表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

81/414

第七十二話 過去も未来も変えられる貴方なら


「……ただいまー」

 なんだか物凄く疲れた。そう思いながら家に帰った俺は、玄関のドアを開けた所でカレーの美味しそうな匂いが漂っている事に気付く。

「お帰りなさい。今日はカレーよ」

 玄関先で鼻をひくひくさせている俺の元にエプロン姿でお玉を持った桐生がスリッパをパタパタと言わせながら駆け寄って来る。その姿はなんだか新妻に迎え入れらているよう。

「カレーか」

「イヤだった?」

「まさか。色々あって腹も減ったし、早く食べたい感じ」

「そう? それじゃ、いっぱいお替りしてね? 沢山作ったから!」

 嬉しそうにそう言ってにっこり微笑んで――後、少しだけ顔を顰める。

「……その前にシャワーでも浴びる?」

「……そんなに臭い?」

「そうね。臭い、という訳じゃないけど……やっぱり汗の匂いがするから」

 そんな顔をする桐生の目の前で俺は自分の服の袖口を鼻の前に持って行ってスンスンと匂いを嗅ぐ。うん、汗臭い。

「……そうだな。先にシャワーでも浴びるわ。っていうか結構汗臭いな、コレ」

「ハードな運動でもしてきたの?」

「あー……まあな」

「そう。それは聞いても良い話かしら?」

「……まあ、お前にも色々迷惑掛けたしな。聞きたいんなら話す事はやぶさかじゃない」

「なら、夕飯後に教えて貰いましょうか。さあ、それじゃさっさとシャワー、浴びて来なさい!」

 ビシッとお玉でバスルームを指す桐生に俺は肩を竦めて靴を脱ぎ、バスルームを目指した。


◆◇◆


 夕飯はカレーライスにサラダだった。ご丁寧にサラダにはゆで卵まで乗っている辺り――まあ、茹でただけではあるが、桐生の成長の跡が見える。焼くオンリーだったしな、コイツ。

「それで? 何があったの?」

 俺の前にコーヒーのカップを置くと、テーブルの向かい側に座り桐生は自身のカップに口を付けながら話を切り出す。

「あー……なかなか一言で言えないんだが……」

「そこを敢えて一言で言うと?」

「秀明とバスケ勝負して、涼子と智美に告白された」

「……私が悪かったわ。一言じゃなく説明してくれる?」

「そうだな……まあ、智美の事を秀明が好いてたのは知ってるよな?」

「ええ。情熱的な告白だったじゃない。貴方にだったけど」

「俺にしてもどうかとは思うが……まあな。そんで、そんな秀明から勝負を挑まれた」

「……なんで?」

「ケジメ、みたいなモンじゃねーのか? まあ、俺自身ウジウジ悩んでたから、丁度良いっちゃ丁度良かった。んで、その勝負に……まあ、勝って」

「……凄いわね。聖上高校ってバスケット、強いんでしょ? そこの一年生でベンチ入りメンバーに勝ったの、貴方?」

「最後は手加減して貰ったんだろうけどな。流石に現役の聖上メンバーとガチンコでやって勝てるって思えるほど、自惚れちゃいない」

「そう? でも……ちょっと見たかったかも」

「絶対、イヤ」

「……なんでよ?」

 少しだけ不満そうに頬を膨らます桐生。そんな桐生から視線をずらし。

「……格好悪かったからな」

「……」

「……」

「……私に、格好悪い姿見られるのはイヤ?」

「……誰に見られるのだってイヤだろ、普通?」

「じゃあ、言い方を変える。格好いい姿だけ、見せて置きたい?」

「……ご想像にお任せします」

「……ふふふ」

 俺の言葉に、嬉しそうに顔を綻ばして。

「もうちょっと聞きたいところだけど、この辺で勘弁してあげる。それで? その後、賀茂さんと鈴木さんに逢ったの?」

「逢ったって言うか……秀明が呼んでたらしい。決着付けろって」

「出来た後輩ね」

「本当に」

 頭が上がんねーぞ、アイツに。

「……でもまあ、それで……涼子と智美に、告白された」

「……そう」

 俺の言葉を噛みしめる様に聞いて。


「……それで? 貴方は……その、どう答えたの?」


 そんな桐生の言葉に。



「――断ったよ。二人とは付き合えないって」



「……」

「……」

「……良かったの?」

 良かったの、か。

「……どうかな? もしかしたら、後悔するかも知れないし……それに」

 少しだけ、言い淀む。

「……その……『諦めない』って言われた」

「……はい?」

「だ、だから! その……『初恋拗らせてるんだから、一回ぐらいで諦めが付くわけない』って言われて……」

 ……なんだろう。この浮気がバレた男の言い訳みたいな心境。

「……」

「……」

「……はぁ」

 額に手を当て、やれやれと言わんばかりに首を左右に振る桐生。

「あ、呆れるなよ! いや、分かるよ? 結局、なんにも変わってないって――」



「違うわよ」



「――思って……違う?」

「ええ、違うわよ。何にも変わってない? 馬鹿言ってるんじゃないわよ。貴方達は全員で全員の気持ちを伝えて、その上でそれ以上の関係を築いたって事でしょ? 一度関係を清算して――そして、より強固な関係を築いたって事じゃないの?」

「……」

 そう言われてみれば……まあ、そういう解釈もあるのか?

「少なくとも貴方、ちょっとすっきりした顔してるもの」

 そう言って、桐生は優しい笑顔で俺の手を両の手で優しく包む。思わずドキッとするようなその仕草に俺が身じろぎして手を放そうとするも、少しだけ桐生は力を込めて放そうとはしない。なにかを喋ろうと、口を開き掛けて。



「何時だって貴方は迷った」

「……」



「何時だって貴方は悩んだ」



 ……ああ。本当に、嫌になるほど悩んだよ。



「何時だって貴方は苦しんだ」



 ……ああ。いっそ、何もかも捨ててしまいたくなるぐらい、苦しんだよ。



「でも……貴方は……貴方達は、逃げ出さずに、立ち向かった」



 ……散々、逃げて来たからな。



「虚勢だったかも知れない。見栄だったかも知れない。格好悪かったかも知れない。選択に後悔した事だって、有ったでしょう。それでも、貴方達は、前を向いて進んだ」



 ……そう……かな?



「そうよ。誰が認めなくても、この私、桐生彩音が認めてあげる。貴方達の関係は、今、一歩進んだ。確実に……今までよりも、強固なものに」


 そう言って、桐生は優しく微笑んで。



「――おめでとう、東九条君。貴方は立派に……そして、見事に過去を変えて、未来をつかみ取ったわね」

「後悔するかも知れないのに?」

「人間だもの。完璧な選択肢なんて無いわよ。でもね? 今、後悔するのはダメ。選択が正しかったかなんて、終わって見ないと分からない。だから、そこで迷う分には……『後』で『悔』いる分には、全然構わないと私は思うわ」


 ……でも、と。


「『今』の貴方が、『未来』の貴方に想いを馳せて……これから起こる『未来』に後悔するのは……きっと、間違ってる。だから――貴方は、今を一生懸命生きなさい。思うままに生きて……後悔するかも知れない未来があるなら」


 そんな未来、変えてしまいなさいな、と。


「今の貴方なら出来るでしょ? だって貴方は、既に過去も未来も変えられる力を持っているのだから」

「……」

「……説教臭いこと言ったわ。ごめん」

「……いや……その……なんだ、ありがとう」

 少しだけ、救われた気がした。

「そう? なら良かったわ」

 そう言ってコーヒーカップに口を付けて。

「……ともかく、貴方達の関係は一歩前に進んだって事でしょう? おめでとう!」

 もう一度、笑顔を見せる。そんな桐生に、つられる様に俺も笑顔を見せかけて。


「……あれ?」


「コーヒー、飲んだかしら? カップを……なに?」

「いや……さっきさ? お前、呆れた様な仕草してたよな?」

 大山鳴動して鼠一匹、だっけ? そんな感じで呆れたのかと思ったけど……今の話を聞く限り、そうじゃないって事だよな? んじゃなんであんな呆れた顔したんだよ?

「……」

「……」

「……はぁ」

「な、なに?」

「いえ……まあ、そうね。賀茂さんと鈴木さん、貴方の事諦めないって言ったんでしょ?」

「……はい」

「今までは……そうね? 色んな事を遠慮して、色々控えていただろうけど……これからはそうじゃないんじゃないの?」

「……エスパー?」

 いや、確かにガンガンアプローチ掛けるって言われたけども。

「ちょっと考えれば分かるわよ。エスパーでもなんでも無いわ」

「……」

「だから……その……ちょっとだけ」


 イヤだな、と思っただけ、と。


「……」

「……い、一応言っておくけど! 私、貴方の許嫁なのよ? そ、そりゃ、幼馴染も大事だと思うけど……そ、それでも許嫁だって大事じゃないワケじゃないんだからね!」

「……はい」

「だ、だから! そ、その……!」



 ――私の事も、ちゃんと見てね、と。



「……んなもん、言われなくても分かってるよ」

「……」

「お前の事も」

 ……いや。



「――お前の事は、ちゃんと見ておくから」



 その言葉に、嬉しそうに顔を綻ばす桐生。

「そ、そう? それじゃ――」

「……そもそもお前、料理中とか結構目を離すの怖いしな。煮物はまだしも……揚げ物とか、絶対するなよ?」

 そんな桐生の笑顔がなんだか、恥ずかしくて、こそばゆくて――嬉しくて、そんな冗談を言ってしまう。

「――って、そういう意味じゃないわよ! っていうか、揚げ物だって出来るに決まってるでしょ! もう私、色々覚えたんだから! 馬鹿にしないでくれる?」

「本当か? お前、揚げ物の油から火が出たら水ぶっかけそうだし」

 ま、桐生は料理はともかく勉強は優秀だから、そんな事は――




「……え?」




「……え? 『え』ってなに?」

「……ダメなの? 水は火に勝つんじゃないの? 水は万能じゃないの?」

「……勝つって」

 悲報。もう少しで我が家が大火事になるところだった件。いや、まだ今の内に気付いたんだから朗報か?

「……ともかく、油使う料理はもうちょっと控えような?」

「……はい」

 少しだけしょんぼりする桐生が――なんだか、凄く可愛く見えて。



「ま、それじゃ今度の休みにでも料理するか! 唐揚げとか久しぶりに食べたいし……揚げ物、初挑戦と行こうか!」



 この時間が少しでも長く続けば良いな、なんて、俺はそんな事を考えていた。


くぅー、疲れましたw これにて完結--じゃないです。第二章完結です。いや、感想欄、荒れた、荒れたw 心配して頂いた方もおられましたが、大丈夫! 色んな考えがあるな~と結構楽しかったですし、参考にさせて貰った意見も一杯ありますんで。


感想返しでも書きましたが、別に感想欄が荒れるのは良いです。色んな意見があって良いと思ってますし、納得いかないと文句も言いたいでしょうし。ドシドシご意見下さい! まあ、ご期待に沿えるかどうかの保障は致しかねますが……その辺はご容赦下さい。書きたいものを書くスタンスですんで。


さて、次は第三章です。この作品は桐生さんと過ごす『今』、幼馴染と過ごした『過去』、そして自らよりも幼い人々との『未来』をテーマにしていますので、次章は瑞穂編です。正直、今までで一度も書いた事のない物語なので私自身結構ドキドキしてます。たぶん、一章・二章とは印象がガラリと変わるんじゃないかと思っていますんで、前述通り、感想欄でドシドシご意見頂いて物語を育てて下されば幸いです。


次回投稿ですが、上で書いてる通りガラリと印象が変わる事に悩んで十時間しか寝れてませんので、今日の投稿は難しいかも知れません←


合間に桐生さん視点の可愛い桐生さんも書きたいので(予定)、楽しみにして頂ければ幸いです。後、ブクマとか評価ポチポチして頂けると喜びますので、宜しければぜひ、お願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] To Heartかと思ったらMemories Offだった
[良い点] せいさいのかんろくでてきたかも [気になる点] しかし可愛い桐生さんもみてみたいです [一言] ちなみにこの先東九條の明美様も登場しますよね?
[一言] 第3章は、主に本家関係になりそうな予感…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ