第七十六話 お嬢様と即席めん
「ただいまー」
「……お帰りなさい」
「……なんか凄く疲れてないか?」
家に帰り、リビングのドアを開けた所で、幽鬼の様な表情で俺を迎えてくれたのは桐生だ。心なしか、朝よりもげっそりしている気がするんだが……どうした?
「……そうね。凄く疲れたわ」
「……カラオケ?」
「ええ。いえ、決して楽しく無かったわけでは無いのよ? 無いのだけど……やっぱり、鈴木さんも賀茂さんもあんまり深く話した事が無い人だし……ちょっとだけ、気疲れしたのよ」
「……そっか」
まあ、涼子はともかく智美は結構ぐいぐい距離感詰めてくるし……二人揃うと、涼子まで智美化するからな。そら、疲れただろ。
「あれ? でもお前、単品であったらそうでも無く無かったか?」
涼子とも智美とも普通に喋っていた様な気がするんだが……気のせいか?
「単品って。言い方があるでしょうに」
「確かに。でもまあ、一対一なら普通に喋れていた気がするんだが……」
やっぱりアレか? 涼子と智美が重なるとその数倍のパワーが引き出される、一足す一は二じゃないよ理論が働いていたり?
「……」
「どうした?」
俺の予想に反し、桐生は少しだけ考え込む様に中空を見つめ、やがて『ポン』と手を打つ。
「……そうね。自分でもちょっと不思議だったのよ」
「なにが?」
「なんで、こんなに『居辛い』……というと少し違う気がするけど、やりにくいというか、話しづらいと感じたのかが」
「よく意味が分からんのだが……?」
どういう意味?
「私ね? 今までずっと一人だったじゃない?」
「……まあ」
「前も言ったけど、別に友達なんて居なければ居ないで良いと思ってたのよ。だから別に、誰に嫌われても良いと思ってたし、普通に喋るぐらいはなんとも無かったのね。でもね、でもね?」
貴方に逢って、私は変わったかも知れない、と。
「知れない、じゃないわね。変わったわ。私、今日ずっと思ってたもん。『東九条君が居ればもっと喋りやすいのに』とか『東九条君だったらどんな歌、歌うのかな?』とか……」
東九条君が居れば、もっと楽しいのに、とか。
「……そうかい」
「そうね。やっぱり、貴方と一緒に居た時に皆と喋れたのは……きっと貴方のお陰ね」
「……」
「貴方が居てくれたから……なんて言うのかしら……ホーム?」
「ホームとアウェイのホーム?」
「そう。そんな感じがして……その……しゃ、喋りやすかったのよ」
「……」
「……」
「……」
「……なにか言いなさいよね」
「ええっと……光栄です?」
……なんだろう? 物凄く照れ臭いんですけど! それってアレだろ? 俺と居るとその……安心するとか、そういう意味だろ? 照れるわ!
「……そうね。私、今まで一人でも平気だと思ってたのに……貴方と居るから、弱くなっちゃったのかしら?」
「……それは弱くなったというか……こう、二人で居る強さを覚えたというか……上手く言えんが」
「……ふふふ。そうね。貴方と居る事で、私は逆に強くなったのかも知れないわね」
そう言ってふんわりと微笑む桐生。その笑顔はとても綺麗で、可愛らしいものだった。
「……ま、私の事は良いのよ。それより、晩御飯どうするの? なにか食べて来た?」
「あー……いや、まだ食べてない。なんか作るか?」
「んー……それも良いけど……流石にちょっと面倒くさいのよね。どこかに食べに行くのもちょっと……だし」
「まあな」
折角家に帰って来たのに、これからもう一回外出するのも面倒だ。
「カップラーメン……的なもの、買ってなかったよな?」
「そうね。今になって思うわ。あれ、結構生活必需品なのね。あんまり美味しく無いけど」
「まあ……味に関してはな。俺は嫌いじゃないけど」
個人的には嫌いじゃないが、好きじゃない人にとってはあんまりな味ではあるだろう。俺だって嫌いじゃないが……どちらかと言えば時間短縮の意味合いが強いし。
「っていうかお前、カップラーメンとか食べるの?」
「基本的に食べる事は無いわ。ただ……まあ、興味本位というか、ちょっと気になって買ってはみたのよ。何事も経験だし……中学時代、クラスメイトが騒いでいたのを見たから」
「……お嬢様学校だよな? 物珍しさか?」
「まあそうね。普段、即席麺とは縁遠い生活をしてる人間ばかりだったし。それで買ってはみたんだけど……あんまり美味しく無かったのよね。スープ焼きそば」
「そっか。あんまり――」
……ん?
「……なに、スープ焼きそばって?」
「なにって……あるじゃない? 即席で焼きそばが作れるやつ」
「……」
「……え? なにか間違ってる?」
「寡聞にして俺はスープ焼きそばなる即席めんを知らんのだが……え? なに、それ? お前、湯切りした?」
「湯切り?」
「……」
……こいつさては、水淹れたままスープ入れやがったな?
「……あのな? カップ焼きそばは『湯切り』って言って、一遍湯を捨てるんだぞ?」
「……え? そ、そうなの?」
「……」
「……」
「……」
「……だ、だって仕方ないじゃない! 漏れ聞こえる話によれば、お湯を入れて三分から五分待つと食べられるって聞いてたんだもん! 湯切りなんて誰も言って無かったし!」
ああ、断片的な情報だけで即席めんは『こう』って認識したクチか。確かに、桐生の言う通り、湯切りする即席めんなんて……まあ、最近は増えたけど、焼きそばとか油そばくらいのモンだしな。
「にしても……蓋に書いてあっただろうが? 作り方的な」
「自慢じゃないけど私、説明書は見ない質なの」
「本当に自慢じゃないな、それ」
「煩いわね! カップラーメンぐらい、説明書無くても作れるって踏んでたの!」
「まあ、作れてないけど」
「……そうだけど」
そう言って心持しょんぼりした顔を見せる桐生。
「……んじゃ、今度、カップラーメン買いに行くか。ちゃんと湯切りした焼きそばは普通に美味いし、ラーメンも今は結構良いのが出てるからな。流石にスープ焼きそばがデビュー戦で最終戦はちょっとだし」
それで即席めんの評価が定まってしまうのもどうか、だし。
「……うん! それじゃ今度、即席めん、買いに行きましょう!」
そう言ってにこやかに笑う桐生に……あ、でも、コイツ、デリバリーとか好きだったし、カップ麺にハマってそればっかりになったらどうしようと一抹の不安を覚えながら、俺はリビングのソファに腰を降ろした。
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