第六十二話 貴方は悪くないよ! って言って貰える世界
「……それはまた、エラい爆弾放り込みましたね、涼子先輩」
「自分でもちょっとやり過ぎたかな~とは思ってる。でも……智美ちゃん、ずっと『ヒロがこのまま桐生さんと結婚したらどうしよう』ってうじうじ悩んでるから。ちょっと発破掛けなきゃいけないかな~って」
「……がっつり地雷だと思うんですが……」
「うん、私もそう思ったよ? でもまあ、智美ちゃんなんて心の中浩之ちゃん関連だったら地雷原みたいなモンだし。何処踏み込んでもボカンだよ」
「……幼馴染の扱いが酷くないです?」
「瑞穂ちゃんと茜ちゃんの秀明君に対する態度よりはましだよ」
そう言ってにっこり微笑み、涼子は視線を俺に向けた。
「……ま、そういう事。智美ちゃんはそれに本気で怒ったんだよ。『なんでそんな事言うの!』って『私はずっと三人で居たいのに!』って」
「……」
「……そんなの、無理なのにね~」
悲しそうな、諦めた様な表情で微笑む涼子。そんな涼子をちらりと見やり、瑞穂が口を開いた。
「……まあ、どっちかと言えば智美先輩の方が脳内お花畑だとは思っていましたが……涼子先輩、良く言いましたね、そんな事」
「浩之ちゃんには言ったんだけど……私は別に良いんだよ。何年待っても、浩之ちゃんが答えを出してくれるなら。それが私の望む結果だろうが、望まない結果だろうが、浩之ちゃんの出した答えを受け入れる準備と……覚悟はあるんだ。でもね? 智美ちゃんはそんな浩之ちゃんの答えを認めないだろうから……先に釘を刺して置こうと思って」
視線を瑞穂に向ける。
「……瑞穂ちゃんは知ってるでしょ? 浩之ちゃんの心が智美ちゃんに傾いた事」
「……まあ」
「あの時、『答え』を保留にしたのは智美ちゃんだよ? それなのに、智美ちゃんが我儘を言うのは違うかなって」
「……」
「だからつい……言っちゃったんだよね~。『特に大事じゃないから保留にしたんじゃないの? 特に欲しく無いけど、無くすのはイヤだから、手元に置いて置きたかった程度の気持ちじゃないの? それで、誰かに盗られそうになったら、急に惜しくなるの? そんなに大事なら、自分のものにしておけばよかったんじゃないの? あれもイヤ、これもイヤって、それは違うんじゃないかな?』って」
「……辛辣過ぎませんかね?」
「若干、八つ当たりが入っていたのは否めないかな~。でもまあ、それぐらい言われてもおかしくはないよ、今の智美ちゃん。そして、それを言って上げられるのって」
「……まあ、涼子先輩以外に適任はいないですよね。仲の良さなら浩之先輩もですけど……」
「浩之ちゃんの話だし、浩之ちゃんは口も出せないでしょ?」
「……まあ」
流石にその話題には口も出せん。
「だからまあ、智美ちゃんと大喧嘩になっちゃって。煽ったのは私だけど、『私は涼子の事を思って!』とか言うから……ちょっとカチンと来ちゃった」
「……一番言っちゃダメでしょ、智美先輩」
頭を押さえてやれやれと振って見せる瑞穂。疲れた様にため息を吐いた後、彼女は顔を上げた。
「……喧嘩の原因は分かりました。そして、済みません。聞いておいてなんですけど、私じゃ手に負えません」
「謝らないでよ、瑞穂ちゃん。悪いのは私達だし」
「そんな――いえ、ええ、そうですね。反省して下さい、涼子先輩。そして私の睡眠時間を返して下さい」
「ごめん、時を遡るのは無理。でもまあ、そろそろ潮時だろうし、ちょっと頭を下げてくるよ。これ以上後輩に迷惑掛けるのもアレだしね」
「ぜひ、そうして下さい。主に、私たちの平和の為に」
『はーい』と返事をする涼子に一つ頷くと、瑞穂は視線をこちらに向けた。
「喧嘩の原因は分かりました。それで? もう一点、聞きたい事なんですが……っていうか、まあ殆ど理由は想像つくんですけど……秀明が智美さんに告白するって言ったのって、理由は桐生先輩ですよね?」
「……そうだな。茜が秀明に言ったらしい。俺に『良い人』が居るって」
「……茜……でもまあ、分かりました。そうしたら動きますよね、秀明も」
得心いった様にうんうんと頷く瑞穂。
「……なあ。ちなみにお前、知ってたのか?」
「なにをです?」
「秀明が智美の事好きって」
「知らなかったのは智美先輩と浩之先輩ぐらいですよ。ねえ、涼子先輩?」
「そうだね~。まあ、私は直接聞いたワケじゃないから『そうかな』ぐらいだけど……まあ、びっくりする事ではないかな?」
「……マジか」
全然気付かなかった。鈍いのか、俺?
「……別に秀明を褒めてあげるつもりはさらさら無いですけど、アイツ、上手く隠してましたから」
「それは……」
「まあ、辛い恋だと思いますよ? でも……アイツ、三人で笑ってる姿見るのも好きだって言ってましたから。それだけで満足してたのに、ポッと出の許嫁なんか出て来た日にはふざけるな! って思ったと思います。まあ、秀明も秀明で半分、八つ当たりみたいなモンでしょうけど」
「……」
「まあ、そんな事はどうでも良いですよ。それより! 色々と分かりましたので今日は実りのある一日でしたね」
少しだけ晴れやかな表情を見せる瑞穂。そんな瑞穂に、俺は頭を下げる。
「……色々迷惑掛けたな、瑞穂。すまん」
返答はない。不審に思い顔を上げた俺の視線の先に、呆れた様な表情を浮かべる瑞穂の顔があった。なんだよ?
「……そういう所ですよ、浩之先輩」
「なにが?」
「だから……あのですね? 今、この話を聞いて私は浩之先輩は悪くないと思ってます。だって、そうでしょ? 喧嘩したのは智美先輩と涼子先輩、そもそも智美先輩を煽ったのは涼子先輩、私に愚痴を言って睡眠時間を削ってくれやがったのは智美先輩、浩之先輩に宣戦布告して喧嘩売って来たのはバカ秀明、それを煽ったのは茜」
「……」
「そもそも論で言えば……なんでこんな拗れてるかって言えば中学時代に関係性を『保留』にした、智美先輩のせいですし……今回だってそうでしょ? 許嫁が出来たのだって、浩之先輩のせいじゃない」
ね? と。
「浩之先輩、ぜんぜん悪く無いんですよ? 謝る必要なんて、微塵もないくらい」
「……」
「でも、それでも、浩之先輩は謝るんです。『ごめんな』って。その言葉の裏にあるのはなんですか? 『俺の幼馴染が迷惑掛けてごめんな』でしょ? まあ、茜とか秀明とかも含めてなんでしょうけど……浩之先輩は全然、悪く無いんですから、もっと堂々としていれば良いんですよ。関係の無い事にまで、頭を下げる必要は無いんですよ」
「……」
「……そこが浩之先輩の良い所だと思いますけどね。一度、自分の懐に入れたら徹底的に甘やかすの。私も含めて皆それに助けられていますし……でもまあ、そろそろそれもお終いにする時が来たんじゃないですかね?」
「……かもな」
「ま、私が口を出す事じゃないですけどね? その辺りは任せますけど……上手く着地できるよう、期待しています!」
「……分かった。善処する」
「それでこそ、浩之先輩です!」
そう言って、瑞穂は優しい笑顔を浮かべて見せた。
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