第八十六話 八面六臂の大活躍と、その代償
短い休憩を挟み、試合は後半へ。スコア自体は五十六対四十、ウチの高校の大量リードで試合を折り返した。
「瑞穂!」
「はい!」
中で相手を引き付けていた智美がスリーポイントラインで待つ瑞穂にパスを出す。ぐっと膝を落としてタメを作り、ジャンプした瑞穂の手から放たれたボールは綺麗な放物線を描く。
「「「――スリーっ!」」」
パシュと音を立てて、リングに掠る事すらせずにボールはゴールに吸い込まれる。
「「「イエスっ!!!」」」
本日六本目の瑞穂のスリーポイントシュートが決まった。隣の桐生が興奮した様に両手をぱちぱちと叩く。
「凄い! 川北さん、凄いわね! あんなにスリーポイントシュートって決まるものなの!? 打てば入るってぐらいに入ってるし!」
「いや……流石にコレは出来過ぎだと思うが……」
チラリと逆隣の藤原に視線を送る。と、視線を向けられた藤原は苦笑して顔を左右に振って見せた。
「瑞穂を見ていて下さいと言った手前アレですが……凄すぎますよ、今日の瑞穂。神懸ってますね、これ。こんなの見た事無いです」
だろうな。実際、スリーポイントは然う然う決まるものでは無いし、そもそも余り打つ機会も無い。NBAでもこんなにポンポンは決まらないだろう。
「ナイスシュート、瑞穂!」
「ナイスパスです、智美先輩!」
智美の上げた手にパンっと自らの手を合わせ、少し頬を緩める瑞穂。大活躍だ。
「っく!」
ボールは相手チームへ。敵のポイントガードがゆっくりとボールを運び、視線でパスコースを探す。マッチアップは瑞穂だ。身長差のある上に、瑞穂がしっかり腰を落とした良いディフェンスをしているため、普段以上に身長差が目立つ。抜き去りたい所だろうが、あんな低いディフェンスされたら、相手もやりにくいだろうな。
「あっ!」
視線が一瞬、瑞穂から逸れた隙を見逃さず、瑞穂がボールをスティール。慌てるポイントガードの横を颯爽と駆け抜ける。
「不味い! フォロー、お願い! その子、スリー上手いから!」
自陣に居る味方に声を張る相手ポイントガード。相手陣まで切り込んだ瑞穂に慌てて敵チームがマッチアップに入るも、もう遅い。瑞穂はしっかりとスリーポイントラインに足を揃えてシュートモーションに入り、ジャンプ。
「させない!」
そうはさせじと相手チームのガードがブロックに入る。身長差は歴然、このままでは絶対に止められるだろうというシュートを。
「――まあ、ウチのチーム、瑞穂だけじゃないんだよね~」
瑞穂は後ろにノールックで放る。瑞穂の後ろに走り込んでいた智美がそのボールをキャッチすると、ゴール下のセンターに向かってドリブル。と、同時、瑞穂もたたらを踏む相手ガードを置き去りにして智美の続いてゴール下に走る。
「瑞穂!」
智美からのバックパス。そのボールを受けた瑞穂がドリブルで切り込むと、相手チームのセンターが瑞穂にプレッシャーを掛けに来る。
「流石にセンター相手じゃ分が悪いですって! 私、チビなんですから!」
相手が前に出て来た所をしっかりと確認し、瑞穂がノーマークの智美にボールを戻す。がら空きになった相手ゴール下で、智美が悠々とレイアップシュートを決めて見せた。
「ナイスシュートです、智美先輩!」
「なんのなんの。瑞穂もナイスパス! よくあそこにパス出したね~」
「いや~、長い付き合いですし? 絶対走り込んでると思ってましたから!」
嬉しそうに笑う瑞穂の頭をグリグリと撫でる智美。ふむ……
「……アイツらしいプレイが出たな。トリッキーというか……小馬鹿にしてるっていうか」
「……小馬鹿って。先輩、酷いです」
「そっか?」
「まあ、あれやられたらイラっとはするんですが……でも、相手にとってはやりにくいですよね、アレ」
「まあな。にしても……あいつ、あんまり連携上手く行ってないみたいな事言ってたけど、そうでもないのな?」
「あー……流石にまだ他のチームメイトは瑞穂のパス、全部は取れないんですが……智美先輩はほら、瑞穂と付き合い長いから」
「……なるほど」
流石、智美と瑞穂コンビって事か。
「もう! なんなのよ、あの子! あんな子、天英館に居た!?」
「愚痴っても仕方ないわ! とにかく、あの子を止めよう! まずはスリーポイントに注意よ!」
対する相手チームは相当ヒートアップしている様子。まあ、そりゃそうだ。あれだけ身長差があるのに、これだけ良いように弄ばれれば腹も立つだろうな。
「……相手チーム、大分『かっか』してるわね?」
「だな。まあ気持ちは分からんでも無いが……」
「やりたい放題だもんね、川北さん」
「まあな。これだけ好き放題されたらイヤにもなるだろう」
「……強かったのね、ウチの高校」
「どうだろう? 相手がそこまで強い所じゃないってのも大きいかな?」
「……辛口ね。流石、元国体選抜」
「そういう訳じゃないんだが……もう一枚、攻撃の軸があればもっと良いよなって思ってな」
「……ちょっと良いですか?」
「うん?」
桐生との会話に遠慮がちに手を挙げる藤原。なんだ?
「その……攻撃の軸になる為に必要な『もう一枚』って……どんな選手だったら良いですか?」
「どうした、急に?」
「……あれだけ瑞穂が活躍してるんですもん。私だって……その、試合に出たいですし……ちょっと、悔しいですから」
少しだけ照れ臭そうにそういう藤原。そんな藤原の態度についつい頬が緩む。バスケが好きで、試合に出たい! と思える人間には単純に、好感が持てる。『悔しい』って思う事は悪い事じゃないしな。
「……外から瑞穂、中から智美で攻めるのが基本スタイルだとしたら、もう一枚、外から打てる選手が居ればベターだな。そうすればより外にディフェンスを広げなきゃいけないし、瑞穂のパスも活きて来る」
「スリーポイントの練習、ですね……頑張ります!」
「藤原はゲームメイクも学んでコンボガード目指せよ。そうすれば瑞穂のシュート力も活きるし、ゲームに出る機会も多くなるぞ?」
「コンボガード、ですか……難しそうですけど、頑張ります!」
そう言って『むん!』と両手を握って見せる藤原。
「……ねえ」
「なんだ?」
「コンボガードってなに?」
「バスケでポイントガードとシューティングガードの両方をこなせる選手の事だ。ゲームを作るパス能力と、シュートもガンガン打って得点を稼ぐ能力の両方が要求されるな」
「川北さんみたいな人?」
「今日の試合では瑞穂もそんな感じだけど……アイツ、ちっさいからな。中では必ず当たり負けするし……」
その点、身長は藤原の方がデカいし。女の子に言う言葉じゃないけど。
「来たわよ!!」
と、コート内から相手チームの声が聞こえた。桐生との会話を打ち切り、視線をコートに戻す。ボールを持った瑞穂がゆっくりと相手チーム内にドリブルで進む。先程は速攻、今度はゆっくりとパスコースを探す。
「瑞穂、パス!」
逆サイドから智美が手を挙げる。そちらにボールを供給し、瑞穂は『本日の定位置』と言っても良いだろ、スリーポイントラインに足を揃える。マッチアップの相手のポイントガード、よほど瑞穂のスリーが堪えたのか、瑞穂にぴったりとマークに付いた。
「瑞穂!」
相手のディフェンスを上手くかわし、瑞穂が智美のパスをキャッチ。慌てた様に相手チームのポイントガードがチェックに入ると同時、瑞穂もシュートモーションに入る。
「させない!」
随分、熱くなってるいるのだろう。相手のポイントガードは瑞穂のシュートモーションに合せるようジャンプ。そんな相手ポイントガードにニヤリとした笑みを浮かべ、瑞穂はドリブルで中に切り込んだ。
……そう、外のシュートが決まりだすと、こういう事もままある。これが、俺ら背の低いバスケ選手の生きる道だ。
智美が、親指を上げてにっこり微笑む顔をしてるのが見て取れた。瑞穂は、相手ガードを抜き去った後、ゴール下に切り込む。ノーマークだ。そのままボールを掴み一歩、二歩。レイアップショートの体勢に入った。俺の拳にも力が入る。やがて瑞穂は、宙を舞う為に地面を蹴って。
――そのままコートに倒れこんだ。
バスケットボールの弾む音だけが、体育館に木霊する。皆、息を飲んだように瑞穂を見つめていた。当の瑞穂は膝を抱えたまま、ゴール下で蹲っている。
「瑞穂っ!」
自分でもびっくりするぐらいの大音声。俺の声で、呆然としていた皆の目に生気が宿る。
「瑞穂!」
始めに動いたのは智美。他の皆も智美の下に駆け寄る。そんな皆に笑顔を浮かべようとして、失敗。瑞穂は苦悶の表情を浮かべたまま、膝を抱え、そのまま動かなかった。
いつまでも……いつまでも。
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