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第八十話 例え、努力が裏切ったとしても。


「……ふわぁ」

 涼子特製ランチが結構な豪華さと量だった為、午後の授業が苦行に近いものだった俺は欠伸を噛みしめながら一人帰宅の途に着く。数学、物理という理系科目だった事も手伝ってか、眠さがヤバい。どれぐらいヤバいかというと……物理の途中から、ホームルームが終わってクラス全員が教室を出た時の記憶が、爆睡してて無い。起きたら教室に一人ぼっちだからな。異世界転生でもしたのかと思った。

「……ん?」

 駅を乗り継ぎ、自宅近くの駅で降りる。既に見慣れた風景になりつつあるそんな帰り道の途中にある公園――あの『桐生さんヨーヨー釣り大暴走事件』の会場である公園から、ダンダンという音が聞こえて来た。今までもずっと聞きなれ、そして最近でも結構聞きなれたその音に視線をそちらに向けると。

「…………なにやってんだよ、アイツ」

 そこには見慣れたツインテールのちびっ子が一人、一生懸命ゴールに向かってドリブルをしてボールを放る姿があった。おい、瑞穂? 何やってんだよ、お前。

「……おい」

「……うん? あ! 浩之先輩! こんにちは!」

「……こんにちはじゃねーよ。お前、こんなところで何してんだよ? 部活はどうした?」

 今日、部活休みじゃなかっただろうが。そんな俺の問いかけとジト目に、瑞穂はたらーっと冷や汗を流して視線を逸らす。

「……」

「……」

「……言え」

「……黙秘権を――」

「言わないと、練習に付き合わない」

「――部活に参加したんですけど、ちょっと張り切り過ぎて……『体を休めるのも練習! 帰って寝ろ!』って……顧問と智美先輩に……」

「……ほう。お前の寝るって言うのは電車で二駅掛けて公園まで来てバスケをする事か?」

 事案だな、これ。智美に報告だ。

「み、見逃して下さい、浩之先輩!」

「見逃して下さいって言われても……俺も今日言われたしな、智美に。あんまり練習させるなって」

「え! な、なんでですか!」

「なんでって……お前、張り切り過ぎなんだろ? 無茶な練習してるって智美から言われてるし……止めろとも言われてる」

「む、無茶じゃないですよ! ふ、普通です、普通!」

「……あんな? そりゃ俺だってバスケ好きだし……結構、無茶苦茶なメニュー組んでた自覚もあるよ? でもな? 流石に『帰れ!』って言われるようなメニューを組んだ事はないぞ?」

「そ、それは……で、でもですね? 私にとっては普通の事です! そんな無茶な練習はしてません!」

 両手をわちゃわちゃ振って誤魔化す瑞穂。そんな姿に、俺は小さくため息を吐く。

「……お前さ? 何をそんなに焦ってんだよ? アレか? 茜とか秀明に置いて行かれたくないからか? 周りが皆凄くなっているから、焦っているのか?」

「へ?」

「焦る気持ちは……まあ、分からんでも無いが、それでも根詰めて練習するのは良くないぞ」

 俺の言葉に、しばしのきょとん。その後、ケラケラと瑞穂は笑って見せた。

「あー……まあ、確かに最近凄いですもんね、茜も秀明も……周りって言うなら兄貴も。知ってます、浩之先輩? 兄貴、今度大学選抜に選ばれたんですよ? 今年はアメリカ遠征するって言ってました」

「智美から聞いた。誠司さんに文句言っといてくれ。俺にも教えてくれって」

「兄貴に会うのは中々難しいですが……分かりました」

 そう言って苦笑を浮かべた後、瑞穂は薄く微笑んで見せた。

「……私、チビじゃないですか」

「……まあな」

 俺も人の事は言えんが。

「その上、大して才能も無いんです。浩之先輩みたいなパスもカットインも出来ないし、茜みたいな視野の広さも無い。当然、智美先輩や秀明みたいに当たり負けしない体も持って無いんです。そんな私が出来ることって言えば……」


 努力しか、ないんです、と。


「……努力は報われるからな」

「私、その言葉嫌いなんですよね~」

 俺の言葉に苦笑を浮かべる瑞穂。

「『努力は裏切らない』とか『努力は必ず報われる』っていう言葉、私、嫌いです。報われない努力なんて沢山ありますし、努力は簡単に私を裏切ります。嫌いだった牛乳を毎日一リットル以上飲んでますけど、身長伸びませんし」

 まあ、それは冗談ですけどと、ペロっと舌を出して。

「でも……浩之先輩とかウチの兄貴見てると思うんですよね。努力は必ず報われるとは限らないけど……でもね? 試合に出ている人、皆に共通している事があるんですよ」

「……なんだ?」

「『努力』をしている人だって事」

「……」

「さっきも言いましたけど、努力は必ず報われるとは限りませんし、努力は人を簡単に裏切ります。でも、いわゆる『成功者』はチャンスを掴むのが上手いんです。なにかの拍子で試合に出て、ビッグプレイをして見せてレギュラーに定着する人が多いんです。それはラッキーと言えばラッキーなんでしょうが……でもね? ラッキーだけじゃ長続きしないじゃないですか」

「……まあな」

「だから、やっぱり努力は必要なんですよ。裏切られても、騙されても、報われなくても、それでも努力は必要なんです。一生懸命努力していれば、努力の神様は微笑んでくれなくてもチャンスは投げてくれますから。そのチャンスを拾って、保持して、活かすのは自分次第です。だから、私は努力したいんです。仮に努力が私を裏切ったとしても」



 ――それは、私が努力を裏切る理由にはならないですから、と。



「……だから、私はこのチャンスを活かしたいんです。上手く行けばレギュラーに定着出来るかも知れない。茜や秀明にライバル心が無いって言えば嘘になりますけど……それ以上に」



 私は、私に負けたくない。



「だから……お願いします、浩之先輩! 此処は見逃して下さい! 何卒、なにとぞー!!」

 そう言って頭を下げる瑞穂。その姿をしばし見つめ、俺はゆるゆると息を吐いた。

「……ダメだ」

「そ、そんな~」

「智美からも言われてるしな。あんまり無理な練習をさせるなって」

「……」

「……だから」

 そう言って瑞穂からボールを奪うと、スリーポイントラインまで歩く。そのまま、ぐっと足に力を込めてシュート。ボールはリングに当たることなく、ネットを潜った。

「……今日やるなら、シュート練習だけだ。走ったり跳んだりは控えろ。『無理な』練習はさせるなとは言われたが……まあ、シュート練習だ。クールダウンみたいなモンだろ?」

 瑞穂、きょとん。後、ぱーっと花が開いた様な笑顔になった。

「ひ、浩之先輩!!」

「なんだ? 不満なら今すぐ帰らすが?」

「ふ、不満じゃないです! あ、アドバイスとか……お願いしても良いですか!」

「……そのつもりだよ」

 カバンを置き、ベンチに腰を掛ける俺に嬉しそうに微笑んで――



「――あれ? そう言えば浩之先輩、なんでこんな所に居るんですか? 家、反対方向ですよね?」



 ――冷や汗が出た。やべ。そう言えばコイツには桐生と同棲している事、言って無かったわ。


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