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第五十九話 いつまでも過ごしたい、いつまでも過ごせない、そんな『ぬるま湯』


「……何してんだよ、こんな所で」

「……浩之さんこそ、何してるんですか? 『こんな所』で。浩之さんの家、もう二駅先でしょ?」

 一歩、また一歩とこちらに歩みを進める秀明。その顔にははっきりと怒りの表情が浮かんでいた。

「……秀明?」

「答えて下さいよ、浩之さん! なんでこんな所に居るんですか? なんで買い物袋なんて持ってるんですか? なんで――」



 ――桐生先輩と、手なんか繋いでるんですか、と。



「答えて下さいよ、浩之さんっ!!」

「……なんでって……」

 ……答えづらい。いや、『許嫁です』とか、言えねーんだけど。

「……茜から聞きました」

「……なにを?」

「浩之さんに、『良い仲』の人が居るって」

「……茜」

 ……これかよ、アイツが言ってたのって。すげー爆弾じゃねえか、おい。

「……嘘だと思いました。だって、浩之さんだし」

「……俺がモテねーって言いたいのかよ?」

 まあ、実際モテてはねーんだけど。

「そうじゃないですっ! だって、だって……浩之さんには智美さんと涼子さんが居たじゃないですかっ! 三人で仲良さそうにしてたじゃないですかっ! なのに……なのに、なんで、桐生先輩と手なんか繋いでるんですかっ!!」

「そりゃ……」

「桐生先輩と浩之さん、付き合ってるんですか!? 智美さんと涼子さん、お二人を捨てて、その人を選んだんですかっ!!」

「捨ててって……そういう訳じゃねーよ。それに、捨てるとか捨てないとか、そういう話でも無くてだな」

「じゃあ、なんですか! まさか……お二人をキープするって、そういう訳ですか!」

「……話聞けよ」

 秀明、もの凄くヒートアップ。いや、秀明さん? そんな事俺、一言も言って――



「これじゃ……これじゃあんまりに智美さんが可哀想ですよっ! なんで! なんで浩之さんは桐生先輩を選んだんですかっ!」



「……っ」


 ……なんだろう?


 少しだけ――腹が立ってきた。


「……何言ってんだよ、お前?」

「……」

「『智美さんが可哀想』? は? お前に智美の何が分かんだよ? なあ、おい? なに偉そうに喋ってんだよ、お前?」

「……なんですか? 開き直りですか?」

「開き直り? そんなんじゃねーよ、ボケが」


 ――あの時。


 俺は、間違いなく、智美に惹かれていた。智美と寄り添い、智美と共にありたい、と確かにそう思った。


「――何が智美が可哀想だよ? ふざけんなよ、お前?」


 ――なのに。


 そんな俺の想いを封じたのは――他ならぬ智美で。


「……お前に一体、智美の何が分かるってんだよ。勿論、俺ら三人の事も」

 ……落ち着け、俺。

 秀明に当たっても仕方ない。だから、落ち着け。落ち着け――


「――分かりますよ。智美さんの事なら」


 だって、と。



「――ずっと……ずっと、見てましたからっ! 小学校で初めて出会ったときから……ずっと、ずっと智美さんを見てましたからっ!」



「……秀明?」

 俺を睨み付ける様にして。



「――俺は……鈴木智美が、世界で一番、大好きなんですよっ!!」



◆◇◆


 まるで、時間が止まった様な感覚。そんな静寂を打ち破ったのは秀明だった。

「……小学校に上がって、直ぐに体が弱いからってミニバスのチームに入れられて……イヤイヤ練習しても、全然巧くならなくて、体力も無くて……いっつもいっつも止めようと思って。でも、そんな時に」


 ――ねえ、一緒に練習、しよ?


 ――ふるかわひであき君? じゃあ、秀明だ!


 ――さあ、シュート練習しよ! 行くぞ、秀明!


「……いつでも俺の事を気に掛けてくれて……俺が付いて行けなかったら、俺のペースに合わせて、一緒に練習してくれて……まるで姉のようで……でも、結構おっちょこちょいな所もあって……そんな所が、放って置けなくて!」

「……」

「……気が付けば、ずっと智美さんを目で追ってました。彼女が笑うたびに、胸が高鳴って……」


 ――でも、と。


「……智美さんの隣には、いつも浩之さんが居ました」

「……」

「……最初はそりゃ、悔しかったです。本当に、浩之さんの事も腹立つぐらい憎くて……なのに、浩之さん。貴方はバカみたいに優しい人だから」


 いつしか、自分の心に折り合いを付けていた、と。


「……貴方なら智美さんはきっと幸せになれるって、そう思いました。だから、浩之さんと智美さんが付き合うなら……恋愛関係になるのなら、俺も諦めが付くって思ってました。心の底から祝福しようって、そう思ってました。なのに……なのに、こんなの、智美さんがあんまりに可哀想じゃないですかっ!」

「……お前の気持ちは分かった。そして、それに気付いてやれなかったのは兄貴分として失格だと、そうも思う」

「……いえ」

「だが、それとこれとは話が別だ。俺が誰を選んだとしても――」

 誰に、選ばれなかったとしても。


「――お前には関係ない」


「っ! 分かってますよ! でも、それじゃあんまりに智美さんが可哀想だからっ!」

「可哀想、可哀想ってうるせーんだよっ!! 智美の何が可哀想なんだよっ!! 俺に選ばれなかったら、智美が可哀想ってか? それじゃ涼子は? 桐生は? こいつ等の気持ちは無視して、お前は智美が幸せだったら良いってのかよっ! 桐生はともかく、涼子にはお前も随分世話になっただろうがっ! なにか? てめえの好きな女が幸せならそれで良いのかよ、お前はっ!!」

「そうじゃないっす! そうじゃないですけど、でも、智美さん可哀想じゃないですかっ!」

「だから、何がだよっ!」

「だって! 智美さん、浩之さんの為に東桜女子付属の推薦蹴ったんですよ! それなの――」




「――……なんだと?」




「――っ!!」

 秀明が慌てた様に口を塞ぐも……もう、遅い。

「おい。お前、今、なんて言った?」

「……」

「東桜女子付属って……アレだよな? ここ数年、ずっと全国に行ってる『あの』東桜女子だよな? そこの推薦を蹴っただと? 智美がか? どうなんだ?」

「……」

「答えろ、秀明!!」

「……済みません。口が滑りました」

「そんな事はどうでも良い。事実か?」

「……事実っす。智美さん、中三の最後の大会で活躍してたんで……スカウトの目に留まって、それで」

「……それを断ったのか、智美は」

「……」

「……俺のせい、か?」

「……智美さんは『あんなキツイ練習、ついて行けないしね~』って。でも……あの時の浩之さんの話を聞くと……」

「……」

「……ミニバスのOB会に顔を出さないのも、きっと浩之さんが顔を出さないからでしょうし……そういう人ですから、智美さん」

「……あいつ」

「く、口を滑らした俺が言う事じゃないかも知れないっすけど、智美さんを責めないで下さい!」

「……責めねえよ」

 責めれるか。責めれねえけど……ああ、くそっ!

「……」

 イライラしてきて、頭を掻きむしる。そんな俺をじっと見つめ、秀明は口を開く。

「……ともかく、浩之さんが……『もういい』と、智美さんの事なんて、もう傍に居なくても良いと……そう言うなら」



 俺が、智美さんを貰います、と。



「……」

「『良いとは言ってない』とか、言わないで下さいよ? そんな浩之さん、俺、見たくないです」

「……」

「……言いっ放しで申し訳ないですけど……覚悟しててください。瑞穂、いつも言ってました。『あの三人はぬるま湯だ』って。なら」


 俺が、その『ぬるま湯』、終わらせますから。


「……失礼します」

 そう言ってペコリと頭を下げ、秀明は背中を向けて歩き出し。


 ――俺はその背中を、ただただ見つめるしかなかった。


『面白い!』『面白そう!』『続きが気になる!』『っていうか続きはよ』と思って頂ければブクマ&評価などを何卒お願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最終的に誰を選ぶのかは当人の問題だからそこはいいんだけど、「俺が貰う」って発言そのものは普通にキモイんじゃないかなぁ 自分が選ばれるのが当然みたいな言い方がストーカーの理屈のソレ そも…
[一言]  "ぬるま湯を終わらせる"というが、何を今更という感じしかしませんねぇ。  彼らの周りの者たちは浩之と智美、涼子の関係は、前から分かっていたはずだと思うのですが……。  正直、3人の時にこの…
[一言] 秀明→智美でしたか。 予報と違う爆弾でした。 あらすじにある乗り込んでくる親戚の子はまだですか
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