プロローグ 朝起きたら許嫁が出来てたんだけど、そんな事って常識的にあんの?
新作、始めました。
「浩之~。お前、来週からこの家出て行ってよ?」
「…………はい?」
土曜日の朝、休日の二度寝というスペシャルな贅沢を味わい二階の自室から階下に降りた俺、東九条浩之の耳に入ったのは、寝転がってテレビを見ていた親父のそんな言葉だった。
「いや……なんで?」
「来週から浩之、許嫁と暮らすから」
「………………はい?」
「だから、来週から浩之はこの家を出て許嫁である彩音ちゃんと一緒に暮らすの」
「……ちょっと待て。理解が追い付かない。何言ってんの? ボケた?」
「失礼な事を言わないでよ。ボケてないよ。浩之は――」
「取り合えずテレビから目を離してこっちを見ろ!」
俺の言葉に『面倒くさいな~』とか言いながらよっこらっせとこっちに向き直るクソ親父。つうか、家を出て行けとかテレビ見ながら良く言えるな、おい!
「いやね? 実は父さんの会社、お前が生まれてすぐの頃に倒産しそうになって」
「この令和の時代に昭和の親父ギャグだと……!」
戦慄を覚えた。
「いやいや、冗談じゃなくて。結構マズイ状況だったんだけど……そこで、ある大企業の社長さんが助けてくれたんだ。資金援助してくれたり、人材貸してくれたり、取引先紹介してくれたり……まあ、すっごく助かったわけ」
「……ほう。良かったじゃねーか」
「でしょ? んで、お父さん、凄く感謝してさ? お礼がしたいって言ったら、『それではお宅の息子と私の娘、お互いに適齢期になったら結婚させましょう。同い年ですし』って話になって」
「……だから、許嫁と?」
「そういう事」
「……色々言いたいことはあるけどさ? なんで?」
「なんでって?」
「いや、許嫁ってさ? お互いの家にメリットがあったりとか、親同士が仲良かったりするからするんじゃないのか? え? 違うの?」
「違わないよ」
「別に昔からその社長さんと知り合いとかじゃないんだろ?」
「そうだよ。お金だけの関係だね」
「言い方! じゃあ、なんで俺と社長さんの娘さんと結婚なんて話になるんだよ!」
親父の会社はしがない中小企業に過ぎん。『社長』なんて呼ばれても従業員十名程度の小さな会社だぞ?
「大企業の社長さんが興味を示すとは思えんのだが」
「……浩之? お父さんの能力を買って! とかは思わないの?」
「会社潰しかけたんだろ? 能力、あんの?」
「……厳しいね、浩之は。まあ確かに? そんな能力も無いけどね、お父さん」
そう言って肩を落とす親父。いや、別に嫌いな訳でも尊敬して無いわけでも無いんだけど……なんだろう? 少なくともウチの親父が大それた人間とは思えん。
「ま、確かに僕なんてしがない中小企業の社長でしかないけどね? でもホラ、ウチの家って結構『名家』でしょ?」
「……そうなの?」
「あれ? 言って無かったっけ?」
「初耳なんだが」
「京都の方では結構有名だよ? 東九条の本家は旧華族だし、本家の更に本家のご先祖様は歴史の教科書にも載ってるし」
「……マジか」
確かに本家の家はクソでかいとは思っていたが……そんなに有名な家系なのか、ウチ。
「……じゃあなんで親父は中小企業の社長してんだよ」
「ウチなんて分家もいいとこだしね。美味しいトコロは本家とか有力な分家にぜーんぶ取られたから」
「……不憫な」
「そう? 自由にさせて貰ってるから文句は無いんだけどね。んでまあ、お父さんの会社を助けてくれた会社の社長さんの家ってのが所謂、実業家上がりの家で……まあ、あんまり良い言い方じゃないけど、俗に言う『成金』ってやつでさ。実業界で随分、悔しい思いもしたらしいんだ」
「……」
「それで、『名家の血を!』って思ったらしいんだけど……まあ、急激に大きくなった会社だからか、悪評が凄くてさ。結婚相手、見つからなかったんだって」
「……マジかよ」
え? 俺、そんな悪名高い家の子と結婚せにゃならんの?
「いや~、お父さんもついつい軽く約束しちゃったけどさ? 後で評判聞いて青ざめたよ」
「んじゃ断れよ! つうか断ってくれ!」
主に、俺の幸せの為に!
「そうしたいのはやまやまなんだけど……ごめんね、浩之。残念ながら、ウチの会社、まだその社長さんの家から借りたお金、返せて無いんだ。っていうかむしろ増えて行ってるぐらいで……」
「もう辞めちまえよ、そんな会社! 親父に経営者の才能はねーよ!」
「既に辞めるに辞められないトコロまで来てて……だから、浩之! お願い!」
「いや、お願いって……」
「相手の子、物凄く可愛い子だよ? もう、ザ・お嬢様ってカンジで! 成績優秀、運動神経も抜群なんだって! もうね、優良物件だよ、優良物件!」
「いや、物件って」
「浩之も逢った事、あるんじゃない?」
「逢った事がある?」
うん、と親父は一つ頷き。
「だって――同じ高校だし」
「……なに?」
ヤバい、ヤバい。物凄くイヤな予感がする。
「知らないかな? お父さんも写真でしか見た事ないけど、アレだけ容姿端麗で成績優秀、運動神経抜群だったら、学校のアイドルでもおかしくないんだけど……」
緊急事態を告げるかのよう、俺の頭の中でアラートが鳴り響く。
容姿端麗?
成績優秀?
運動神経抜群?
その上で、お金持ちのお嬢様で……同じ学校って。
「……彩音」
「うん?」
「その許嫁の名前って――もしかして、『桐生彩音』か?」
違うと言ってくれと心底願う俺の前で、親父は満面の笑みを浮かべて。
「うん、そうだよ! なんだ! やっぱり浩之も知ってたのか! ねえ、やっぱり有名?」
「……有名だよ」
俺の通う天英館高校の二年生で――いや、学校全体でも飛びっきりの美少女で有名な少女だ。家はお金持ち、成績優秀、スポーツ万能の、まるでライトノベルからでも飛び出したかの様な完璧お嬢様。完璧お嬢様、なのだが。
「……『悪役令嬢』じゃねーか」
『口と性格が壊滅的に悪い』と言われ、付いたあだ名が『悪役令嬢』という……まあ、なんというか、いろんな意味で評判のお嬢様だった。
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