第七十四話 幼馴染と許嫁と、時々ピエロ
第三章スタートです。
「はい、ヒロ? あーんして」
「あ、智美ちゃん! ズルい! 私が作ったお弁当だよ!! ファースト『あーん』は私に譲るべきじゃないかな!?」
「なによ、ファースト『あーん』って。こんなの早い者勝ちですよーだ」
「女子力皆無の癖に何を言っているんだか! 私が作ったんだから、私が食べさせるの! イヤなら良いんだよ? 智美ちゃん、食べなくても!」
「あ、そんなこと言う!? ひどくない? 大事な幼馴染になんて事言うのよ、涼子!」
「恋は戦争なんですー。ルールも倫理も無いんですー」
「……いや、あるだろ」
昼休みの屋上。いつも通り……というと若干語弊があるが、俺と涼子と智美……と、桐生の四人は屋上で昼食を取っていた。取っていたんだが……
「……ねえ?」
「……はい」
「……貴方、この二人を振ったのよね?」
「……その筈なんだが……」
「なのに」
額に、青筋を浮かべて。
「――なんでこの二人は貴方に寄り掛かってご飯食べてるのよっ!!」
そう。
なんでか知らんが……いや、知らんことはないが、ともかく俺の右隣には涼子、左隣には智美が陣取り、二人して箸を持って俺の口に『あーん』をしてきてやがる。きっと、これが例の『アピール』なんだろう。
「ん? ああ、ごめんね、桐生さん? 私達、浩之ちゃんにフラれちゃったけど、浩之ちゃん諦める気は毛頭ないんだ~」
「そうそう。だからヒロを落とすためにガンガン攻めて行こうと思って!」
「それにしたって限度ってモノがあるでしょ! なんで二人してそんなにベッタリ東九条君に引っ付く必要があるのよ!」
桐生の絶叫に、涼子と智美は目を合わせて。
「「東九条成分の補給」」
「口を合わせて何をしょうもない事言っているのよ!!」
いや、本当に。
「……はあ。とりあえず二人とも、離れてくれ。飯が食い難くて仕方ない」
「ええ~。そんな冷たい事言わないでよ~、ヒロ」
「そうだよ、浩之ちゃん! 桐生さんはいつでも逢えるから良いけどさ~? 私達とは今しか逢えないじゃん~」
「……貴方達……吹っ切れたにしても振り切り過ぎでしょう」
呆れた様にため息を吐く桐生。まあ、言わんとしている事は分かるが……
「……そもそもね? 貴方達も知っているでしょ? 私と東九条君、許嫁なのよ? このまま何も無ければ、私と東九条君は結婚まで行くの。言ってみれば……そ、その、み、未来の旦那様なわけよ? そんな私の前で、その……そんな風にイチャイチャするのはどうかと思うのだけれど?」
まさに、ど正論。少しだけ得意げな桐生に、涼子と智美は顔を見合わせた後、ふふんと不敵に笑って見せた。
「ふーん。そんな事言うんだ、桐生さん」
「な、なによ?」
「いやね? 桐生さんが良いんだったら良いけど? それって、どうなのかな~って」
「ど、どうなの? ど、どういう意味よ、鈴木さん?」
「いや~。ねえ、涼子?」
「そうだよね~、智美ちゃん?」
「な、なに? なんなの?」
「ううん。別に桐生さんが良いなら良いけど……それってさ?」
「「……言ってて格好悪く無いの?」」
「ど、どういう意味よ!」
「いや、だってさ? 桐生さんの言う『許嫁』って完全に親の決めた事でしょ? 別に桐生さんの魅力がどうのこうのって話じゃなくて」
「う、うぐぅ!」
「だよね~。それって桐生さんのキャラっぽくないかな~って」
「あ、貴方がどれだけ私の事を知っているのよ、鈴木さん!」
「いや、そりゃそんなには知らないけど……でも、ヒロが一緒に居て『是』とする人間でしょ? だったら、そんなつまんない人間じゃないだろうな~とは思うよ、私は。少なくとも、私自身も結構桐生さんには好感持ってるし……まあ、ヒロの事抜きに友達にはなりたいタイプかなって思うよ? こないだのカラオケも楽しかったし」
「……そ、そう? ありがと……」
「ん? なんかお礼を言われる様な事言った、私?」
そう言って首を傾げる智美。アレだよ、アレ。コイツ、人の悪意には晒され慣れてるけど、好意には弱いんだよ。流石、桐生の天敵だな。
「ま、それはともかく? 桐生さん、それで納得できるの? 『許嫁』ってだけで押し切って、近づくな~って言っちゃうの? そこに愛はあるのか! と問いたい」
いや、愛って。
「ぐっ……で、でも! そういう貴方達はどうなのよ!」
「私達? ホラ? そうはいっても私、一遍はヒロに告白され掛かってるし? ほら、良く聞くでしょ? 焼けぼっくいに火が付いたって。ワンチャン狙おうかな~って」
「私は浩之ちゃんと一番付き合いが長いし……女子力も高いし」
「……お前のは女子力じゃなくて主婦力だろ?」
「恋人はともかく……結婚する子は主婦力高い方が良いんだよ、浩之ちゃん。違う? 毎日美味しいご飯、食べたくない? 綺麗な家で、パリッとしたシャツ着て仕事に行きたいよね~?」
「……まあ、確かに」
「東九条君!? この裏切り者!!」
いや、裏切り者って。だって毎日美味しいご飯の方が良いよ、そりゃ。
「でしょ~? 私と結婚したら毎日、そんな生活送れるよ~? 二人で縁側で日向ぼっこしながらお茶でも啜ろうよ~」
終活まで視野に入れているだと……!
「甘いね、ヒロ! そりゃ、涼子の主婦力は高いわよ? でもね? やっぱり、真実の愛が大事だと思うんだ! その点、私ならヒロは一度はホレた女な訳じゃん?」
「……まあな」
「あの時は申し訳なかったけど……今なら、あの時出来なかった事、いっぱいしてあげるよ? ヒロが望む事、ぜーんぶ。あったでしょ? 私と付き合ったらこうしよーみたいなの」
「……まあ」
無いと言えば嘘になるよ、そりゃ。付き合ったらしたい事だってあったし。
「……それ、全部叶えてあげるよ? 今なら」
「……全部……だと?」
そう言って顔を赤くしながら、それでも妖艶に微笑む智美……い、いや! ちょっと待て! そ、そりゃ俺だって健全な男子中学生だったし、その、『そういう』妄想もしなかったワケじゃないけど! 別にそれだけだったワケじゃないからな!
「……ヒロのえっち」
「俺は今、痴漢冤罪の被害の恐ろしさを見た!」
何が怖いって完全に冤罪と言い切れないのが怖い。
「うぐぅ……ひ、東九条君!」
「今度はなんだよ!」
「私に愛の告白をしなさい!!」
「お前までなに言ってんの!?」
「しょうがないでしょ! 主婦力では現状、私は賀茂さんには勝てないけど、『愛されてる勝負』なら鈴木さんには勝てるかも知れないじゃない!!」
「それは色々とおかしい!!」
そもそも、そういうものじゃないし!
「だって……く、悔しいじゃない!」
「そんな所で負けず嫌いを発揮するな!」
「そういう意味じゃないわよ、このバカ! 私が言っているのはね? 貴方の事で、私が――」
「――――――楽しそうですね~」
――不意に、声が聞こえた。しまった、完全に忘れてた。
「………………なんですか、この茶番? あんだけ喧嘩に付き合わされたのに、智美先輩と涼子先輩は勝手に仲直りしてるし、桐生先輩と浩之先輩も良い感じだし……秀明は一人でなんか納得してるし……」
そう言って声の主――今まで、弁当をただただ口に運ぶマシーンと化していた瑞穂はプルプルと箸を握りしめて。
「――私、完全にピエロじゃないですかぁ!!!」