第七十九話 出る杭をガンガン打って行くのがこの国のスタイル。良い悪いは別にして。
「……」
「……」
「……ほら、浩之ちゃん? この唐揚げ、美味しいよ?」
「……さんきゅ」
昼休み。瑞穂と練習を始めてから二週間、『最近、付き合いが悪い!』という智美と……それと、桐生の呼び出しを受けて屋上に呼び出された俺。涼子特製弁当を涼子の解説付きでご相伴に預かっているが……なんだろう? 智美と桐生の視線が凄い痛いんだが。
「……最近、ヒロが冷たいのよね~、桐生さん?」
「あら? 鈴木さんもそう思う? そうなのよね。彼、帰って来てもいっつもくたくたで……昨日も『晩飯は良いや』って直ぐに寝ちゃって」
「そうなんだ。奇遇だね! 私も教室でヒロに話しかけても眠たそうにしてて……全然、相手してくれないんだー。そういう意味では良いわよね、桐生さん。家でヒロに逢えるし」
「そうかしら? むしろ、一番元気なの学校じゃないの、東九条君。だから、元気な東九条君に逢える鈴木さんの方が良いんじゃないの?」
「そうかな~?」
「そうよ。そもそも最近、家で話もしてないし……ね!」
そう言って箸で『ブス』っと音が立ちそうなほどの勢いで卵焼きを突き刺す桐生。いや、桐生さん! お行儀が悪い!
「……あら、ごめんなさい。申し訳ないわ、賀茂さん」
「ちゃんと食べてくれるんなら別に良いけど……二人とも、嫉妬は醜いよ?」
そう言って聖母の様な表情を浮かべる涼子。有り難いお言葉だが、自分の箸を俺の口元に持って行って『はい、浩之ちゃん。あーん』とか言うのは止めような? 見ろよ、二人の表情。やべーから。悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すから。
「……まあ、別に嫉妬じゃないよ? ヒロが瑞穂と仲良く遊んでいる理由も、もとはと言えば私たちの喧嘩とその後始末が原因だし? 怒るのは筋違いだと思うけど? でも、寂しいのは事実じゃん?」
「……悪かったって」
「謝って貰いたいワケじゃないけど……まあ、ちょっとだけもにょっとして八つ当たりした。ごめん」
「……そうね。私もちょっと寂しかったからつい拗ねちゃった。ごめん」
そう言ってペコリと頭を下げる智美と桐生。いや、俺も謝って貰いたいワケじゃないけど……
「……でもね? 流石にちょっと練習しすぎじゃない? まあ、感謝はしてるんだけど……ちょっと、やり過ぎよ」
下げた頭を上げて、智美がじとーっとした視線をこちらに向ける。練習のし過ぎって……
「いや、お前らの部活が練習しなさすぎじゃねえか? なんだよ、週休三日って」
ミニバス時代の方がもっと練習してた気がするが……
「……まあね。ウチの部活はどっちかって言うとエンジョイバスケだから。そこまで勝利に固執……してないと言うと嘘になるけど……まあ、秀明や茜に比べたら全然甘い練習してるわね。だから、瑞穂もちょっと焦っちゃってるのよね」
「焦る?」
「ホラ、あの三人ってバスケで繋がった幼馴染じゃん? 仲は良いけど……それでもやっぱり、ライバル意識みたいなモノがあるのよね」
「……ああ」
まあ、分からんではない。俺と智美もライバル意識が無かったワケじゃないし……ただ、幸運な事にお互いプレイスタイルがあまりにも違い過ぎてそこまで比較対象にならなかっただけだ。後はまあ……俺らはバスケ『以外』の繋がりが強かったのもあるが。別にあいつらがバスケ以外の繋がりが希薄という訳では無いが……やっぱりスタートが『バスケ』というのは良くも悪くもあるからな。
「あの三人の中で瑞穂だけが取り残された感じになっているのは確かだし。茜も秀明も名門校でレギュラー一歩手前でしょ? それに比べて、瑞穂は弱小の我が校でようやくベンチ入りだからね。そりゃ、焦りもするわよ」
「お前が目の上のたんこぶだからじゃねーのか?」
「だからと言ってわざと負けてあげる訳には行かないでしょ? 私だって瑞穂に嫌われたくないし……何より、瑞穂に負けたくないし」
「……まあな」
「加えて誠司さん、大学選抜に選ばれたらしいわよ」
「マジか! すげーじゃん、誠司さん!」
俺の兄貴分と言っても良い、瑞穂の兄貴である誠司さん。誠司さんの成功は我がことの様に嬉しい。
「教えてくれればいいのに、誠司さんも」
「ヒロと違って誠司さんはデリカシーがあるの。止めたアンタに言えないでしょ、大学選抜メンバーに選ばれた、なんて」
「気にしなくても良いのに」
むしろ、それを言って貰えない方が辛いんだが。そんなに気を遣って欲しくない。
「まあ、そんな訳で瑞穂、結構参ってたのよね。自分の近しい人間がどんどん遠くに行ってしまう様な気がして、それで練習に一生懸命なのよ、今」
「……アイツ、レギュラーになれそうだからって言ってたけど……?」
「それもある。私がシューティングガードかフォワードにコンバートしたら、瑞穂がポイントガードで試合に出るからね。ただ……あの子、身長低いでしょ?」
「……まあな」
「私とはプレースタイルも違うし……にも拘わらず、あの子私の真似する様なプレーばっかりだったしね。このままじゃ、やっぱりコンバートの話は無しにってなりかけてたんだけど……」
そう言って、チラリとこちらを見やる。なんだよ?
「……最近、ちょっとずつ昔のプレースタイルに戻って来ているわ。私がどれだけ言っても聞かなかったのに……ヒロのおかげでしょ?」
「俺のおかげってワケじゃねーだろ。つうか、本来お前の仕事じゃね、それ?」
女子バスケ部の先輩として……何より、幼馴染のチームメイトとして。
「言えるワケあると思う? 『貴方はチビなんだから私と同じプレー、出来るわけないでしょ?』って私に言えって言うの、アンタ? あれだけ頑張ってる瑞穂を前に?」
「……確かに」
俺もチビで、チビはチビなりの生きる道を必死に探してたからな。先達者の言葉にはある程度説得力はあるものだし。智美から言われたら、どんな言われ方をしても嫌味……とまでは行かなくても、決していい気持ちはしなかっただろう。
「まあ、そこの所は感謝はしてる。してるけど……さっきも言ったけど、うちはエンジョイ勢なワケ。瑞穂が頑張るのは良い事だと思うけど……それを他の人に強要はしてほしく無いのよ」
「……してんのか、アイツ?」
「今はまだしてないけど……あの子、思い込んだら『こう』な所あるでしょ?」
「……」
「だから……ね?」
「俺の二の舞はごめんってか?」
「……うん」
少しだけ申し訳無さそうな智美。そんな姿に、俺は肩を竦めて見せる。
「……分かった。まあ、それとなくだが、一応言っておく」
「……ごめん。それと……ありがと」
「いいよ。それこそ俺の仕事って感じもするしな」
なんとなく儘ならないものを感じながら……それでも、俺は小さくため息を吐くに留めて涼子の料理に箸を伸ばした。
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