第八十四話 浩之先輩の一番弟子!
「ふう……」
「はあ、はあ」
小テストの追試と云う、なんだかよく分からないものを乗り切った瑞穂。なんと九十二点という高得点を叩き出したらしく……先生に『出来るんだったら最初からやれ!』と物凄く怒られながらも、晴れて練習解禁と相成った。な、もんで今日も今日とて瑞穂のバスケ練習に付き合っていたりする。
「今日はこれぐらいにしとくか?」
流石に練習解禁となったものの、あんまり遅い時間まで練習するのは良くない。疲れだって取らなくちゃいけないし……なにより、智美に怒られる。
「……そうですね。今日はこれぐらいにしておきますか」
……お? いつもなら、『えー! イヤです! もう少ししましょうよ!』とか言う瑞穂らしからぬ素直な態度。訝しむ俺の視線に気付いたのか、瑞穂が照れたように下を向く。
「ええっと……実はですね、今度の試合にスタメンで出る事が決定しまして」
照れ臭そうに頬を掻きはははと笑う瑞穂。おお! やったじゃねえか!
「そっか! 良かったじゃないか! おめでとう!」
「あ、ありがとうございます……と言っても、所詮練習試合なんですけどね? でも、此処でしっかり結果残せたら、次の試合でも使って貰えそうなんで……ちょっと、頑張りどころなんですよ。なので、練習もっとしたいんですけど……」
……ああ、分かった。
「あんまり練習しすぎるなって顧問の先生にでも言われたか?」
「……非常に惜しいです。智美先輩に言われました。『あんまり練習してたら今度のスタメンを外す様に先生に言う!』って」
思わず苦笑が漏れる。おいおい智美、それはちょっと可哀想じゃないか?
「ううう……折角スタメンで出るんだから、もっと練習したかったのに……」
そう言って落ち込む瑞穂。まあ、気持ちは分からんでも無いが……
「まあまあ、そう言うな。前から言ってるけど、俺から見てもお前は練習しすぎだと思うぞ?」
「……そうですか?」
「ああ」
「でも……私、身長も小さいし、バスケもそんなに上手くないから……」
「お前は充分上手いだろ?」
「そんなこと無いですよ……私なんて、まだまだです」
「……まあ、試合前は誰でも練習したくなるけどな。テスト勉強と一緒だ。遣り残した事は無いか、覚えてない事は無いか、ってな」
「……」
「……あれ?」
「……私、テスト前でも勉強しようと思った事無いです」
「……だから赤点取るんじゃないのか?」
自業自得だ、バカタレめ。
「……コホン。まあ、ただ、勉強はし過ぎて駄目って事は無いが、練習はし過ぎると逆効果だぞ? 体を休めるのも練習の内だ」
まあ、今まで『もっと練習しろ』と言われた奴を見たことはあるが、『練習しすぎだ』と言われた奴は見た事が無いが。そう考えるとすげーな、コイツ。
「……分かりました。今日の所は、体を休めます」
そう言って肩を落とす瑞穂。なんだか散歩に連れてってもらえなくてしょげている犬を見ている様でついつい苦笑が漏れる。
「……しょうがないな。それじゃ、クールダウン代わりにスリーポイントシュートの練習でもしとけ」
「いいんですか!」
「……智美には内緒だぞ?」
「はい!」
泣いたカラスがもう笑った。嬉々としてシュートを打ち始める瑞穂に、俺は苦笑の色を強めた。
◆◇◆
「……そろそろ帰るぞ?」
丁度、三十本目のシュートが決まった後、俺は瑞穂に声をかける。
「ええ……もうちょっと良いじゃないですか~」
「ダメ! ほら、ボール貸せ」
渋々と言った感じでボールをこちらに渡す瑞穂。恨めしそうな眼をしてこっちを見やがって……ふむ。
「……あ!」
瑞穂から貰ったボールを持って、俺もスリーポイントシュートを放つ。自分で言うのも何だが、綺麗な軌跡を描いたソレは、音も無くネットを揺らした。
「よし! 入った!」
「『よし! 入った!』、じゃないですよ! ず、ずるいですよ、浩之先輩! 練習終わりって言ったくせに!」
「それはお前の練習。俺はいいの」
「ええ! ずるい! 私もする!」
「ダメだ。俺ももう辞めるから、お前も帰る支度をしろ」
尚もぶーぶー文句を言う瑞穂を宥め、俺らは帰路につく。瑞穂は自転車通学であり、自転車で帰れば良いのになぜだか頑なに『駅までは一緒に行きます!』とついてくるのが日課だ。
「……それにしても、先輩スリーポイント上手いですよね?」
「そうか?」
「ええ。なんかシュート成功率高い気がします」
「アホみたいに練習してたからな」
「スリーポイントを?」
「ああ」
「……普通、もっと成功率の高いシュート練習しません? ギャンブルとまでは言いませんけど……ガードがする事じゃない様な気もします」
「そうとばっかりも言えんが……まあ、お前も分かると思うけど、俺らの身長とか体格でゴール下なんて行っても話しにならないだろ? 上からも横からも圧力掛かって直ぐにペシャンコだよ」
「……ああ、それはあるかもです」
「それなら、アウトサイドのシュート練習をしようと思ったんだよ。そんで、どうせならってことで、スリーポイントシュートの練習を、ちょっとな? 得点以上に精神的ショックが大きいだろ? スリーポイントって」
実際、ゴール下を固められて外が甘くなる事は試合でもままある。ボール運びしながら、パスコースを探しても無い時は自分で打つしか無い。スリーポイントが決まりだせば外も警戒しないといけないし、そうなると今度は中が甘くなる。
「……なるほど。そうですね。そう言えば秀明も結構スリーの練習してましたけど……」
「俺が教えたからな」
「ズルい! なんで私には教えてくれなかったんですか!」
「なんでって……」
まあ、プレイスタイルが若干違うからな、俺とコイツじゃ。俺はどっちかって言えば正統派……正統派? まあ、スタンダードなガードだが。
「お前、トリッキーなパスとか出すの好きじゃねーか。アレで十分相手の意表もつけてるから、別に良いかなって」
ちなみに俺、智美、秀明、茜、瑞穂のバスケガチ勢の中でノールックパスが一番上手いのは瑞穂だったりする。なもんで、本来瑞穂の持ち味はワン・オン・ワンではなく、普通の試合形式で生きて来る、周りを上手く活用するタイプだ。
「……トリッキー過ぎてついて行けないって言われてますけど、それは……?」
「相手側との意思疎通もあるからな、パスは。まあ、その辺はこれからおいおい慣らして行けば良いだろ。独りよがりにならない様に」
「はい!」
「……まあ、お前のプレイスタイルはそのままで良いと思うが、スリーポイントはなるだけ練習しとけ。それこそ、ノーマークなら絶対外さないってぐらいにな。それだけで、プレイの幅も広がるし」
俺の言葉に頷く瑞穂。うむうむ。ちゃんと話を聞いてくれてお兄さんは嬉しいよ。
「さて、それじゃ帰るか。御疲れさん」
駅に到着し、俺は片手をあげる。いつもなら御疲れ様でした! と瑞穂の声が聞こえて解散になる所だが、何故だか瑞穂は自転車に乗る様子が無い。
「どうした?」
「いえ……あの……」
「……なんだ?」
「じ、実はですね。その……さっきの練習試合なんですけど……その、今までお世話になった浩之先輩に、練習の成果を見てもらいたいなー……みたいな」
何処か照れ臭そうに、こちらをチラチラと見ながらそんな事を言う瑞穂。練習試合?
「おう。行く行く」
「ほ、ホントですか!」
「うお! なんだよ? そんなに珍しいか?」
急に大声を出す瑞穂に少しだけびっくり。いや、行くよ、試合観に行くぐらい。なんだ? 俺、そんなに付き合い悪いと思われてたのか?
「いえ……浩之先輩、バスケ止めてから試合を見に来てくれた事、無かったから」
「……あー」
付き合い悪かったのね、ごめん。
「……いや、すまん。今度は大丈夫だ。ちゃんと見に行く。いつなんだ?」
「今週の土曜日です! 時間は十時からで、ウチの学校の体育館です!」
「三日後ね。大丈夫だ、行ける」
「ありがとうございます! うわー、百人力ですよ!」
両手を挙げて『ばんざーい』と言って見せる瑞穂。おい、馬鹿、恥ずかしいから止めろ。
「……まあ、折角観に行くんだ。恥ずかしい試合、すんなよ?」
「誰に言ってるんですか、浩之先輩! 私がそんなみっともない真似、するワケ無いでしょ!」
そう言って瑞穂はピースサインを作って。
「なんと言っても私、浩之先輩の一番弟子ですから!!」
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