第六十八話 暑苦しい男
「……急に呼び出して済みません。ご足労まで願って」
「気にすんな。どうせ暇だしな」
秀明の着信を受けた俺は、学校を出て直ぐにこの駅前のワクドに向かった。最近、後輩連中からの呼び出しが多い気がするが……まあ、丁度良いと言えば丁度良い。
「そんで? 用件はなんだ?」
「……瑞穂から聞いてますよね?」
「質問に質問で返すな、って教えて貰ってねーのかよ?」
「少なくとも、浩之さんには教えて貰った記憶はないっす」
「だよな。俺だって教えた記憶はないし」
そう言って二人で顔を見合わせて、笑う。
「……先日は、済みませんでした」
「何がだよ?」
「その……偉そうな事、言って。本当に済みませんでした!」
そう言ってやおら立ち上がり、ガバっと頭を下げる秀明。ちょ、馬鹿! 止めろ!
「やめろ! 目立つだろうが!」
「でも……俺、大きな恩がある浩之さんにあんな失礼な事言って……幾ら、智美さんの事とはいえ……本当に申し訳ございませんでした!!」
「だから、止めろって! むしろ嫌がらせかよ、おい!」
とんでもなく目立ってるんですけど! なんだ、これ? 俺を精神的に追い詰めるスタイルかよ! 見ろ! あそこの女子大生とかひそひそと俺を見て会話してるし! 先輩が後輩を叱り上げてる様にしか見えんだろうが!
「許して貰えるまでは頭を上げません!」
「許す! 許すからマジで勘弁してくれよ!」
切実に。もう明日から此処、来れないかも知れない。
「ありがとうございます!」
「……一々大声出すな。ともかく、座れ」
俺の言葉に一つ頷き、秀明は腰を降ろす。その姿をジト目で見やり、俺はコーラのストローに口を付けてズズズと啜る。
「……どこの体育会系だよ、お前」
「? はい? 聖上のバスケットボール部っすけど……?」
……そうだよな。ガチガチの体育会系だもんな、コイツ。なんだかんだ、上を立てるのを忘れない可愛い後輩だったし。そう思い、俺は小さくため息を吐く。
「……まあ、本当に怒っては無いんだよ。お前の言っている事も正論だし……ぬるま湯って言われれば、確かにぬるま湯だからな」
「そ、そんな事は……」
「なんだ? お前が言ったんじゃねーのか? アレ、嘘か?」
「……いえ。そうですね。確かに言い方は悪かったと思いますが……でも、言っている事自体、間違ってるとは思ってないっす」
「……だよな~」
背もたれにもたれ掛かり中空を見つめて、ため息を吐く。そんな俺の姿に、秀明は訝し気な表情を浮かべた。
「……どうしたんっすか? なんか……こないだと雰囲気違いますけど」
「男子、三日会わざればって言うだろうが。あれだよ、あれ」
俺も成長してんの。
「……そうっすか」
「そうだよ。いつまでも俺らだってこの関係が良いとは思ってねーしな。いつかは大人になるし……成長もしていかなきゃいけねーよ」
「……浩之さん達が、っすか?」
「そうだよ。なんだよ? そんな驚いた顔して」
「い、いえ……その、こんな事言うと偉そうって言うか、生意気って言うか……なんか失礼かも知れないんっすけど……」
「なんだよ? 怒らないから言ってみろ」
「その……お三人はお三人だけで……その……なんていうか、関係性が出来上がっている気がして」
「そうか?」
「俺と茜、それに瑞穂だって幼馴染っすよ? でも……なんて言うんでしょう? 浩之さん達みたいに……『べったり』では無かったんっすね」
「……」
「……だからこそ、三人の間には絶対に入り込めないって思ってたんっす。だから……俺も、諦めようと思ったんっすけど」
「そんなに俺らが変わるのが変か?」
「変って言うか……想像が付かないっていうか」
「……変な奴だな、お前。お前だって関係性を変えろって言って無かったか? それが変わると言えば『変』って」
どうしろって言うんだよ、俺に。
「いえ……済みません。俺が変な事言ってました。そうっすね。三人も、いつかは変わらなくちゃいけないですしね」
「……そうだよ」
そう言って、俺はもう一口コーラを啜る。
「……そんで? まさかお前、俺に公衆の面前で赤っ恥掻かせる為に呼んだのか? だとしたら先日の事とは別に許せんぞ?」
本当に。酷い辱めにあったぞ。
「ち、違うっす! 俺、そんなに性格悪く無いですよ!」
「……どうだか」
「マジで、違うんですって……その……話がだいぶ、ズレたんですけど……本当に話した事ってのは」
――俺、智美さんに告白しようと思います、と。
「……その許可を、浩之さんから貰いたくて」
「……俺は別に、智美の親父さんじゃないぞ?」
「でも……大事な幼馴染ですよね?」
「……」
「……今から凄い、自分勝手な事を言います。俺、智美さんの事、本気で好きっす。いつでも助けてくれて、いつでも笑いかけてくれた智美さんの事が」
「……そうかよ」
「でも……それと同じくらい、浩之さんの事も好きっす。ああ、変な意味じゃないっすよ? 憧れっていうか……ともかく、大好きな先輩っす」
「……そりゃどうも」
「だから……俺は、どうしても浩之さん、貴方に認めて貰いたい。貴方に認めて貰って、貴方に祝福されないと……きっと、俺は自分を責めそうだから」
「……お前も随分拗らせてんな、先輩後輩関係」
ジト目を向ける俺に、秀明は快活に笑って見せる。
「身近に居たのがあなた方ですよ? そりゃ、拗らせもするっすよ」
「……言葉も無いな」
「だから、俺は浩之さんに認めて貰いたい。認めて貰った上で、智美さんに告白して、そして……そうっすね、智美さんにも認めて貰いたい」
弟じゃなくて、男として。
「……勝手な話だな。好きにすりゃ良いじゃねーか。別に、俺が認めるも認めないもねーだろ?」
「言ったでしょ? 『自分勝手』言うって。俺がイヤなんっすよ。誰でもない、俺がイヤなんっす」
「……そうかい。暑苦しいヤツだな」
「はい。バスケ部なので。だから、浩之さん」
――俺と、勝負をして下さい。
「……勝負? なんのだよ?」
「……俺は一度も浩之さんに勝った事がない。貴方の背中を追って、貴方に追いつきたくてはじめた」
バスケで、と。
バッグの中から取り出したボールを持って、秀明は射貫くような視線をこちらに向けた。
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