅れて血が噴き出るくらいに切るのがとても速かったらしいわ』
『閃光のルドルフ!』
『こら、ちゃんと様をつけなさい。貴方が呼び捨てにしていいお方ではないのよ』
『閃光のルドルフ様!』
『よろしい。そして重剣士ゴラード様は、頑丈な防具をつけているために聖剣様のように素早くは動けなかったけど、代わりに物凄く力持ちだったからそれを生かして愛用の長剣で一切りしていったらしいわ。言葉通り一切りで魔物が10匹以上切れたらしいわよ。噂ではその一切りでドラゴンまで真っ二つに出来るらしいわ。そんな長剣を振り回して大地を切るように魔物達を切っていったの。そんな彼の二つ名は?』
『一撃のゴラード様!』
『正解よ。そして、付与師ローネリア様は前衛で戦う聖剣様と重剣士様の重要な支援役。前で戦っている彼らが怪我をした時や魔力が切れそうになった時、更に力が欲しい時などに彼らに付与をしていくの。付与師様がかける付与は軽く3日はもつそうよ。英雄様達が身につけている便利で強力な魔道具は付与師様がご自身で付与なさったらしいわ。素晴らしいわよね。そんな彼女は才女のローネリア様と呼ばれているわ』
『母さん、付与師様のこと好きだよね』
『何を言ってるの。女の子で憧れてない人はいないわ』
『ふーん、そうなんだ。付与師様って凄い美人なんだろ?』
『美人で、賢く、強くて、優しいお方よ。貴方もそんな女性を妻にしなさいね』
『ななな、急に何言ってるんだよ、母さん!』
『あら、少し早すぎるかしら?貴方、気になる子とかいないの?』
『べ、別に。気になる子なんていないし』
『ふふふ、そういう事にしておくわ』
『だからいないんだって!早く魔導師様の話しろよ!』
『はいはい。最後は魔導師様ね。魔導師フリード様は最上級魔法の神級魔法を他の魔法と一緒に使いこなせる方で、何千もの魔物と戦った時は威力の強い上級魔法をいくつも同時発動で使いこなし、聖剣様や重剣士様達以上に魔物を倒した凄腕の魔法使いよ。魔導師様が一つ魔法を使えば20匹以上の魔物が倒れ、全属性を使いこなし聖剣様や重剣士様の手助けもしていく。そんな魔導師様は守護のフリード様と呼ばれてるのよ』
『母さん、付与師様の護衛がぬけてるよ』
『そうだったわ。魔導師様の魔法の威力に驚いて毎回抜かしちゃうのよね。攻撃魔法が得意ではない付与師様の隣に立って魔物から守るのも魔導師様の役目なの。そのお陰で付与師様は仲間の付与に専念できるのよ。これは仲間を余程信頼していないとできない事だわ。仲間の信頼。羨ましいわね』
『母さんと父さんもだろ?』
『あら、そう見えるの?』
『村のみんながそう言ってるの聞いた』
『嬉しいわね。ふふふ』
『それで続きは?』
『続きはね、そして英雄様達は何千もの魔物を次々と倒していって遂に魔導王の下まで辿り着いたの。魔導王はその名の通りに魔法が得意な上級魔界王で、もの凄く大きな身体をしていて威圧的だったらしいわ。そんな魔導王に怖じけずに英雄様達が攻撃しても、びくともしなかったらしいわ。そして、魔導王の攻撃を受けてしまった4人は重傷を負ってしまうの』
『うー、ここが一番ハラハラするんだ』
『でも、その状況を見越していた人がいるのよね』
『魔導師様!』
『その通りよ。魔導師様は戦いながら魔導王を魔界に移転する魔法陣を描いていたの。ただもう少し時間が必要で、その時間を稼ぐ為に英雄様達は最後の力を振り絞って戦った。その時の攻撃は、びくともしなかった魔導王を圧倒させる程の威力だったらしいわ』
そこまで思い出した男性は、熱く語っている吟遊詩人に意識を戻した。丁度、男性が最も好きな箇所を語っているところだった。
「一閃、二閃、三閃と。光は駆け抜け、大地が裂ける。それに負けじと、地獄の炎。それで王の最後が語られる。光輝く魔法陣。魔界の王を葬る4つの影は、我らの願う希望の者たち。来たる再来魔導王、けれど我らは滅びない。我らの前に立つ影は、我らを導く希望の光」
吟遊詩人の演奏がやめば、酒場の客達の拍手が一斉に鳴り出した。曲が激しく訳でもなく、穏やかでもなく絶妙な調べに対し、語られた詩は英雄達を鮮やかに想像させ、熱く激しく語られていた。心地よい音でありながら、聞く人々の気持ちを期待と興奮でいっぱいにする彼の腕前はとても素晴らしいものだと誰もが思ったのだった。
だが、この物語には続きがあった。
『魔導王を魔界に移転させた後に、もう一つだけ見えない所に空間の亀裂があったのよ。その事に気がついたのは聖剣様が魔導王に攻撃された後だったの。亀裂を完全に閉じるには魔界から塞ぐしか方法は無くて、4人の中でも一番軽傷だった魔導師様が魔界に渡って亀裂を閉じたのよ』
『・・・ねぇ、母さん。魔導師様は返ってくるかな?』
『それはお母さんにもわからないわ。でも聖剣様と重剣士様、付与師様はいつかきっと魔導師様が戻って来ると信じているはずよ』
『英雄は強いもんね!』
『そうね。そして聖剣様と付与師様は結婚され、今は大国の国王様と王妃様になられ幸せに暮らします。終わり』
そして、魔導王から世界を救った日から20年。魔界へ旅立っていた英雄が人知れず帰還した。
誤字脱字があるかと思いますが広い心で読んでいただけると幸いです。