第七十七話 どちらも本音なのが乙女心
「そう言えば」
「うん?」
夕食(デリバリーのピザ。家に居てもご飯を届けてくれるって素晴らしい!)を食べ終わり、食休み中に思い出したかのように桐生が声を上げた。どうした?
「私の話はしたけど、貴方はどうだったの? 今日は川北さんとバスケットをしてきたんでしょう?」
「バスケットをしてきたっつうか……まあ、いつも通り付き合わされたって感じだな。ワン・オン・ワンとかシュート勝負とか……まあ、そんな感じ」
特段いつも瑞穂とやっているバスケットと変わる事はないが。ただ、マンネリ化だなと思わないあたり、やっぱりバスケは面白い。
「そう……最近、貴方バスケットばっかりしてる気がするわね」
「バスケットばっかりしてるワケじゃ……」
でも……まあ、言われて見ればそうかも。こないだは秀明と勝負したし、今日は瑞穂。加えて、これからちょくちょく瑞穂とのバスケにも付き合わなきゃならんし……バスケばっかりしていると言う評も、あながち間違いではないだろう。
「まあ、そう言われて見ればそうかも。確かにバスケばっかりしてる気がするな」
なんだか小学生とか中学生とかの時を思い出す。あの頃は毎日、日が暮れるまでバスケばっかりしてた気がするし。
「……ねえ」
「なんだ?」
「バスケット……楽しい?」
「あー……まあな。色々あってバスケットボールから……逃げた、っていうと語弊があるが、まあバスケを投げ出したけど、バスケ自体が嫌いなワケじゃないし」
今でもバスケは好きなスポーツだしな。体育でバスケって聞くと張り切るぐらいには好きだし。
「……そう」
「……どうしたよ?」
「その……えっとね?」
少しだけ、言い淀み。
「……貴方、バスケットボール部に入るつもりとか……あるの?」
「……はい?」
「きょ、今日ね? カラオケで鈴木さんが言ってたの。貴方と古川君のバスケット勝負の話。最後のシュート、凄かったって。格好良かったって」
「……最後のアレは反則みたいなモンだぞ?」
アレだってぶっちゃけ、秀明が手加減してくれた様なモンだしな。じゃねーとお前、流石に今の俺が秀明から一本取れる訳がないし。
「そうかしら? 最後のシュートは貴方の現役の時みたいなシュートだって言ってたわよ。鈴木さん曰く、『秀明とあそこまでやれるんだったら、ウチの男子バスケ部なら即レギュラーなのに』って」
「それは言い過ぎ……でも、無いか?」
謙遜しすぎるのも嫌味か。確かに、ウチのバスケ部は伝統的に弱い。まあ、『自称進学校』の名の通り、どっちかって言うと学業優先の気質はあるし……男子バスケ部も決して強くは無いからな。
「そうでしょ? なら、今からバスケ部に入っても遅いって事は無いのでは無いのかしら? だから……バスケ部に、入るのかな~って……」
「……」
バスケ部、ね~。
「……まあ、入らないかな?」
「そ、そうなの?」
「レギュラーになって試合に出てガチでやるってのもまあ、悪くは無いけど……でも、それだけがバスケの本質でもねーしな。最近分かったんだよ。勝つのは楽しいけど、勝つばっかりが全てじゃないかな、って」
「……」
「まあ、瑞穂とバスケしたり、秀明にたまに絡んだり……後は智美とおふざけでやるバスケも十分楽しいからな。なら、別に無理に部活に入ってまでしなくても良いかな、ってのが本音の所かな?」
「……そう」
「それに……前も言ったろ? 俺がバスケ部辞めた一番の理由は言ってみりゃ人間関係だぞ? 高二の今からバスケ部入って即レギュラーなんか取ってみろ?」
「……間違いなく、やっかみを受けるわね」
「そこまではどうか分からんが……面白くない先輩とかもいるだろうしな。なら、やっぱり今のまんまでバスケしてる方が気楽でいいよ」
そう言って笑って見せる俺。そんな俺に、桐生は曖昧な笑顔を浮かべて見せた。
「なんだ?」
「……うーん……ううん、なんでもない」
奥歯にモノが挟まった様な、いつになく歯切れの悪い桐生。そんな桐生に少しだけ『ピン』と来て、俺は言葉を継ぐ。
「……もしかしてお前、俺にバスケ部に入れって言おうと思ってた、とか?」
そんな俺の問いに、桐生は首を傾げて見せた。なんだよ、首を傾げるって。
「分からないの」
「……分からない? 何が?」
「貴方がバスケ部に入って、楽しそうに笑っている姿を見てみたい気持ちはあるのよ? 試合とかに勝って、喜んでいる姿も見たいし、試合に負けても悔しそうに歯を食いしばっている貴方も見てみたい。もっと言えば……私の見た事のない『バスケットをしている東九条浩之』っていう……そ、その……格好いい貴方も見てみたい」
「……」
「試合の日にはお弁当――は、もうちょっと特訓してからだけど、応援に行って一緒に喜びを分かち合い、或いは悲しみを共有したい気持ちもあるの」
そう言って、小さくため息を吐く。
「……でもね? それと同じくらい、貴方がバスケットに夢中になって私の事を……『蔑ろ』じゃ、言い方が悪いけど……こうやってお喋りしたり、図書館に付いて来てもらったり、一緒にテレビを見たりする時間が減るのは……少しだけ……」
ううん、と。
「凄く、寂しいの」
「……」
「……本当に、迷いどころなのよ」
――一生懸命、バスケをしている貴方も見て見たい気持ちも、本物で。
――バスケなんかせずに、私の傍に居て欲しい気持ちもまた、本物で。
「……どっちも本音、というのが悩ましい所よ。だから、貴方がバスケ部に入らないと聞いて……残念だと思うと同時に、ちょっとほっとしているの」
全く、我儘よね、と苦笑を浮かべて。
「でも……もし、バスケ部に入りたくなったら教えてね? 賀茂さんに教えて貰いながらお弁当を作って差し入れに行くから!」
そう言って笑う桐生の笑顔はとても綺麗で……そして、ちょっとだけ、寂しそうで。
「……まあ、そんなに心配すんな」
そうだよ。心配すんな。
「……うん」
「入るつもりは無いし……もし入ったとしても……なんだ? 俺だって、この時間は結構気に入ってるからな。別にお前の事を蔑ろにするつもりはねーよ」
寂しいのは別に、お前だけじゃないから。その意思を込めた俺の言葉にきょとんとした表情を浮かべた後。
「……うん!」
とても嬉しそうに笑う桐生に、俺も笑顔を返した。
――でも、これからちょくちょく瑞穂とバスケの予定があると言ったら『蔑ろにしないって言った癖に!』って、壮絶に拗ねられるんじゃないだろうか……いや、蔑ろにはしないけどさ……
この桐生さんが一番かわいいと思う。賛同された方は感想欄に『桐生さん、ラヴ!』と一言書いて頂ければ喜びます。