第八十五話 練習の成果を十二分に発揮するのじゃ!
迎えた、練習試合当日。
「……なんか……ドキドキするわね」
「そうか?」
そんなに強い学校同士の練習試合でもなく、対外的に別に宣伝を打っている訳でもない試合であり、当然、体育館内はガラガラ。そんな中、『川北さんの試合? そうね、私も行くわ』と言ってついて来た桐生と二人、二階の手すりからコート内を見渡す。他に観客の姿は見当たらず……まあ、ゆるーい感じでスタートしている。緊張する要素、無くね?
「バスケの試合を見るのは初めてだから……あ! 鈴木さんだ」
「おう」
白いユニフォームに背番号は『7』を付けた智美が姿を現す。ジャージ姿の後輩と思しき女子からボールを受け取るとドリブルをダンダンと付いてレイアップシュート。綺麗に決まったシュートに思わず桐生が手を叩くと、その音に気付いたのか智美が視線をこちらに向けて少しだけ驚いた顔をして見せる。
「あれ? ヒロと桐生さん? どうしたの?」
「瑞穂に見に来いって言われたからな。出るんだろ?」
「うん。でも、ヒロ? 見に来るんだったら見に来るって言ってよね!」
「悪い悪い」
「うー……ま、いっか。それじゃヒロ、桐生さん? 私の格好いいとこ、ちゃんと見てよね!」
グイっと親指を上げる智美に片手をあげて応える。そんな俺にニカっと笑った後、智美は後輩女子に何か声を掛けて俺らの方を指差した。
「……何かしら?」
「……さあ?」
桐生と二人、首を傾げる。と、体育館に居た女子が屋内から出て行く姿が見えた。そして、ほどなく。
「……なんかすいません」
「いや、こっちこそ。悪いな」
数分後、一人の一年生部員がお茶のペットボトルを持ってアリーナに上がってきた。ご丁寧に、俺と桐生の二本分だ。
「……なんで?」
「ええっと……智美先輩からの差し入れらしいです」
その台詞には、思わずずっこけそうになったが、有り難く頂く事に。更にその一年生部員、
「メンバーの解説とかをして来い、って言われまして……」
と、言う事で、何故か一年生女子部員の解説(お茶付)あり観戦と相成った。つうか、良いのか? こんな事させて。
「ウチのバスケ部、そこまで厳しく無いですから。なので、試合中に一年生が上で先輩に解説役させても誰も何にも言いませんし」
「そうか……」
良いのか、それ? 首を傾げる俺に、その一年生部員は遠慮がちに声を掛けて来た。
「ええっと……先輩?」
「なんだ?」
「あの……私の事、覚えています?」
唐突にそんな事を言い出す女子部員。覚えていますって……
「……?」
「私、先輩と同じ中学でバスケしてたんですが……」
そう言われ、マジマジと女子部員の顔に目をやる。うーん……そう言われればどっかで見た事があるような……って、あれ? あー!
「……藤原か?」
「はい!」
「藤原理沙?」
「そうです、藤原理沙です! 覚えていてくれたんですね!」
そう言って、顔を綻ばす藤原。そうだそうだ、藤原だ! 俺等の中学でシューティングガードをしていた、笑顔の可愛い子だった。
「お知り合いかしら?」
「中学の後輩で……アレだ。瑞穂とか茜の同級生だよ。そっか、藤原か。わりぃ、最初は全然分からなかったよ」
「いいんですよ、思い出していただいたし!」
「それにしても、変わったな……」
女は怖い。たった二年でこんなに変わるもん何だな。全く分からなかったぞ。
「あ、始まりますね!」
藤原の言葉で、コートに目を戻す。両チームのスタメン五人が出てきた。瑞穂はポイントガードで……智美がパワーフォワード?
「センターじゃないのか、智美」
「智美先輩、器用ですから。先生も色々と考えているみたいです。それに……瑞穂の相手が、ホラ」
そう言ってコート内を指差す藤原。相手のポイントガードは智美と同じくらいの背丈で、瑞穂とは優に二十センチ以上、見ていると可哀相なくらい身長差がある。明らかなミスマッチだろう。
「……アレだけ身長差があって大丈夫なものなの?」
「……流石に少し厳しいか?」
「そうですね。アレだけ身長差があるとちょっと苦しいんで……智美先輩がパワーフォワードでフォローしつつって感じです」
「なる程な」
藤原の言葉に相槌だけ返し、視線はコートに釘付け。コートの中央に陣取った両チームのセンターのジャンプボールで最初の攻撃権を得たのは……我が校だ。
「速攻!」
智美の激が飛ぶ。身長の高い選手が、そのままランニングシュートを決め、小さくガッツポーズを決める。
「……やるな」
「今のは二年の陽子先輩です。ガードとフォワードを器用にこなす選手ですよ」
藤原の言葉に小さく頷く。相手チームはゆっくりとパスを回しながら……ああ、なるほど。そうなるよな。
「……ミスマッチを攻めて来る、よな?」
「……そうですね。かなりの身長差ですから」
対して瑞穂は、腰を低く落とす構え。うん、良いディフェンスだ。相手も瑞穂のディフェンスに少しばかり警戒しているのか、その場でドリブルを続けて。
「……あ!」
隣で小さく桐生が声を上げる。相手選手が、ファールギリギリの際どいプレイで瑞穂を抜き去ったのだ。慌てて食らいつくも、簡単にレイアップを決め、相手のポイントガードは自陣に戻る。元々体格差のある二人、こうなるのは仕方が無い。
「ドンマイ!」
智美が瑞穂に声をかける。コクンと頷き、瑞穂もオフェンスへ。パス回しを続けた後、やがて瑞穂にボールが回った。
「こい!」
対する相手チームのポイントガード。憎いぐらいに良いディフェンスをしやがる。瑞穂はゆっくりドリブルをしながら、じりじり間合いを詰める。ドリブルを警戒しているのか、相手のガードはつられる様に後ろに下がった。
……今しかねえだろう。
俺の気持ちが通じたのか、瑞穂がシュートモーション。慌てて間合いを詰める相手選手だが……もう遅い。
放たれたボールは、綺麗な弧を描きゴールに吸い込まれた。
「よし!」
思わず席を立ち、ガッツポーズを決める。そんな俺に、少しだけ驚いた様な表情を浮かべる桐生。
「……驚いた。貴方、もう少しクールかと思ったんだけど?」
「……つい。悪いな、大声出して」
いかん、ついつい声が出てしまった。気恥しくなってそっぽを向く俺に、桐生は優しい笑顔を浮かべて見せる。
「良いじゃない。私は嫌いじゃないわよ? そんな『熱い』貴方も」
「……うるせーよ」
照れ隠しに悪態をつき、視線をそらすように眼下の瑞穂に向ける。
「……」
俺の顔をちらっと瑞穂が見た後、小さくガッツポーズを決めてくれる。うむ、良くやった! えらいぞ、瑞穂!
「……ああ、それで」
「……なんだ?」
「いえ、最近瑞穂のプレイスタイルが変わったなって思ってたんです。誰かに似てると思ってたんですけど……あのスリーポイント、東九条先輩そっくり」
苦笑しながら横目でこちらを見やる藤原。
「……そうか?」
「シュートのタイミングも、相手との間の取り方も良く似てます。そりゃ瑞穂、上手くなる筈だわ」
「……」
「さ、先輩! これから瑞穂のプレイ、良くみててくださいね!」
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