番外編 初めての彼氏が出来たけど、その彼氏が予想以上に『スバダリ』だったせいで私の胃がキリキリ痛いんだけど、どうすればいいですか?
書籍四巻の感想で、藤田君と有森さんが意外に人気という有難いお声を頂いたのでスピンオフ的な感じで一作。
「藤田先輩ってさ?」
学校のお昼休み。華のバスケ部三人娘――というには、些か華加減の少ない私達三人組の一人、理沙がそう口を開く。
「結構、『スパダリ』だよね?」
「は? 『スパダリ』? 何それ? また理沙の好きなB――けふん、けふん。『例の趣味』の話?」
お行儀悪く箸を口に付けたままそう言うのは先日までバスケ部を辞めるだ辞めないだとグジグジ言ってた瑞穂だ。グジグジ、なんて今じゃ笑い話になっているが、当時は当の本人は勿論、私達だってそりゃ真剣に悩んだが……ま、今となっては良いでしょ?
「違う違う。っていうか瑞穂、口の中に食べ物入れたまま喋らないの。ただでさえ女子力低いのに、このままじゃ今以上に女子力下がるよ?」
「放っておいてよ。まあ、雫はともかく――理沙だって似たようなもんじゃん」
「いやいや。私はホラ、乙女の高尚な趣味を嗜んでいますから」
「アレを高尚と……ま、いいや。それで? その『スパダリ』ってなに?」
「スパダリっていうのは『スーパーダーリン』の略語だよ。顔良し、頭良し、性格良しな……まあ、なんでも出来る男の人の事を指す言葉だよ」
「……スーパーダーリン? 藤田先輩が? いや、そりゃ私だって藤田先輩には感謝してるけどさ?」
そう言って瑞穂が視線を私――有森雫に向けてくる。
「雫には申し訳ないけど、そんなに『スーパー』な『ダーリン』かな?」
そんな失礼な事を言いやがった……って、アンタね? 藤田先輩が居なかったらバスケ続けてられなかったかもしれないに良くそんな事言えるね!?
◆◇◆
私、有森雫は学校の一個上の先輩である『藤田先輩』とお付き合いをさせて頂いている。付き合う過程には関しては私のその、まあ……こう、乙女としての尊厳とか、流石に自分でもやらかし過ぎだろうとか、いろいろあるので省略させて貰うけど……と、ともかくまあ、藤田先輩とお付き合いさせて頂いています、ハイ!
普段の学校生活では学年が違うからあんまり逢えてはいないけど、お弁当は大体ご一緒させて頂いているし、デートもまあ……健全な高校生の範囲内でさせて貰っている。流石に皆の前では呼べないけど、二人の時には『雫』って呼んで貰ってるし、私も、その……し、下の名前で呼ばせてもらっている。え? 今、呼べって? そ、そんな恥ずかしい事出来る訳ないじゃん! ふ、二人っきりだから出来る話で、そ、それに二人っきりの時の藤田先輩はいつもの二倍増しくらいに優しくて、そんな藤田先輩に『雫? まだ寒いだろ? ほれ、上着』なんて上着を貸してもらった日なんかには思わずこう、お姫様気分が味わえるというか……え、えへへへへへへへへへへへ~!
「……雫、帰って来て。見てよ、瑞穂の顔。チベットスナギツネみたいな顔をしてるよ?」
「……付き合う前からマジでウザかったけど、今の雫ってアレだよね? 脳が腐る系のウザさだよね。いや、今のこのダラシナイ顔、写真撮って藤田先輩に送りつけたい気分。百年の恋も覚めるんじゃない、この顔見たら」
理沙と雫のじとーっとした視線の緩んでいた頬を意思の力で元に戻す。というか瑞穂、マジでそれは止めて貰えるかな? そんなことで藤田先輩にフラれたら末代まで呪うからね、マジで!!
「……おお。雫が怖い顔している。ほら、雫。冗談だから。さっさとお弁当、食べようよ」
私の視線を軽く流して肩を竦める瑞穂。おい、ちょっと待て。マジで写真なんか送る――
「それよ」
「――それって何が?」
私の恨めしい視線を『ハイハイ』と流して瑞穂が視線を理沙に送る。そんな瑞穂の視線を受けて理沙が小さく頷いて。
「雫のお弁当ってさ? 誰が作ってるの?」
「……藤田先輩です」
そう。
私、有森雫のお弁当はカレシである藤田先輩の手作りなのである。い、いや、待って! わ、私だって折角出来た初彼氏、手料理を振舞いたいオトメゴコロくらいはあるんだよ! あるんだけど! あるんだけども!!
「……藤田先輩の料理、本当に美味しいもんね~。あ、雫? 卵焼き頂戴? 言われてるんでしょ? 『藤原とか川北の分も作ってあるから、いるって言ったら分けてやってくれ』って」
「……ハイ、ミズホサン。イワレテオリマス。ドウゾ、オオサメクダサイ」
付き合って初日、『本当は手料理とか振舞いたいんですけど……それは練習してからで……あ、で、でも! よ、宜しければ一緒にお昼でも……』と恥ずかしながら告げた私に、物凄く良い笑顔で『んじゃ、俺、弁当作ってくるわ! バイト先で厨房担当だし、そこそこ出来るぞ! 楽しみにしておいてくれ!』なんて言う最愛の彼氏の言葉に思わず『Orz』な態勢になったりもしたが……ま、まあその後『ぎゅっ』てして貰ったのでプラマイゼロというか、むしろプラスというか……
「まあ、料理男子も増えて来たから別に珍しくも無いけど……でもさ? 普通、彼女が友達とお弁当食べるためにお弁当作るだけでも珍しいのに、その友達の分まで用意する彼氏なんていないよ? まあ、藤田先輩なら分かる気もするけど……あ、雫。私、その里芋の煮っ転がし頂戴?」
「ど、どうぞ。で、でも! 私だって断ったわよ!? 流石に藤田先輩に悪いし! で、でも……藤田先輩、滅茶苦茶良い笑顔で『気にすんな。お前の友達なら俺の友達みたいなもんだし……それに、藤原や川北は可愛い後輩だしな。先輩からのお裾分けだよ』って言われたら……」
「ああ、御免。別に雫を責めているわけじゃなくて……なんだろ? 藤田先輩って……ちょっと信じられないくらい『いいひと』じゃん?」
「「――わかる」」
瑞穂と声が被った。分かる。藤田先輩、どんだけ良い人だよって感じで良い人だ。ちょっと、ヤバいくらいに。
「バスケだって素人だけど結構な活躍してたでしょ? 西島さんは『走り回っていただけ』って言ってたけど……そんな訳ないの、私達なら分かるじゃん?」
藤田先輩の取った作戦は藤田先輩の豊富な運動量とスタミナがあって出来たものだ。
「そもそも、シュートだってしっかり決めてたし、未経験者の動きじゃない。それにさ? 瑞穂の為――っていうか、東九条先輩の為だろうけど……まあ、人の為にしたことに対して全然、偉ぶったりしないじゃん? 普通はもうちょっと恩着せがましい……じゃ、言い方悪いか。でも、そういう態度というか……そういうの見えても可笑しくないと思わないと思わない?」
「……まあ、うん。藤田先輩、私にも『お、川北! リハビリ順調か? 辛いかも知れないけど頑張れよ! なんかあったら出来る範囲でだけど手伝うから!』って言ってくれるし……」
「……瑞穂」
「分かってる。藤田先輩の『出来る範囲』なんてどんだけ広いんだよって話だし、軽々とは頼めないよ。雫にも悪いし」
何でもない様にそういう瑞穂。いや、分かってる。藤田先輩の底なしの優しさは男女の感情抜きで発揮されるのは。それでも、その……やっぱり、ちょっとだけ嫉妬と……なにより、『心配』してしまうのだ。
「……なんせフラれた相手にも優しくしちゃう人だもんね~。そら、簡単には頼めないよね」
理沙の言葉に思いっきり頷く。あの人、放っておいたら自分の事放り出して瑞穂助けそうだし。
「まあ、そういった訳で藤田先輩は優しいというか、懐が広いというか……」
「……うん」
「バスケの時見てたら分かるけど、運動神経だって悪いわけじゃないじゃない? 中学校の頃は長距離で県大会まで行ったんでしょ?」
「……うん」
「料理も出来るし、顔も……まあ、そんなに悪くはないと思う。無茶苦茶イケメンか? と言われるとそうじゃないけど……でもまあ、嫌いな顔じゃないよ?」
「り、理沙!?」
「取らないってば。それに天英館に入学するくらいだから勉強だって出来ないわけじゃないでしょ? 少なくとも中学時代はそこそこレベルでも成績は良かった筈だし」
……まあ、うん。自分で言うのもなんだけど、天英館はそこそこ賢い学校だし。勿論、地区一番の進学校! って訳じゃないけど……二番手、三番手には入ってる。地区一番の進学校の滑り止めにもされているから、運悪く本番で実力を発揮できなかった生徒とかが通ってるせいで、上位陣はそこそこ進学先も良かったりするもんね。
「その上、料理も出来て、気遣いも完璧。加えてバイトもしてるから……ヤラシイ話、お金だって持ってるじゃん?」
「……まあ、はい」
……その、物凄く言い難いんだけど……藤田先輩とデートに行ってもお財布が軽くならないの。『俺、バイトしてるからさ? これぐらい可愛い彼女に出させろよ~』とか笑いながら支払いを済ませてくれるから。
「で、でも! 奢らせようとか思ってないよ!! っていうか、あんまりに申し訳無さすぎるから、最近は極力お買い物とか行かない様にしているし!!」
ほ、本当だからね! デートって言っても最近はお買い物とか映画とかゲームセンターは行かない様にしてるもん! 罪悪感、ハンパなくて!! だから、最近はバスケコートのある公園とかでバスケとかしてるもん!!
「……まあ、雫ならそうだろうけどさ? っていうか、雫はそれで楽しいの? 瑞穂じゃあるまいし……」
「楽しいに決まってるじゃん!! だって、大好きな彼氏と一緒に居れるんだよ? それだけで幸せに――」
……あ、ヤバ。瑞穂だけじゃなく、理沙までチベットスナギツネになってる。
「……ご馳走様。まあ、ともかく……藤田先輩って結構『スパダリ』なワケ。スパダリが言い過ぎなら、優良物件だね、優良物件。良い物件見つけたね、雫。よくもまあ、空き家で残ってたもんだ」
「ふ、藤田先輩をそんな賃貸物件みたいに言わないで!! そ、そもそも藤田先輩、私が初めての彼女って言ってたし!! ちゅ、中古物件じゃないわよ!!」
いや、別に藤田先輩が過去に誰と付き合ったとかを一々……ま、まあ、ちょっと気にはなるけど! それでも、別にそれを持って非難するつもりはないよ。ないけど……でも、いいじゃん。私だけって、こう……なんか、特別感があって。
「まあ、カタログスペックは高いけど住んでみると意外に不便な物件ってあるじゃない?それの逆パターンで、住んでみて良さの分かる物件ってのもあると思うし……住めば都とも言うしね」
そう言って里芋の煮っ転がしを口に含む理沙。おい、アンタ。人の彼氏を賃貸物件扱いしてよくその煮っ転がしを食べる勇気があったな? 賃貸情報誌に掲載されたら直ぐに売り切れる物件が作った煮っ転がしだぞ、それ。そんな私のジト目に、『うん、美味しい』とにっこり笑って。
「――でも、雫? そんな優良物件だからこそ、雫も頑張らなくちゃだね?」
「――へ?」
が、頑張る?
「そりゃそうでしょ? 今まで藤田先輩の良さを気付かなった私たちが言うのもなんだけど……藤田先輩、結構な『イイ男』な訳じゃない? そんな藤田先輩なら」
――狙われても、おかしくない、と。
「ね、狙われりゅ!?」
「そりゃそうでしょ。藤田先輩の良い所、今まではあんまり気付かれて無かったけど……今ではその良さを伝える人も居るわけだし」
「だ、誰!? っ!! まさか理沙! 貴方――!!」
私の視線に呆れた様に肩を竦めて。
「変な冤罪かけないでくれる? 貴女に決まってるでしょ、貴女に」
「――へ?」
二度目の『へ?』
「……はあ。良い? 今まで『バスケ馬鹿』とか『喧嘩っぱやい』とか『乙女回路が死滅している』とか『どっちかっていうと男前』とか『顔面偏差値の無駄遣い』とか――」
「……待って? なんか凄い、ディスられてない?」
「――そう言われていた貴女が! 今では恋する乙女丸出しの顔で『ふじたせんぱーい♡』とか言ってる姿、クラス中で見せてるんだよ? そんなの」
興味沸くに決まってるじゃない、と。
「……え? い、いや! ちょ、……え、ええーーーー!!!!」
理沙の言い分に呆然とする私。そんな私に、理沙はにこーっと擬音が付きそうな良い笑顔を見せて。
「――ま、頑張りなさい? 藤田先輩に愛想、付かされない様にね~」
――のちに、私は悟る。理沙のこの言葉は残念な事にひじょーに正しく、中学校の陸上部の先輩とか、藤田先輩の妹さんのお友達とか、バイト先の常連さんとか、藤田先輩を密かに狙うライバルが多く――そのライバルが総じて美少女で、私が常にヤキモキさせられながら、それでもそのライバルたちと鎬を削る未来が確かにあることを。
……ねえ。
初めての彼氏が出来たんだけど、その彼氏が予想以上に『スバダリ』だったせいで私の胃がキリキリ痛いんだけど……
……どうすればいいですか?