ファナーカの決意
村に戻るとファナーカは
「もう夜も遅い この子はセイレーンさんに見てもらうからベルは家に戻っていろ」
「大丈夫だよね?」
「あぁ! 絶対に助かる!」
と言って獣人の子を抱き抱えたままベルと別れた。
セイレーンとは鳥人のリンの家の家名だ。
セイレーンは幻術を使い人を惑わす事を得意とする種族だがリンの家系は治癒術にも長けているのだ。
ベルが家に戻ると母親のユキが起きて待っていた。
「ベル! 大丈夫だった? どこも怪我してない?」
心配そうなユキにベルは
「僕は大丈夫だよ でもね母さん 人間はどうして魔物にあんな酷いことをするの? 何か悪いことをしたの?」
とうつむきながら言った。
ユキはそっとベルを抱き
「誰も何も悪くはないわ でもね 魔物を良く思わない人が多くいるの」
「あの子すごく悲しそうな目をしていたんだ」
ベルがかすれそうな声で言うと
「お父さんはそんな悲しい人達を助けようと頑張っているわ 今日はゆっくり休んで」
ベルは頷いて自分の寝室に入った。
今日の出来事は衝撃的な事だらけだった。ベッドに横たわると気が抜けたのかすぐにベルは眠ってしまった。
ファナーカは獣人の子を預けると村の大人達を集めて会議を開いていた。
今回の件は過去の大戦を含めてまだ人の心に根付いている闇が原因でもあった。
「あれから15年経っているがやはり今のままではまたこんな事が起きるだろう 争っても何も生まれない事を知らない人間が多すぎた」
ファナーカが怒気を含めて言うと
「実際戦場で戦った人間の方がはるかに物分かりがいい 家族を殺されたとか略奪なんてもう二度と経験したくないが……」
テッドとダッドの父親が過去に見た悲しい出来事を思いながら言った。
彼は獣人ライオネル家の代表としてその身体能力で戦場でも最前線で戦ってきた勇ましい一族だ。
「最前線で一番色々と見てきた 実際魔王の強行策には人間や魔物の命が考えられていなかった 人間の王もそうだった 生きている者同士が優劣を決めるなんておかしかったんだ!」
ライオネルが続けて言うと
「なってしまった事は仕方がない これからどう争わずにいくかが問題だろう オルドーの町はこの村から近い 子供達に何かあったら私は今度こそ人間を滅ぼさなくては気が済まなくなる」
シャルの親であるドラグナーが言った。
シャルの両親も過去の大戦を経験した竜騎士だった。
「このまま何もしないでいくのも限界がきた 私はオルドーの町に行ってマルスと話をしてくるよ マルスは共に戦った仲間の中では私の考えに近かったしこれからは人間も魔物も寄り添っていくべきだと思う オルドーが足掛かりになれば」
ファナーカは決意を固めた表情で言った。
「あの獣人の子も必死に生きようとしている どんなに悲しいことがあっても生きることを諦めてはいなかった もうこんな悲しいことは繰り返してはいけないんだ! 皆力を貸してほしい」
周りの大人達は
「ファナーカさんがこうやって魔物に寄り添ってくれたから諦めずにやってこれたんだ! ベルは人間と魔物にとってこれからの希望なんだ! この村のリーダーとしてこれからも頼みますよ!」
こうしてこの日の夜は終わった。