第七十八話 追いかけるべき背中は、遠い背中。見失っちゃダメだよ、自分を。
瑞穂とバスケ練習……と言うほど大したものではないが、それを初めて二週間経った。まあ、アイツは普通に部活もあるので毎日という訳には行かないが、それでもそこそこの頻度で練習をしている。おかげで、桐生からは冷たい目で見られているが……まあ、お詫びだお詫び。け、決して俺がバスケをしたいワケじゃないんだからね!
……誰得のツンデレだよ、これ。
「……お前も暇なヤツだな。部活休みなら遊びに行けばいいのに」
「私にとってはバスケが一番の遊びですし。休みならバスケしたいですよ」
「……つうかウチの学校、部活の休み多いよな?」
「そうですね~。最近ホラ、色々言われてるじゃないですか、部活関連。だから週一オフ、週一で軽めの調整だけなんですよね。土日は試合日ですから……試合が無ければ実質、週休三日ですね。もう一日は半ドン、みたいな? ま、自称進学校ですし」
「……強くならないだろ、それじゃ」
「まあ、詰め込めばいいとは思いませんが……茜の高校は毎日練習で、試合後も練習ですからね。秀明の所も似たようなもんですし……不安にはなります。だからこうして練習に付き合って貰うのは凄く助かります」
「それは……良かった、なっ!」
そう言って俺はスリーポイントラインからシュートを放つ。ボールは綺麗にリングに吸い込まれた。
「あー! ずるいです、浩之先輩! アウトサイドからのシュート、反則です!」
「なんでだよ……良いだろ、別に」
不満そうな顔をする瑞穂にリングを潜ったボールをポーンっと放る。フグみたいに頬を膨らませたままそれを受け取った瑞穂はジト目をこちらに向けた。
「練習にならないです!」
「そこを止めに来るのも練習だろうが。ワン・オン・ワンだし、パスの選択肢がない以上、出来るのはドリブルかシュートだろ?」
むしろ読みやすいと思うんだが。そんな俺の言葉に尚もむーっと頬を膨らましたまま、瑞穂は口を開いた。
「……浩之先輩、ポイントガードですよね?」
「何をいまさら。同じポジションだろうが」
「そうですけど……浩之先輩なら、シューティングガードもいけそうですけどね。得点力高いし」
「そうでも無いよ。どっちかって言うと、俺はシュートよりパスの方が得意だったしな」
「どの口が言うんですか。さっきからバシバシシュート決めてるじゃないですか?」
「ノーマークだからだよ。少し背の高いガードやフォワードがついたらもうダメだ。センターは言わずもがな」
「ふーん……そんなもんですかね~」
そう言って瑞穂はしばし考え込む様に、視線を中空に彷徨わす。
「……浩之先輩」
「ん?」
「ポイントガードに一番重要な事って……なんですか?」
「は? なに言ってるんだよ、お前?」
小学校の頃からの生粋のポイントガードだろうが、お前? 今更、俺にそんな事聞かなくてもわかんじゃね?
「いえ……そうですね。私、智美先輩みたいなガードになりたいんです。その為には、何をしたら良いですか?」
「智美みたいな? やめとけって。あいつのプレイとお前のプレイスタイルは違うだろうが。アホな事言ってないで――」
「真剣に聞いてるんです、私!」
瑞穂を見れば、言葉通りの真剣な眼差し。どちらかと言えばおちゃらけ気味、いつでも可愛い後輩だった瑞穂らしからぬ、その態度。これはマジで聞いているんだろうな……
「……なんで、智美みたいになりたい? なんかあったか?」
「……実は、先生に言われたんです。新チームの構想の事で……」
「……」
「……三年生はもうすぐ引退ですし、そうしたら私をポイントガードにして、智美先輩をシューティングガードか、フォワードにコンバートするって。実際、それに合わせてフォーメーションとかも練習してるんですよね」
「……凄いじゃないか」
ポイントガードはチームの司令塔だ。一年生からそんな大役を任せられるとは。
「……凄く無いです。浩之先輩だって、智美先輩だって一年からバリバリレギュラーだったじゃないですか。ポイントガードの」
「……まあな」
「智美先輩は……やっぱりチームの中心選手で、周りの先輩方も智美先輩に合わせて動くって言うか……」
「ゲームメイクセンスの事か?」
「それもあるんですけど……私たち一年生も、二年生の先輩方も智美先輩のプレイスタイルで練習して来ました。でも……私の力量じゃ……やっぱり智美先輩みたいなプレイは出来なくて……先輩方も、戸惑っているって言うか……」
「……」
……なるほど。前々からバスケが好きな奴だったが、ここ最近のコイツ、なんだか何かに追われる様に練習していると思ったけど……そういう事か。
「智美の……中学生の時のプレイスタイルは、パスも出すけど、自分でガンガンシュートに行くって感じだったが」
「今でもそうです」
「そうか」
あの時と変わって無いか。
「……なら、今のお前には無理だろ?」
「なんでですか!」
「智美は、ポイントガードでも背の高い方だったろう? だからパスが回せない状況でも、自分で切り込んでシュートを打つ事もできた。当たり負けもしなかったしな」
そう言いながら、俺は瑞穂に視線を向ける。身長は150センチに届くか届かないか。智美とは20センチ以上差がある。当然、智美と同じプレイなんて出来る訳が無い。
「ポイントガードは、ゲームの流れを組み立てるのが主な仕事だ。特に俺らみたいな背の低い選手はな。勿論試合の流れの中で、シュートを打つ事はあるし、当然その為にシュート練習は欠かしちゃいけないが……とにかく、今はパスの練習をするべきだな。普通のパスもだけど、ノールックパスとかも練習しとけ。試合の時に役に立つ。つうか、お前、元々そういうプレイスタイルだったろうが?」
結構トリッキーなプレイして、相手を挑発する様な事をちょこちょこしてた気がするが?
「でも……智美先輩のプレイスタイルとは違いますから……」
「……なんか色々本末転倒な気がするが……」
大人気だな智美、と俺は心の中でこっそり溜息をついた。
「……ポイントガードは『コートの中のコーチ』って呼ばれる、いわば司令塔的役割だ。ポイントガードの性格やプレイスタイルでチームのカラーもがらっと変わる。無理に智美に近づこうとせず、お前はお前のプレイスタイルをすれば良いんだよ」
「……いいんですかね?」
「いいさ」
「私、一年生ですよ? 一番後輩ですよ?」
「コートの中で学年なんか関係あるか。お前の好きなようにやったらいいんだよ。先輩? 知ったことか。お前が周りに合わせるな。周りがお前に合わせるんだ」
「……なんか、それってすごい我儘じゃないですか?」
「おう。ポイントガードは我儘なもんだ。つうかな? お前、既にわがまま放題好き放題やってるじゃねーか。俺や智美に接するみたいに接しろよ」
まあ……ガードが我儘は超偏見だが。ガードにも慎ましやかな選手はいるよ! 俺とか! 俺の言葉に、瑞穂が小さく微笑む。
「……ありがとうございます」
「なにがだ?」
「私……智美先輩みたいにならなくちゃ、ってちょっと無理してた所があったんです。だから……そう言って貰えると、少し気が楽です」
そう言って笑うと、瑞穂は手に持ったボールをゴール下までドリブルをして、レイアップシュートを決めた。
「さあ、浩之先輩! 練習ですよ! 何サボってるんですか!」
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