第八十三話 教えて、桐生先生!
眼鏡にスーツの女教師とか似合いそう。
桐生はにっこり笑うと、机の上に置いてあったコップを手に取って俺と瑞穂に見せる様に持ち上げる。
「問題。コレはなんでしょう?」
「……はい?」
「……ええっと……」
「分からないかしら? 私が今持っているコレはなに?」
「……コップ……ですよね?」
不安そうにこちらを見る瑞穂に、俺も頷いて見せる。ええっと……なに、これ?
「それではそれはなに?」
「……お皿?」
「正解。あれは?」
「ドリンクバーの機械……って、何してんだこれ?」
首を傾げる俺に、桐生は浮かべた笑顔のままで口を開いた。
「現代国語の基本は『こそあど』よ」
「……こそあど? こそあどって……これ、それ、あれ、どれ、ってヤツですか?」
「正解。現代国語って何を聞かれているか分からない! っていう人が多いけど、実際はこそあど言葉の組み合わせなのよ」
「……小学生みたいな話だな」
それ聞いたの、小学校の頃の記憶があるが……今更聞く事になるとは。
「東九条君、正解。国語の問題というのは、文章の難易度の差こそあれ、基本的には『この文章では何が言いたいのか、分かる?』というのが問われているだけなの。だから、語彙力があって、読解力があって、解答力のある中学生ぐらいの子なら大学入試の模試受けてもそこそこ点数が取れるのよ。だって、基本的な問題に対する思考の方向性は一緒だから」
「……マジか」
「少なくとも、数学や物理の大学入試問題よりは解きやすいのは事実ね」
「やっぱり国語はセンスって事ですか?」
今の話を聞いたらそう考えるわな。そんな瑞穂の質問に、桐生は黙って首を左右に振った。
「いえ、違うわ。センスなんて必要無いとは言わないけど、読解力と解答力は鍛える事が出来るもの」
「どうやって?」
「ズバリ言えば、本を読むことね。本を読んで、内容を理解し、人に説明出来るレベルで頭の中で整理が出来る様になれば、国語の点数は結構簡単に上がるわよ?」
「……道が遠すぎるんですけど……」
「まあ、今の説明は追試向きでは無いわね。だから、簡単な点数アップの方法は文章を幾つかに分解する事ね」
「文章を分解……ですか?」
「段落ってあるでしょ?」
「一文字下がってるヤツですよね?」
「そう。段落分けしてるっていう事は例外もあるけど、その段落で『別の話』が始まる可能性が高い、という事なの。前の話と後ろの話で関連性が薄くなってきたら、段落を付けるのね。これは、裏を返せばその段落の中で言いたいことが必ず一つはある、という事なのよ」
「……ほう」
「だから、段落の中で『これが言いたいんだな』という事が分かればそこにラインを引いて置くの。長い文章を読むのが不得意でも、数行とか数十行の段落なら読むのはそんなに苦じゃないでしょ? 東九条君、数ページのエッセイなら読めたじゃない」
「確かに」
「国語が苦手な子って文章を最初から最後まで読んで、意味を纏めようとするんだけど……あんまり、得策じゃないのよね、それ。そもそも国語が苦手な子の多くは本を読むのも好きじゃないから、文章を読みなれて無いのよ。そうすると、長い文章を読んで纏めようとしても、結局どれが結論か分からなくなっちゃうの」
「……」
「だから、まずは段落ごとに分けて結論を考える。それをテスト用紙の隅っこでもなんでもいいけど、書いて置く。例えば段落が五つあれば、その話の中で五つの言いたいことが見えて来る筈よ」
「その『何が言いたいか』が分からないんですけど……」
「そこで『こそあど』よ。人間、だれしも主張したい事を繰り返すものだけど……でもね? 何度も何度も同じことを書くのは面倒くさいじゃない。だから『こそあど』で文章を書くの」
「……分かるか?」
「……分かった様な、分からない様な……」
二人で顔を見合わせる俺らに桐生、苦笑。
「そうね……それでは問題、『私は林檎を食べた。それはとても美味しかった』それ、は何を指している?」
「林檎だ」
「正解。それじゃ、次、『私は林檎を食べた。赤く熟し、まるで太陽の様に真っ赤な林檎。一体、私はそれの何に引かれたのだろうか?』この時のそれは何?」
「林檎です」
「正解。最終問題です。『私は林檎を食べた。赤く熟し、まるで太陽の様に真っ赤な林檎。それに口をつけた瞬間、私の脳裏で過去の情景がまるで走馬灯のように浮かびあがった。子供の頃食べた林檎。あれは本当に美味しかった。それに比べてこれはどうだ? 南蛮渡来といわれ期待したが、あの時の感動とは比べるでもない』」
「……よくそんな文章がすらすら浮かぶな」
「茶化さないの。この中に出てきたそれ、あれ、これ、あの時はなに?」
「それは林檎、あれは子供の頃食べた林檎、これは今の林檎、あの時は子供の時、だろ?」
「正解!」
そう言ってパチパチと手を叩いて見せる桐生。
「……馬鹿にしてんのか? 小学生レベルの問題だろ?」
「今は簡単にこそあど言葉を使ったけど、要は如何に早く指示語を見つけて答えを導くかって話だからね、現代国語って。後は『これ』と言えば比較的近くに書いてある、『あれ』と言えば遠くに書いてあるぐらい覚えて置けば、言いたい事も大体理解できる様になるわよ。後は、問題文に合わして解答していくだけの話。まあ、この解答するのに解答力が必要になってくるんだけど……小テストの赤点回避でしょ? なら、多少の解答力の無さは見逃してくれるんじゃないの? 部分点でも稼げれば、赤点回避自体は出来ると思うわ」
そう言ってメロンソーダのコップをピンとはじいて見せる。
「……そうそう。漢字は別よ? あれは純粋な暗記科目だから。まあ、覚え方とかもあるにはあるけど……それは時間が掛かるし、付け焼刃的で良いなら暗記するのが一番早い方法ね」
「……なるほど」
ふむふむと頷いて見せる瑞穂。
「……ありがとうございました、桐生先輩! 確かに私、今まで問題を最初から最後まで読んで解答してましたけど……でも、なんとなく活路が見出せそうです!」
「そう? お役に立てて良かったわ」
瑞穂の言葉ににっこり笑う桐生。そんな桐生に瑞穂はもう一度頭を下げて。
「それじゃ私、帰って勉強します! 桐生先輩、ありがとうございました!」
そう言って、瑞穂は元気よく店内を後にした。
……あれ? あいつ、会計してなくない?
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