第五十八話 可愛い妹。ただし、あだ名は狂犬
「……そう言えば」
「ん?」
「秀明君に逢ったんだって?」
月曜の昼。いつも通り――とは言わんが、結構高い頻度で行われる賀茂涼子プレゼンツ、お昼ご飯大食事会にお呼ばれした俺と桐生に、涼子はそう言って声を掛けて来た。箸で掴んだウインナーを口の中に放り込んで咀嚼してから、俺は涼子の問いに答える。
「……そうだけど……なんで知ってんの?」
「茜ちゃんから電話が有ったんだよ。秀明君が浩之ちゃんと逢ったって」
「……わざわざそんな電話して来たのか、アイツ?」
「用件は別だよ? 話の中でそんな話になっただけ。凄い美人さんを連れてたらしいって聞いたけど……桐生さんの事だよね?」
「凄い美人さんかどうかはともかく……一緒に古川君に逢った女性、となると私の事ね。光栄だわ、凄い美人なんて」
「まあ桐生さんは美人さんだしね~。でもそっか。昨日は智美ちゃんと遊びに行ってたのか~」
「……怒る?」
「なんで?」
「いや……智美、『涼子とばっかり遊んでズルい!』って日曜日の朝っぱらから電話掛けて来たんだよな。だからその……」
「……ああ。私も『ズルい』って言うかって事?」
「……まあ」
「……はぁ。言う訳ないじゃん。だってあれでしょ? それ、土曜日に私が浩之ちゃんと桐生さんの家に行ったことが原因でしょ?」
「原因っていうか……」
まあ、当たらずとも遠からずではある。あるが、別に涼子が悪いワケではない。
「誘ったのはこっちだしな。別に原因とは思わんよ」
「そう? まあともかく、それで『ズルい! 今度は私と!』ってなると、きっと智美ちゃんも張り合って収集つかなくなりそうだしね。今回は我慢しておくよ」
「助かる」
本当に。これで連日連夜連れ回されたら流石にたまったモンじゃねーし。そう思って頭を下げる俺に涼子はなぜか呆れた様にため息を吐いた。なんだよ?
「……ううん、なんでもないよ。保護者みたいだな~って」
「……」
「……茜ちゃんに言われたんでしょ?」
「……アイツ。用件ってソレか?」
「茜ちゃん、私にも言ってたよ? 『涼子ちゃんも覚悟してて』って」
「なんの話かしら?」
お弁当の唐揚げを口に放り込みもぐもぐと咀嚼した後、桐生がコテンと首を傾げる。
「……昨日、妹から電話掛かって来たんだよ」
「そういえば貴方、昨日は部屋から出てこなかったわね? なんの電話?」
「あー……」
どういえば良いんだろ、これ?
「私と浩之ちゃんと智美ちゃん、三人の関係性について、かな?」
そう考えてた俺を察してか、涼子がフォローを入れてくれる。出来た幼馴染だ。
「……どういう事?」
「昨日、茜ちゃん……浩之ちゃんの妹に言われたんだ。『いつまでこの関係を続けるつもりなの』って」
「……そう」
「『このままじゃ皆、不幸になるから。申し訳ないけど、涼子ちゃん。私、動かせて貰うね』って」
「……それ、東九条君の妹さんがする事なのかしら? 流石に口を挟みすぎな気もするんだけど?」
「まあ、そう言われたらそうだけど……でもさ? こないだも言ったけど、私だってこの関係が良いとは思って無いんだ。待つつもりはあるけど、ブレイクスルーしてくれるなら、それはそれで有り難いんだよ」
「待つのは苦じゃないのじゃないの?」
「苦じゃないよ? でも、待ちたいワケじゃないから」
そう言って卵焼きを口に運ぶ涼子。
「……ん、美味しい。まあ、茜ちゃんならいつか動くかな~とは思ってたんだよね。茜ちゃん、浩之ちゃんの事大好きだし」
「……そうか? 完全に舐められてると思うんだが?」
「そんな事ないよ。茜ちゃん、浩之ちゃんの自慢ばっかりしてたもん。国体選抜候補に選ばれた時も、『やっぱりおにいは凄い!』って飛び跳ねて喜んでたんだよ? ……私や智美ちゃん、瑞穂ちゃんが引くほどに」
「……そうかよ」
「その後我に返って真っ赤な顔しながら『ま、まあ所詮候補だけどね』とか言ってた。正直、無茶苦茶可愛かったよ、あの茜ちゃん」
「……言ってやるな」
なんか不憫になるから。
「……貴方達兄妹って仲良いのね」
「あー……どうだろう? 普通に仲は悪くは無いと思うけど……どう?」
「仲は良いね、浩之ちゃんと茜ちゃん。だからこそ、今の三人の関係が許せないんじゃないかな~。『大好きなおにいをこれ以上苦しめるな!』って感じじゃない?」
「……別に俺は苦しんでは」
「でも、このままで良いとは思って無いんでしょ?」
「……まあ」
「なら、それを打開しようと動いてくれてるんだよ、茜ちゃん。まあ……茜ちゃんのする事だから、どんなことになるかちょっと不安だけど……」
「……だよな」
「……そうなの?」
「……昔からアイツ、思い込んだら『こう』って動くことがあるんだよな。だからまあ、色々と不安になるっていうか……」
「……何か前科があるのかしら? 『こう』と動いた事件が」
「あー……涼子?」
「そうだね~。ま、桐生さんには言っても良いかな? ほら、私ってちょっと引っ込み思案な所があるのね? だからまあ、小学校の時とかイジメ……じゃないけど、揶揄われたりしたことが結構あったんだ。直ぐにほっぺとか真っ赤になるから、『リンゴちゃん』って揶揄われてね?」
「……しょうもない事をする人間は何処にでも居るのね」
「……まあ、涼子の場合それだけじゃなかったんだけどな」
「そうなの?」
「涼子はまあ……小学校の頃から人気があったからな。ホレ、小学校男子なんてアレだろ? 好きな子からかいたくなる的な」
「……ああ」
「そんな事もないと思うけど……でね? ごみ捨てに行くのに校舎裏の焼却炉に行ったら、そこに居たクラスの男子数人に囲まれて、凄く囃し立てられたんだ。『リンゴ、リンゴ』って」
「……」
「それで、ちょっと泣きそうになったんだ。それで、涙をこらえていたら」
「……こらえていたら?」
桐生の言葉に、にっこりと微笑んで。
「私をイジメてた男子、真横に吹っ飛んでいった」
「……は?」
「……丁度当番でごみ捨てに行ってた茜が走って飛び蹴りかましたんだよ。それで男子、吹っ飛んでな?」
「格好良かったな~、茜ちゃん。『涼子ちゃんをイジメるな!』って」
「……俺からしたら悪夢だったけどな」
本当に。あの後、涼子をイジメて……つうかからかってた男子から『いや、俺らも悪いけど……お前の妹、マジでやべーだろ?』って言われたし。
「……凄いわね」
「こんなもんじゃないけどな、茜伝説」
「……まだあるの?」
「小学校、中学校のあだ名が『狂犬』だったと言えば想像が付くか?」
「……」
「……で、でも! 悪い子じゃないのよ! その……ぼ、暴力とかは誰かの為にしか振るわなかったし!」
「……誰かの為でもホントはダメなんだけどな、暴力。誰に似たんだか」
マジで、誰に似たんだろう? 親父も母さんも温厚な方なのに、なんであいつだけ血の気が多いのか。
「……まあ、そういう訳で茜が動くと結構面倒っつうか……なんかヤバい事になりそうな気はしてるんだが」
「……大丈夫なの、それ?」
「大丈夫だろ。まあ、お前には迷惑を掛けないと思うし」
「そういう意味じゃないんだけど……まあ、分かったわ」
そう言って桐生は涼子のお弁当の中にある肉じゃがに箸をつける。『くぅ……この味、どうやって出すのかしら……!』なんてぐぬぬと唸る桐生にちょっとだけほっこりしながら、俺も涼子の弁当に箸を伸ばした。
◆◇◆
「あら?」
「お? どうした?」
駅前からの帰り道。家に向かって歩いているとスーパーの前で見慣れた姿を見つけた。
「お帰りなさい」
「ただいま……って此処で言う事か?」
桐生だ。手には買い物袋を持っている。
「どうした? 昨日買い物したのに……と、貸せよ。持つ」
「自分で持てるわよ?」
「一緒に帰らないのか?」
「? 別々に帰る意味があるの?」
「じゃあ貸してくれ。お前に持たせて隣歩くの、ちょっと恥ずかしいし」
「……そう? それじゃ、お言葉に甘えて」
渡されたビニール袋は異常に軽かった。中身はなんだろうと覗いてみると。
「コンソメ……と、クリームシチューの素?」
「今日はポトフでしょ? 明日はカレーにしようかと思ったんだけど……クリームシチューでも良いかなって思って。でも……肉じゃがからクリームシチューって合うと思う? 和風から洋風なんだけど……醤油も入ってるし」
「良いんじゃね? クリームシチューに味噌入れたりもするし」
「お味噌入れるの!? 合うの、それ?」
「ご飯に掛けて食うと美味いぞ。あんまり綺麗な食べ方じゃないかも知れんが」
「……まあ、カレーと思えばそれほど違和感は……でも、あるわね?」
「好みの問題かな、それは」
並んで桐生と歩きながらそんな話をする。日も落ち掛け、道路には俺と桐生の影が長く伸びていた。
「……ねえ、東九条君?」
「ん? どうした?」
「その……ちょ、ちょっと寒くない?」
「そうか?」
別に暑くは無いけど、寒くも無くないぞ?
「さ、寒いの! だ、だから……」
手でも、繋がない? と。
「……」
「……」
「……な、なし! 今の、なし! やっぱり――」
最後まで、喋らせない。
「……寒いからな」
「……うん。寒い、から」
俺の左手が、桐生の右手を掴む。道路に伸びていた影はより一層近付き、その姿はまるで恋人同士の様で、なんだか俺の頬もゆるゆると緩んで。
「――浩之さん」
だから、不意に聞こえた声に思わずビクリと肩を震わす。それが聞きなれた――具体的には昨日よく聞いた声だった事に気付き、俺は振り返って。
「……秀明?」
そこには逆光で顔は見えないも、肩を怒らせる秀明の姿があった。
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