第六十四話 ピーターパン・シンドローム
「……智美?」
「やっほー。智美ちゃんでーす。何してんの? こんな所で? もしかしてガチでミコちゃんのぬいぐるみ欲しかったりする?」
「んなワケあるか。っていうかなんであのぬいぐるみ未だに置いてるんだ? なんだ? リバイバルとかしたの?」
「ミコちゃん? あー……リバイバルってワケじゃないけど、ミコちゃんってシリーズ化してるからさ?」
「……そうなの?」
ミコちゃんって一作だけかと思ったんだけど。
「違うよ。一緒に見てたでしょ? 『魔法少女クレヨン巫女ちゃん』と『魔法少女クレヨン巫女ちゃんプラス』、『魔法少女クレヨン巫女ちゃんスーパー』を」
「……全部一緒なんだと思ってたんだが」
「キャラ違ったじゃん。略称は皆『ミコちゃん』だったけど」
「……」
全然気付かなかった。みんな同じだと思ってたが……そうなの?
「それで今年、過去の『ミコちゃん』が一堂に会した映画が公開されるのよね。『クレヨン巫女ちゃん・オールスター大集合!』ってタイトルの」
「……詳しいな。まさかまだ見てるのか?」
「ネットのニュース記事に上がってたからね~。ちょっと興味があるから見てただけだよ。そういうのあるでしょ?」
確かに。俺だって某仮面のバイク乗りの特撮で『過去のライダー大集合!』とか書かれたら『お?』とは思うしな。
「……お前、好きだったもんな、このアニメ。三人で遊んでても、このアニメの始まる時間になると絶対家に帰ってたもんな」
懐かしい。俺とバスケ勝負してても、この時間になると『勝負はお預けよ!』って帰って行ってたもんな。
「いや、お恥ずかしいね~。でもまあ、それぐらい好きだったんだよ、このアニメ。凄く前向きになれるしさ~。実はちょっと映画も見に行きたいな~って思ってる。行く?」
「別に趣味を否定するつもりは無いが、流石に俺が行くのはちょっと恥ずかしい」
「まあね。私もちょっと恥ずかしいし……DVDになるの待ってレンタルしよっかな。その時はヒロも見に来てよ。一緒に上映会、しようぜ~」
そう言ってにこやかに笑う智美。と、同時に俺の携帯が鳴った。藤田からだ。
「わりぃ、智美。電話」
「電話? 誰?」
「藤田」
「藤田? なに? 一緒に来てるの?」
「ああ」
断りを入れて電話に出ると、藤田の泣きそうな声が耳元に響く。
『浩之、すまん。今日はちょっと無理かも知れん』
「マジか?」
『俺の前の前の人のプレイ、めっちゃ神懸ってるんだよ! アレ、きっとクリアまで行くだろうし、時間がめっちゃ掛かりそう。どうする? 帰るか?』
「あー……お前は?」
『お前が帰るんだったら俺も帰るけど……正直、ちょっと見てみたい気はしてる。なんか動画とかで見る様な技してるし』
「いいぞ、別に。折角だし見とけよ。俺、帰るから」
『……いいのか? 俺から誘ったのに』
「んなに気にすんな」
『……わりぃ。今度、なんかで埋め合わせするから!』
「はいよ」
申し訳無さそうな藤田にもう一度『気にするな』と言って電話を切る。と、智美が興味津々と言わんばかりの顔をこちらに向けて来た。
「藤田、なんて?」
「一緒にゲーセン来たけど、好きなゲームですげープレイしてる人が居るから見ておきたいってさ」
「ふーん。じゃあヒロ、暇なの?」
「そうだな。まあ、暇にはなったかな」
「それじゃさ? ちょっと付き合ってよ! 今日は部活休みだし、ちょっと暇だったんだよね、私も! この先に公園あるじゃん? あそこでバスケしようぜ!」
「バスケって……制服でか?」
「そうだよ! あ、この私のミニスカートがめくれ上がるんじゃないかって心配してる?」
「いや、別に心配はしてない。どうせジャージかなんか持ってきてるんだろ?」
「まあね。んで、どう? ちょっと付き合ってよ! いいじゃん! 瑞穂にはいっつも付き合ってるって聞いてるしさ~。たまには私にも付き合ってくれても罰は当たらないよ~!」
「そりゃまあ、構わんが……」
まあ、暇と言えば暇だからな。
「……んじゃ、行くか」
「うん!」
◆◇◆
智美に連れられて来たのは駅から路地一本入った所にある小さな公園。この辺でゴールのある場所は此処しかないので、俺もそこそこ利用させて貰っていた公園だ。簡単なシュート練習やワン・オン・ワンを何度か繰り返し、勝った・負けたで一喜一憂していた。
「くそー! 流石にヒロにはちょっと勝てないかな……」
「んな事ねーだろ?」
「ううん、やっぱりヒロ、巧いもん。ガードの癖にしっかり点も取ってくるし、外からもガンガン打ってくるでしょ? 試合では面倒くさいタイプだよね~。1番は1番らしく、パス回してりゃ良いのに!」
「ガードに対する酷い偏見を見た」
ちなみに1番はバスケでいう所の『ポイント・ガード』の事だ。まあ、どっちかって言うとポイント・ガードはパスを回す司令塔の感じが強いのは確かだが、最近はそうでもないぞ?
「NBAとかだったらガンガンシュート打って来るガードだっているだろ?」
「そうだけどさ~。なーんかイメージ的にヒロはパス回すタイプのガードなんだよね。結構、気を遣うタイプだし?」
「……関係あるの? 気を遣うタイプとポイント・ガードって」
「あるでしょ、そりゃ。俺様系のポイント・ガードは自分で点を取りに行くけど、周りに合せられるポイント・ガードはパス回し主体になりがちだもん」
「……そうとばっかりも言えん気はするが……まあ、一理あるかもな。でも、俺の場合は別に周りに合せてるワケじゃねーぞ? 単純に、自分がチビだからパス回し主体になるってだけで」
「そういうのを合わせてるって言うと思うんだけど……ま、良いや。難しい話は」
そう言ってバッグからペットボトルを取り出して口をつけ、美味しそうにスポーツドリンクを飲む智美。くそ、自分だけ飲みやがって。
「……? あ、ああ、ごめん! 自分だけ飲んじゃった!」
「恨めしいぞ、こん畜生」
「ごめんって!」
「いいさ、別に。この辺、自動販売機有ったかな?」
「ええっと……道路隔ててあっち側にあるけど。いいよ」
「なにが?」
「これ、分けてあげる。私はもう大丈夫だから、全部飲んで良いよ」
そう言ってキャップを閉めて、ポーンとこちらにペットボトルを放る智美。落とさない様に慌ててキャッチしたそのペットボトルをマジマジと見つめてしまう。
「いや……飲んで良いよって」
「ん? それ、嫌いだったっけ?」
「いや、嫌いじゃない。嫌いじゃないけど」
……これ、さっきまでお前が口付けて飲んでたヤツだろ?
「? なに? どったの?」
「いや、どったのって……良いよ、やっぱり俺、買ってくるから」
「勿体ないじゃん! なに? なんで飲まないの? 喉乾いてるんでしょ?」
「いや、乾いてるけどさ」
「変なヒロ……あ! もしかして、ヒロ、『間接キス』とか気にしてるの?」
「……そら気にするだろ」
「今更じゃん、そんなの。今までだって回し飲みなんてやってたしさ?」
「……まあ、そうだけど」
そうだけど。
「……お互い良い大人だしな。こういうの、そろそろ辞めようぜ?」
そう、『だった』けど。
「……」
「……ホレ。男女でこういうの、あんまり良くないだろ? 仲良しの幼馴染でも、そう云った線引きは――」
「――涼子と、同じ事を言うんだね、ヒロ」
「――智美?」
「……大人にならなくちゃって。いつまでも子供で居られないよって。きちんと線引きしないとダメだよって……ヒロもそんな事を言うの?」
「……智美」
「……皆、言うんだ。涼子も、茜も、瑞穂も。ずっと『仲良し』では居られないよって。いつか別れる日が来るよって。でもさ? それって今すぐ迎えなくちゃいけない事なのかな? まだ、私達、高校生だよ? 高校生って、まだまだ『子供』じゃないのかな?」
泣きそうな顔で、こちらを見つめる智美。
「……じゃあ、何時なら良いんだよ? 大学生か? 社会人か?」
「……分かんない」
「分かんないって」
「だって、分かんないだもん! なんで? なんで皆、そんなに速足で進めようとするの? もっとゆっくりでいいじゃん! 別に焦って『大人』になろうとしなくても良いじゃん! 子供で居られる事を許して貰ってる時間があるなら、子供のままで居ようよ! 子供のままで居させてよ!」
瞳に、いっぱいの涙を湛えて。
「――貴方達と離れるのが大人になるという事なら、私は大人になんか、なりたくない」
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