第五十七話 世界に一つだけではないが、唯一の花
茜の言葉に思わず言葉に詰まる。俺と智美は……共依存? 共依存ってアレか? お互いにお互いがいないとダメになるっていう、アレか?
「……共依存」
『共依存っていうか、共依存っぽいっていうか……なんだろう? お互いがいないとダメって言うか』
「……」
『……涼子ちゃんもおにいに依存しているとは思うんだけど……ホラ、涼子ちゃんって結構人見知りじゃん?』
「……まあな」
『だから、智美ちゃんよりマシなんだ』
「普通、逆じゃねーのか?」
『ううん。涼子ちゃんは分かってるから。自分が人見知りで、親しい友達っておにいとか智美ちゃんとかだけだから、その関係に依存しすぎちゃいけないって。でもさ? 智美ちゃんって友達多いじゃん?』
「そうだな」
『だからきっと、自分がおにいに依存してるってあんまり気付いて無いんだよね。勿論、大事で取られたくないとは思ってるんだろうけど……そこまで考えて無いんじゃないかな? なまじ友達多いだけに、仮におにいが何処かに行っても大丈夫って思ってると思うんだよね。でもさ? 絶対、そんな事ないんだよ。それはきっと、おにいだってそう』
「……」
『今の関係が心地よいんでしょ? 涼子ちゃんがいて、智美ちゃんがいて、三人で過ごす関係性が』
「……はぁ」
……そうだな。否定はしない。
「……確かにな」
『許嫁が居て、それでも大事な大事な幼馴染がいる生活が、心地良いんでしょ?』
「……」
そう言われると……なんだろ?
「……もしかして俺、結構最低な事言ってるか?」
『もしかしなくても最低。どんだけ気が多いんだって話だし』
「……それは」
『ああ、言っておくけど別に『女として大事とかではなく』なんて言い訳してもそうだよ? 三人が三人で過ごす事を肯定するんだったら、それは許嫁さんに取っても不義理だし』
「……」
返す言葉もねーよ。
『ま、別に私はそれでも良いとは思ってるけどね~』
「……はい?」
『だから、別にそれは構わないんじゃない? って思ってるって言ってるの』
「いや、お前さっき最低って言ったじゃん」
『端から見ればね。でもね? それは第三者の意見であって、智美ちゃんとか涼子ちゃん、それに許嫁さんがそれで良いと思ってるんなら私は別に良いと思ってるんだよ』
「……よく意味が分からん」
『そう? んー……例えが難しいんだけどさ……例えばお花、あるじゃん?』
「薔薇?」
『別に薔薇に限った話じゃないけど……まあ、そのお花。おにいってさ、きっとお花と一緒なんだよね』
「……頭の中お花畑ってか?」
『そうじゃないよ、ウザいな~。一々卑下しないでくれる? 面倒くさい。っていうか、キモい』
「キモいって言うな!」
『気持ち悪い』
「そっちのが悪い!」
『もう、うるさい! ともかく! おにいはお花なの! それで、智美ちゃんとか涼子ちゃんはその周りを飛んでいる蝶々みたいなモンなの!』
「……どういう意味だってばよ?」
『だから! 蝶々がお花の周りに居るのは美味しい蜜があるからでしょ? 涼子ちゃんや智美ちゃんだってそう。おにいの周りで飛び回るのは、おにいと一緒に居ると心地よかったり、楽しかったり……まあ、ドキドキしたり、そういう事が出来るからでしょ?』
「……だろうか?」
『そうなの。でもさ? 蝶々は言わないんだよね』
――私の為だけに、蜜を提供してくれと、と。
「……」
『蝶々は言わないんだよ。他の蝶に蜜を分け与える花に対して、『浮気者』となじる事は無いんだよ。『止めてくれ』って懇願することは無いんだよ。『私だけを見て』と詰め寄る事は無いんだよ』
「それは……そうだろうけど。でもそれ、蝶の話だろ?」
『そだね。でもさ? 私たちは蝶じゃなくて人間なんだから、より一層考えるべきでしょう? 嫌なら他の花に行けばいいじゃん。ベタだけど、星の数ほど異性はいるし……涼子ちゃんと智美ちゃん程のポテンシャルなら、普通に星にも手が届くと思うよ? でも、そうしないでおにいの傍にいるのはもう、二人の勝手じゃん』
「……そりゃ……そうかも知れないけど」
『おにいがもし、他の花に行こうとした蝶を引き留めたんなら話は別だよ? その上で、他の蝶にも蜜を提供するようだったら、兄妹の縁を切るね。でも、現状でそうじゃないなら、私は良いんじゃないかなと思ってる。智美ちゃんと涼子ちゃんに関しては、だけど』
「……俺は?」
俺は別に良くないって意味か? そう思い、訪ねた俺に茜は珍しく歯切れが悪く言い淀み、口を開いた。
『……こういう言い方、あんまり好きじゃないんだけどさ?』
「おう」
『……涼子ちゃんも智美ちゃんも大事な幼馴染だし……お姉ちゃんみたいに思ってる。思ってるけど……やっぱり、他人なんだよね』
「……お前」
『あ、だ、大事じゃないって訳じゃないよ! でもさ? その……そこまで踏み込んで話をしても良いのかって思うんだよね』
「……まあ、それは分からんでも無いが」
『で、でしょ? その点、おにいは完全に身内じゃん。身内なら、やっぱり少しぐらいは踏み込んでも良いのかなって思うんだよね。さっきはああ言ったけど、やっぱりその関係は歪だと思うし』
「……まあな。っていうか、そう考えたらお前らスゲーな」
秀明と茜、それに瑞穂も幼馴染だ。よく考えたらこいつらがこんな事で悩んでる姿を見た事が無い気がするんだが……
「なに? もしかして俺が知らないだけで、お前らはお前らであるの? こういう悩み的なヤツ。あるんだったら聞くけど、お兄ちゃんとして」
『ありがとう。でも、私達にはないね。私たちは完全に私と瑞穂連合バーサス秀明の図式だから』
「嫌いなのか? 秀明?」
『まさか。もし秀明に『付き合って下さい』って言われたら……そだね。三回ぐらい振った後に付き合っても良いぐらいには好きだよ?』
「……嫌いなのか? 秀明?」
それ、嫌いな人間にする対応じゃね?
『好きだってば。嫌いな人間なら百回告白されても御免だもん。ただ、大好き、愛してる! って程じゃないってだけ。っていうかさ? 身近で幼馴染の生きた失敗例見せられて、幼馴染同士で泥沼の恋愛模様繰り広げる程、私らもバカじゃないし。お互いにある程度セーブ掛けて生きて行ってるところはあるかも』
「失敗例って」
『違うの?』
「……違わないかな。なんか申し訳ないな」
『別に謝って貰う事じゃないけどね。っていうか、おにい達三人の幼馴染と私ら三人の幼馴染は根本的に違うしさ』
「……そうなのか?」
『そうだよ。だって私ら、ずっとバスケばっかやってたし』
「俺らだってバスケばっかやってたぞ? 涼子は……まあ、マネージャー的存在だったけど」
『そうじゃなくて……瑞穂も秀明も私も、バスケで知り合った仲でしょ? でも、おにい達は違う。おにい達はバスケの前に幼馴染で……極論だけどさ? もしおにいが始めたのがバスケじゃなくてテニスだったら、智美ちゃんはテニスしてたと思うし、涼子ちゃんはテニス部のマネージャー的存在だったんじゃないかなって思うよ?』
「……」
『私たちは純粋にバスケで繋がった仲だけど、おにい達は無理矢理『幼馴染』をバスケにはめ込んだ形でしょ? んー……どういえば良いのか……私達には幼馴染以外の拠り所があると言いましょうか……』
「……なんとなく、分からんではない」
『そう? だから、おにい達ほど『どろどろ』してないんだよね、私達。裏を返せばおにい達ほど仲良しじゃないっていうか』
「仲良しじゃないって」
『そこまで依存してないって事。まあ、瑞穂なんかは気に喰わないみたいだけどね、おにい達の関係。『ぬるま湯につかって楽しんでるなんてありえねーですよ』って言ってる』
「……ぬるま湯って。まあ、当たらずとも遠からずではあるが……」
お互いにビビって一歩を踏み出さないのは、言われて見ればぬるま湯で遊んでる様に見えるかも知れないな。
『……だからさ? やっぱりおにいがしっかりしないとダメなんだよね。今日、秀明から聞いてちょっと思う所があったんだ』
「……今日の電話の用件はそれか?」
『ま、そうだね。このままじゃ、智美ちゃんと涼子ちゃん、それに瑞穂と秀明と……許嫁さんとおにい、誰も幸せにならないと思うんだね。許嫁さんはともかく、私は皆好きだしさ? 出来れば皆に幸せになって欲しい』
「……俺もだよ、それは」
『ううん。おにいはそう思ってない。違うか、そう思っても動いてない』
「……」
『ねえ、おにい?』
おにいは、このままで良いと思ってるの? と。
「……思ってはねーよ」
いつか俺らは離れ離れになるだろう。直近では大学、万が一、同じ大学に行っても、それを過ぎて社会人になればきっと職場はバラバラになる。仮に凄い確率で一緒の職場だったとしても……やがて誰かが結婚でもすれば、今の関係は続けられないと、そうは思ってる。だって俺たちは異性の幼馴染だから。
『だよね』
「……」
『……だからまあ、此処は可愛い可愛い妹が荒療治を施そうと思ってね? ちょっと電話したんだ』
「……荒療治って」
怖いんだけど? なにするの?
『……もしかしたら皆に嫌われたり、もしかしたら恨まれるかも知れないけど……でも、それでもね? 皆が幸せになって動き出す為に、私がその役目を担って上げる。ああ、なんて良い妹なんでしょう~』
そう言って芝居がかって言って見せる茜。
「……無理すんなよ」
『……無理もするよ。大事なおにいの為だもん』
「……悪いな」
『ううん。ま、おにいも大変になるから、覚悟しといてって話』
「……了解。精々、お手柔らかにな?」
そんな俺の言葉に。
『…………それはちょっと無理かな~』
「ちょ、お前!? なにする気!?」
……すげー不安なんですけど。
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