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第六十五話 最初にボタンを掛け違えたのは、きっと彼女のせいじゃない


「……」

「……」

 それは無理だ、と思う。だって、俺たちはいつか大人になっていく。そうして、いつか離れ離れになっていくんだ。勿論、『幼馴染』としての枠組みは続いて行くだろう。それでも――いつかはきっと、離れて行かなくちゃいけない。

「……いつまでもは、無理だろ」

「……まあね。確かに、何時までもは無理かも知れないよ? でもね、それは『今』じゃないといけないの? もうちょっと後でも良いんじゃないの?」

「……だから、後っていつだよ? いつになったらお前は納得するんだよ」

「それは……考えて無いけど」

「……お前な?」

「で、でも! 私はもうちょっと、三人で居たいの。ヒロが居て、涼子が居て、私が居る、そんな生活をしたいの! それってそんなにダメな事を言っているのかな? 私、そんなに間違った事を言っているのかな?」

「……」

 間違っている、とは言い切れない。言い切れないが。

「でも……いつまでもってワケには行かないだろ?」

「そうだね。確かにヒロの言う通りだよ。言う通りだけど」

 堂々巡りな話の流れにため息が漏れる。そんな俺に、智美は不満そうなまなざしを向けてきた。

「……っていうかさ? 今までだって……ずっと、三人で過ごして来たじゃん。なんで急にヒロはそんな事言うのさ?」

「……それは」

「それこそ、ペットボトルの回し飲みなんて、本当についこないだまでしてたじゃん。なのに、なんで今日はそんな事言うの?」

「そりゃ……」

 なんでって……

「……誰かに何かを言われたの? 涼子? 瑞穂? 茜? それとも――」


 ――桐生さん? と。


「……しいて言うなら、全員、かな?」

「……ふーん」

 そう言って詰まらなそうにそっぽを向く智美。

「……涼子も同じこと、言ってたよ。『いつまでも一緒には居られない』って。うん、分かるよ。確かに皆の言っている事も理解出来るよ。だから……涼子がそこから動き出したいと言うのなら……寂しいけど、受け入れるよ」

 でも、と、俺に視線を向けて。



「――私たちがどうしたいか、ってさ? 私が決める事じゃないの? ううん、私とヒロ、二人が決める事じゃないの? 少なくとも私には、誰かに言われて納得できるものじゃないし、するものでもないと思ってる。いつまで一緒に居られるかって事は――私達の気持ちが大事じゃないの? そんな事まで、誰かに強制されて、矯正されなくちゃいけないの? 涼子がなに? 瑞穂がなに? 茜がなに? 桐生さんがなに? そんな、『誰か』の気持ちなんて、悪いけど知ったこっちゃない。私にとって大事なのは、『私』の気持ちだもん」



 それに、と。



「――私もズルいけど……ヒロもズルいよ。ヒロ、一度は『良し』としたんじゃないの? 私が、『三人の関係を続けたい』って言った時に……」



 貴方は、それを『認めて』くれたんじゃないの、と。



「……」

「……だから……思い留まって、くれたんじゃないの……?」

「それ……は……」

 まるで、ハンマーで頭を殴られた様な衝撃を受ける。確かに、俺はあの時、智美の言葉を受け入れて、『告白』を諦めた。それは、智美からしてみれば――

「……認めたって……事か?」

「……私は嬉しかったんだよ、ヒロ? きっと、壊れてしまうと思っていたのに……私の想いを、ヒロが受け入れてくれたと思ったから……凄く、凄く嬉しかった。涼子にも、そう。私の想いを尊重してくれたのが……凄く、凄く嬉しかった。このまま、三人で高校でも楽しくやっていけるって」

 ううん、と首を横に振り。



「――『三人』で、楽しくやって行っても良い、って、許可してくれたんだと思ったのに」



「……」

「……」

「だから……東桜女子を蹴ったのか?」

 俺の言葉に少しだけ驚いた様な表情を形作る智美。

「……知ってたの?」

「……まあな」

「そっか……」

「……俺の事を心配してかと……思ったけど」

「……それもゼロではないかな? でもね? ヒロの事よりももっと、もっと、ただの私の我儘だよ。ヒロも涼子もいない高校生活なんて、私は全然楽しく無いもん。だから、自分の意思で東桜女子を蹴ったんだよ、私は」


 ――この関係はきっと、私の『宝物』だから、と。


「……折角守れた関係性を……手放すなんて、考えられなかったから」

「……」

「だからもし、ヒロが責任を感じているのなら、それは違う。その選択をしたのは私だし、これは私の責任だから。勝手に私の責任、奪わないで」

「……分かった」

「うん」

「……」

「……」

「……」

「……ねえ? 私の言っている事って……そんなに間違っているのかな? 誰からも否定されなくちゃいけない程、間違った事を言っているのかな? 私だけが責められなくちゃいけない程に……ちがうの、かな?」

「……いいや」

 そうだ。確かに、智美の言っていることは間違ってはいない。智美が『子供の頃のままの関係を続けたい』というのが我儘だとするならば、俺や涼子が『大人になる』事を選択するのも、また俺たちの我儘だから。

「……私は今まで通りの関係を続けたい。少なくとも、関係性を変えるのは今じゃない。これからも、もうちょっとだけでも……皆で笑って暮らせて行けるなら、それが一番幸せだと思う」

「……」

「……勿論、ヒロの言っている事も分かる。大人にならなきゃいけないってのも、理解は出来る。でもさ? それがヒロの本心じゃなくて、他の人に……言い方は悪いけど、唆されて出した結論なら、私は納得なんて行かない」

 少しだけ考え込む様に目を伏せて。

「……貴方がこの関係を清算して、前に進みたいと言うのなら……私は、その意見を尊重する。勿論、完全に受け入れる事なんて出来ないし、我儘も……たぶん、言うと思う。それでも私はヒロ、貴方の意見を否定はしない。今のままで続けられないのなら……私も、前に進む覚悟を決める」

 だから、と。


「――自分の言葉で私に教えてよ、ヒロ。他の誰でもない、ヒロ自身の言葉で私に教えてよ。私はヒロと一緒に居たい。叶うなら、今まで通り、ずっと一緒に居たい」


 伏せていた目を上げ、俺を見つめて。




「――貴方はどうしたいの、ヒロ?」




◆◇◆


「おかえ――ちょっと! どうしたのよ、貴方! 酷い顔してるわよ!」

「……酷い顔は生まれつきだよ」

「そ、そういう意味じゃ……じゃなくて! 顔色悪いわよ! どうしたのよ、一体!」

 何処をどう歩いて帰って来たか――それ以前、どうやって智美と別れたかも正直、あんまり覚えていない。それでもどうにかこうにか家に帰りつくと、迎えてくれた桐生が驚いた顔で俺に駆け寄って来る。ははは。そんな凄い顔してるか、俺?

「……取り敢えず上がったら? 何があったか知らないけど、本当に辛そうな顔してるし」

「……分かった」

 靴を脱ぎ、家に上がる。リビングのソファに腰を降ろすと、桐生が淹れてくれた温かいコーヒーが目の前に供された。

「……どうぞ」

「……ありがとう」

「それで? なにがあったの? 喋りたくない事なら良いけど……喋った方が気が楽になる事もあるわよ?」

「……」

「東九条君?」

「……お前に喋るのは……なんか、悪い気がする」

「……誰に?」

「お前に」

「……気にしなくて良いわよ」

 そう言って優しく笑む桐生。その姿に、少しだけ強張っていた肩から力が抜けた気がする。

「……なんだろうな」

 本当に、なんだろう。

「……俺、智美と涼子も大事なんだよ」

「……ええ」

「特に智美は……いつだって俺の傍にいた。いて、くれていた」

 涼子が傍に居なかった、という訳ではない。でもアイツは、大人で、ある程度の距離を図って俺と接していたから。俺がバスケを止めた時も、心配はしてくれたけど、甘やかしてはくれなかった。俺が、立ち上がるのを待っていてくれた。

「……」

 でも――智美は違う。


 辛い時。


 悲しい時。


 嬉しい時。


 いつでも智美は、俺の傍に居てくれた。


「……今日、智美と逢ったんだ」

「……ええ」

「久しぶりに智美とバスケして、勝った、負けたと騒いで。それが……それが、凄く楽しくてな? なんだろう? 最近、色々有ったけど……全部忘れるぐらい、楽しくてな」

 そう。


 俺はきっと、楽しかったんだ。


「――智美に言われたんだよ。『ずっと貴方と居たい』って」

「……告白?」

「いや……たぶん、違う」

 あれは……きっと、今まで通りの生活をしたいっていう意思表示だからな。

「……それを言われて……そんなのは違うって、返答しなければいけなかったのに。前に進もうって言わなくちゃいけなかったハズなのに」

 それが、言えなかった。


「――俺自身、こんな『ぬるま湯』な関係が……心地よいって思ったから」


 智美の為でもなく。

 涼子の為でもなく。

 ただ、自分の為に。ただ、自分自身の為だけに。

「……俺、言えなかったんだよ」

 智美が子供なんだって、ずっと思ってた。ずっと一緒にいたいなんて、そんなの子供の我儘だって、そう思っていた。

「……違ったんだよ」

「違った? なにが?」

「……この関係性を……依存し、依存される関係を作ったのは――いいや、壊すチャンスがあったのに、それをみすみす見逃していたのは」

 その『犯人』は智美ではなく。



「――一番悪いのは……俺だ」



 この『ぬるま湯』を肯定して、続けて来て、誰よりもこの関係性を望んでいたのは。



 ――きっと、俺だ。





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