第九十話 浩之君のアイデア
翌日の月曜日。学校に来た俺は、自身の机で手を頬に置いて窓際を眺める智美を見つけると、その傍に近寄って頭に軽くチョップを入れた。
「いたっ!」
「なに似合わねえ事してんだよ? なんだ? 一丁前に落ちこんだのか?」
「……落ち込んだって……そりゃ、落ち込むよ。瑞穂は私の妹分だもん。その瑞穂が……」
そう言って涙を浮かべる智美。こいつ、基本的に感受性が豊かというか……まあ、周り大好きな奴だからな。瑞穂があんなことになった責任の一端を感じているんだろう。
「へこむなよ。へこんでも良い事ねーぞ?」
「……ヒロは元気だね? なに? 瑞穂の事なんかどうでも良いの?」
そう言って、少しだけ非難するような視線を向ける智美。そんな智美に、俺は大袈裟にため息を吐いて見せた。
「……お前、それ、マジで言ってんの?」
「……ごめん。失言だった」
「まあ、いいさ。今のお前がそれほど参ってるんだって納得しておいてやる。そんな事より智美、今日は時間あるか?」
「時間? 今から?」
「アホか。今からは授業だろうが。放課後だよ、放課後。つうかあるだろ? 部活、休みって聞いたし」
「誰から?」
「藤原と有森。昨日、聞いたんだよ」
「……部活は休みだよ。でも、時間があるとは限らないじゃん。どっかに遊びに行くかも知れないし……」
「お前、重ね重ね見損なうなよ? 今のお前が瑞穂放っておいて遊びになんて行ける訳ねーだろうが」
「……まあね。それで? 何かあるの?」
「学校終わったら、駅前のワクドに集合な。俺、掃除当番だから涼子と……それに、桐生と一緒に行っておいてくれ。良いか?」
「そりゃ、良いけど……なんで?」
「それは後で説明するさ」
俺の言葉と同時、『すまん、遅れた!』と担任の教師が教室に入って来る。そんな教師を一瞥し、俺は軽く智美に『じゃあな』と手を振って自席に戻った。
一時間目、二時間目と授業は進み、迎えた放課後。『じゃあ、涼子と桐生さん誘って先に行ってるね』と喋る智美に軽く手を挙げて、俺は教室の掃除に勤しむ。さっさと終わらせて早く行かねーとな。
「……なんだ、浩之? デートか?」
そんな俺に掛かる声。藤田だ。
「智美と涼子と桐生の三人で? なにその拷問」
マジで。一人一人ならともかく、三人一緒とかマジで拷問じゃん。
「くぅ! 羨ましいヤツめ! お前、あの三人を前にしてそんなの言うのお前だけだぞ! 爆ぜろ!」
「爆ぜろって。良いからさっさと掃除すんぞ! お前だって予定あんだろうが」
「残念ながら俺の予定はゲーセンに行くぐらいなんですー! っけ! リア充め!」
不満さを隠そうともしない藤田に肩を竦め、俺は掃除を再開。ほどなく掃除も終わり、俺は一路ワクド路を急ぐ。
「……よ。待たせたか?」
「ヒロ? 思ったより早かったわね?」
「そうだよ、浩之ちゃん。ちゃんと掃除したの?」
「……そう言えば貴方、家でも掃除手抜きだもんね」
「一生懸命掃除したからな。だから涼子? ちゃんと掃除はしたよ。それと……桐生」
「なに?」
「お前にだけは言われたくない」
コイツ、『四角い部屋を丸く掃く』を地で行くやつだからな。
「し、失礼ね!」
「事実だろうが。それはともかく……待たせたな」
そう言って俺は視線をもう一人、少しだけ居心地悪そうに座る男に向ける。
「秀明」
「……俺、今初めて分かりました。美女三人に囲まれるって結構心臓に悪いっすね? ちょっとだけ尊敬しました、浩之さんの事」
「……そんな尊敬のされ方はイヤすぎる。それはともかく……忙しいのに悪かったな、秀明」
「ああ、昨日まで遠征行ってたんで今日はオフなんっすよ。だからそれは良いんですけど……どうしました?」
「瑞穂が怪我したのは知ってるか?」
「……はい、まあ。茜からメッセ来ましたから。今日はお見舞いに行こうかなって思ってたんですけど……」
「それは悪かったな。そんなに時間取らせないから、この後行ってくれ。それで、だ。今日集まって貰ったのは他でもない」
そう言って俺はカバンの中を漁る。生来の無精、あんまり綺麗に片づけてないツケがこんな所で出て来るかと思いながら……お? あったあった。
「……実は、こんなの見つけてな」
皆に見える様に、テーブルの中央に『ソレ』を置く。四組八つの視線が俺が置いたそれに集まって。
「……なんすか、これ? 広報誌?」
「そうだ。そこ、見て見ろ」
俺が指差した先に踊る文字に、秀明が顔を近づける。そこに書いてあった文字を読んで二、三度瞬きをした後、秀明が口を開いた。
「……第四回バスケット市民大会……っすか?」
「そうだ」
「ええっと……なにこれ、浩之ちゃん?」
はてな顔を浮かべて見せる涼子。視線をぐるりと回すと、桐生、智美、秀明も同じように頭の上に疑問符を浮かべている。
「来月……って言っても三週間後か? 市民体育館でバスケの大会がある。第四回だが、そこそこ盛り上がってる大会らしい。正南も参加するらしいぞ、この大会」
「正南って……正南学園っすか!? あそこ、ウチの市じゃないじゃないですか!」
「なんでもウチの市長、正南のバスケ部OBらしいぞ? 町興しの一環で、正南学園を呼んでるらしい。まあ、来るのは二軍以下だが……それでも正南の二軍だ」
「……そりゃ、強いでしょうね~」
選手層の厚さも有名だからな、正南学園。二軍って言っても、そこらのバスケ部のエースになれるやつらがゴロゴロ居るし。
「……それで? これがなんなのかしら、東九条君?」
「この大会、結構力が入ってるっぽくてな? 前回の優勝は男子は正南学園、女子は東桜女子だ」
「……全国レベルの高校じゃないっすか、どっちも」
「そうだ。加えてこれ、『男女混合』ってのがある。その男女混合なんだが、こちらも優勝チームは正南学園と東桜女子の合同チームだ。しかも、一年生主体のチーム」
「……強いチームと強いチーム混ぜたら強い、の見本みたいね。それで? 結局なんなのよ、ヒロ?」
智美の疑問の言葉に、俺は一つ頷いて。
「――俺らでこの大会、出ないか?」