第五十五話 自慢したい、許嫁
『今日はありがとうございました! また誘います!』という秀明と、『もうちょっと遊びたいけど今日は無理言ったからね! また遊ぼうね、桐生さん!』という智美と別れ、俺と桐生は一路自宅を目指して電車に乗った。
「……それにしても」
「うん?」
残念ながら席は一つしか空いてなく、桐生を座らせて俺は吊革に掴まって立っている。そんな俺を見上げながら桐生は口を開いた。
「……凄いわね、あの……古川君」
「秀明?」
「……貴方の事、好きすぎじゃない?」
「……そういう趣味はない」
「わ、私だって無いわよ! 変な事言わないで! そ、そうじゃなくて……」
「……まあ、懐いてくれてはいるな」
有り難い話である。
「それに……貴方の昔の話も聞けたし、結構実りがあったわね、今日。格好良かったんでしょ、中学の時?」
「そんな事は無いと思うんだが……モテなかったし」
少なくとも、告白なんかされた事はないし。
「……まあ、周りに鈴木さんと賀茂さんがいればそうなるかもね。私でもきっと、遠慮するもの」
「……そうか?」
「そりゃそうよ。あの二人に勝つのは至難でしょう。たぶん、いろんな意味で」
「容姿とか成績?」
「それもあるけど……やっぱり仲の良さじゃない?」
「そっか。くそ、俺の青春時代はあいつ等のせいで暗黒だったんだな!」
「ふふふ。思っても無い癖に」
……まあな。確かに青春ラブコメみたいな展開こそ無かったが、楽しく過ごせてはいたし。別段、後悔や恨みはない。
「それにしても……あーあ。ちょっと残念だったわね。私も東九条君の格好良い姿、見たかったな~」
「……そうか? 俺だぞ?」
面白いもんじゃないぞ、そんなに。そもそも、元がこれだし多少格好良くなってもたかが知れてるんじゃないかと思うんだけど……
「……貴方、自己評価低いフシがあるけど、そんな事は無いと思うわよ? さっきの古川君の話を聞いていた限り、貴方は皆に好かれていたんでしょ?」
「好かれていたかどうかはともかく……まあ、ミニバスチームの連中とは仲良かったかな」
「それはきっと、貴方の性格によるものじゃない? さっきの話を聞いて私も思ったもの。努力をし、一生懸命頑張り、他者の失敗を責めずに、それどころか他者を引っ張っていく力がある」
「……言いすぎだろ、それ」
「そうでも無いわ。私個人としては上司だったら最高のタイプだと思うわね」
「褒め過ぎだって」
「後は……先生も良いかも知れないわね。良いじゃない、先生。『東九条先生』って呼んであげようか?」
「……どんなプレイだ、それは」
大体、教師なんて俺向きじゃないだろ、きっと。
「それじゃ、お兄さん?」
「まあ、実の妹はいるが……」
あいつ、俺の事舐め切ってるしな。
「ともかく……さっきの話を聞いて、ちょっとだけ誇らしかったのよ」
――私の許嫁はこんなに凄い人なんだって、と。
「……皆に、自慢したいぐらいに」
そう言って嬉しそうに、楽しそうに笑う桐生。その顔は本当に綺麗で、可愛くて、照れ臭くなった俺は顔を逸らす。
「……そりゃどうも、ありがとよ。ま、それはいいさ。それよりホレ、駅着いたぞ? 降りよう」
「あ、待って……はい。それじゃ行きましょうか」
並んで電車を降りて改札へ。改札を抜けるとそこは見慣れた俺らの町、新津だ。
「……なんかこの土日、よく遊んだよな?」
「そうね。でも、結構充実してたと思うわよ、私」
「そりゃ重畳。んじゃまあ、帰りますか」
駅からは然程遠いワケではない我が家へ向かう。と、途中で桐生がその足を止めた。
「どした?」
「いえ……そう言えば食材、そろそろ切れかけてたな~って」
「そうだっけ?」
「ええ。お肉は冷凍室にあるんだけど……お野菜が」
「買い物して帰るか?」
「そうね……それじゃまだ三時だし、今日は私が作るわ! 折角昨日、賀茂さんに教えて貰ったし……美味しい肉じゃが、作って見せる!」
むん! と腕まくりしてそんな事を宣う桐生。いや、桐生さん? それって……
「……明日はポトフになるヤツ?」
「……まあね。それぐらいしかバリエーション無いし。ダメ?」
「ダメじゃないけど……一緒に説明を聞いた俺の前で披露する料理じゃないかもな」
そんな俺の言葉に肩を竦めて苦笑を浮かべて見せる。
「まあ、そうだけど……良いの?」
「良いのって……何が?」
「だって、私の今の料理の知識って賀茂さんから教えて貰ったものだけよ?」
「いや、なに言ってんだよ。お前にはあるだろうが、お家芸であり、伝家の宝刀である『焼く』が」
「馬鹿にして……そ、そうだけど! でも、ちゃんと『料理』って呼べるのは賀茂さんから教えて貰ったものだけなの! そして私は早くそれを実践したいの!」
「まあ……分からんでは無いが」
新しく学んだことってのは試してみたくなるもんだしな。
「でも、私の料理を知っている貴方には披露出来ないんでしょ?」
「そうは言っとらんが……」
「でも、そういう事じゃん。それ、良いの?」
「だから、何が?」
「だから」
そう言って周りを窺うようにきょろきょろと見回して、俺の側にとととっと駆けて来る。なんだよ?
「――貴方、私が他の男の為に料理を作ったりしても良いの?」
つま先立ちで耳元に唇を寄せて、囁くように。
「……ちょっとも妬いてくれない? 『俺だけの為に作れ』って……思ってくれない?」
「……ノーコメントで」
そっぽを向き、そう言い放つ。が、きっと無駄だろ。
「ふふふ! 東九条君、顔真っ赤よ?」
分かってるよ、こん畜生。顔が熱いし、赤くなってるのは自覚しとるわ!
「揶揄うな」
「ごめん、ごめん。でも、安心して? 私が手料理を振舞うのは、東九条君だけだから」
「……そりゃ光栄ですよ」
「ふふふ! でしょー」
「はいはい」
嬉しそうに笑う桐生。その姿にため息を吐きつつ……つうか、なんだよいきなり?
「どうしたよ、急に?」
そんな俺の言葉に、照れ臭そうに――そして、ちょっとだけ気まずそうに桐生は口を開く。
「……ちょっと他の皆が羨ましいと思ったのかもね。私の知らない貴方を知っているっていうのが……ちょっとだけ、羨ましいし……妬ましいと思ったのよ」
「……」
「まあ、こればっかりは付き合いの長さもあるし仕方ないけど……でもね? だからこそ、東九条君には外の人の知らない私を知ってほしいって、そう思ったの」
そう言ってペロッと舌を出して。
「……後は、私だけヤキモチ焼くの、悔しいじゃない? だからちょっとだけ、東九条君もヤキモチ焼いてくれないかな~って思って」
「……さよか」
はいはい。イヤでしたよ。お前が誰かに料理を振舞って笑顔で『どう? 美味しい?』なんて言うと思うとイヤでイヤで溜まりませんでしたよ。
「ふふっ! 結果は充分、満足の行くものだったわ! 凄く嬉しいもん」
「言ってろ」
くそ。悔しいが実際にちょっとヤキモチ焼いてる身分としてはなんも言えん。
「……ホレ、しょうもない事言ってないでさっさと行くぞ。三時とは云え、ゆっくり買い物したら遅くなるしな」
「そうね。そしたら料理の時間も少なくなるし……それじゃさっさと買って帰りましょ! 見てて! これから私、どんどん料理上手くなって見せるからね!」
他ならぬ、貴方の為に、と。
「……期待してる」
「ええ! 期待してて頂戴!」
意気揚々、そう言ってスーパーの中に足を踏み入れる桐生に、俺はため息を吐きつつも……ちょっとだけ、嬉しくなってその後に続いた。
「……なあ、桐生? 普通の二人暮らしで、じゃがいもは箱では買わないぞ?」
「……そうなの? 我が家の台所、箱であったけど……」
「……前途多難だな、おい」
ま、まあこれからだよな、うん!
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