第五十四話 浩之君ガチ勢増殖中。心配しないで? BL要素は無いから。
秀明の言葉に桐生はポカンとバカみたいに大口を開けて秀明を見やる。そんな桐生に、秀明は困惑した様に視線を俺に向けて来た。
「ええっと……なんでです? 俺、なんでこんな視線を受けてるんですかね?」
「……俺がバスケを止めた理由、桐生には話してるからな」
「……そうっすか。それで……」
得心が行ったか、うん、と一つ頷く秀明。そのまま視線を桐生に向けた。
「桐生先輩、浩之さんの事だから『厳しい事ばっかり言った』とか『厳しい練習ばっかりした』とか言ったんでしょ?」
「え、ええ。そうね。少なくとも『優しかった』と想像される様な事は無かったわ」
「……はぁ。やっぱり。浩之さん、言葉が少なすぎるんじゃないですか?」
じとーっとした目をこちらに向ける秀明。いや、でもな?
「……俺の練習、厳しかったぞ? 知ってるだろ、お前らも」
「……」
「……」
「……まあ。ヒロの練習、見てたら寒気がするもんね」
「……そうっすね。確かに、付き合ってやってた時は正直『げー』が出るかと思いましたが」
「秀明、食事中」
「すんません」
「でも……まあ、こういう事だ」
「どういう事!?」
俺の言葉に、心底分からないと言わんばかりに叫ぶ桐生。そんな桐生に苦笑を浮かべながら秀明は言葉を継いだ。
「いや、すみません、桐生先輩。わかりにくかったですよね? でも……そうっすね。浩之さん、確かに練習中は鬼軍曹並みに厳しいんですけど、試合では全く厳しく無いんですよ。ああ、厳しくないって言うと語弊があるんですけど……そりゃ、手を抜いたプレイをしたら怒られますよ? それは当たり前の事なんで。そうじゃなくて……なんて言うんですかね? 試合中にミスしても怒らないんですよ、浩之さんって」
「……そうなの?」
そう言って俺に視線を向けて来る桐生。そりゃ……まあ。
「……全力でプレイしてたらそりゃ、ミスぐらい出て来るだろうが。んなもん、一々怒る必要はねーだろう」
全力でプレイした結果ミスが出たとしても、それは『良いミス』だ。試合に勝ちたい気分はそりゃあるが、悔いのないプレイをして負けるんだったら、別に構やしないし、何より。
「……一生懸命練習して、一生懸命頑張って、試合でも精一杯走り回って、シュートも頑張って打って、スペースに走って……それでミスをしたんだ。悔しいのは自分自身だろうが。んなもん、怒れるワケねーよ」
俺だって一生懸命練習してても試合に出たらミスする事だってある。そんな時、掛けて貰って嬉しいのは『何やってんだよ!』という罵声ではなく、『ドンマイ! 次、頑張れ』って言葉に決まってるんだよ。
「……そうなんっすよね~。浩之さん、試合でミスが出ても『オッケー、オッケー! 挑戦に意味がある! 次、決めようぜ!』って言ってくれるんっすよ。俺、最初に試合に出た時ミスばっかりで……試合にも負けて、ホント、バスケ止めようかってぐらい上手く行かなかったんですけど、それでも浩之さん、全然責めなくて」
「……お前が一生懸命練習してたのは知ってたしな。俺の練習について来れてたんだし、頑張っているのは知ってるんだよ。なら、責めるワケねーだろ?」
「ね? こういう人ですから、浩之さん」
苦笑交じりにそう言って秀明は桐生に視線を向ける。
「だから、浩之さんとバスケするのスゲー楽しいんっすよ。ね、智美さん?」
「そだね~。ヒロ、バスケしてる時は生き生きしてるっていうか……どんなワンサイドゲームでも楽しそうにプレイしてたもんね」
「そうっすよね? 皆が諦めそうな展開でも喰らいついて……誰よりも必死に走って、誰よりも必死に守って、誰よりも必死にシュート打って……んで、決めたら言うんっすよね。すげー良い笑顔で」
「「『まだまだ! 試合はこれから!』」」
「あの笑顔、マジで格好良かったっす!」
「だよね~。あの笑顔はちょっと反則だよね。凄い子供っぽく笑うんだもん」
「シュート決めるまではガチな顔の癖に、シュート決めたら子供が悪戯成功したみたいな顔っすもんね。なんっすか? ギャップ?」
「そうそう! アレ、人気あったもんね、中学校でも」
「……お願い、もうやめて」
……なにこれ? すげー恥ずかしいんですけど! ほめ殺し? ほめ殺しなのか!!
「……なにそれ」
「桐生?」
「……ズルい。ちょっと見てみたい、私も」
拗ねた様な顔で俺の服の袖をちょんっと摘まんでつまらなそうなに頬を膨らませる桐生。いや、ずるいと言われても……
「……まあ、昔の話だしな」
「……そうね。我儘言ってごめんなさい。でも……」
これ、言っても良いのかしら? と首を捻る桐生に、俺は首肯を返す。
「……貴方、『負けるの嫌い』って言って無かったかしら? スポーツは……部活は勝ってこそって」
「言ってたな。今でもそう思うぞ? 試合は勝ってなんぼだって。でもな? 勝負って水物じゃん? 一生懸命練習しても、負けるときは負けるさ。相手だって勝つために必死に練習してるんだし。でも、それでチームメイトのミスを責めるのはどうかと思うぞ?」
まあ、正直手抜きな練習しててミスが出ればそりゃ、腹も立つよ? でも、必死にやってる姿知ってりゃ、ミスしても仕方ねーじゃねーかと思うんだよ。神様じゃねーんだし。
「それに、必死に練習して負けて『悔しい』と思えりゃ、その次はもっと上手くなって行くさ。だから、一回のミスや一回の負けでグチグチ言う趣味はねーよ。そもそも、ミスして叱られりゃ、試合で委縮して良いプレイなんか生まれないしな。無難なプレイに終始しても良い事にならねーよ」
「勝っても?」
「そっちの方が最悪だ。だってそれ、思い切ったプレイして無いのに成功しちゃったって事だろ? そしたら次も委縮して――『手抜き』してプレイする様になるからな。それ以上の伸びが無い」
下手な成功体験ならしない方が良い。ミスしても良いって思えるぐらいに全力でやれば、それで良いんだ。その方が糧になるし。
「まあ……だから、浩之さんがバスケ止めたって聞いた時、すげーショックで……瑞穂とか茜に聞いた時、腹が立ったんっすよね」
「……悪いな。不快な思いさせて」
「? ……っ! あ、ああ! 違うんっす! 浩之さんに腹が立ったんじゃなくて……あんな幸せな環境でバスケが出来てるにも拘わらずグチグチ文句言う浩之さんのチームメイトに腹が立ったんっすよ! ウチの中学の先輩方も文句言ってましたもん! 『浩之を要らないと言うならこっちにくれ! 浩之、転校して来れば良いのに!』って!」
「無茶言うな」
俺が小学校の時に所属していたミニバスのチームの同級生は殆ど秀明と同じ中学校に行ったから、俺の事も良く知ってる。そう言ってくれるのは素直に嬉しいが。
「まあ、俺にも悪い所はあったんだよ。練習、間違いなくきつかったしな」
「勝つための練習でしょ? 文句言う筋合い無くないですか?」
「……この脳筋め」
脳筋に関しては俺も人の事は言えんが……まあ、意識の違いだ。レクリエーションで楽しみたい人と、勝ちたい人。その見極めが出来て無かったのが俺の一番のミスだな。
「まあ過去の事言っても仕方ないっすけど……浩之さん、ミニバスのOB会にも顔出して無いでしょ? 先輩方、随分寂しがってましたよ?」
「殆ど皆、現役でバスケやってるんだろ? 俺がどのツラ下げてって気もあるんだよ」
「皆気にして無いのに……」
「俺自身が気にしてんの」
「智美さんも全然来てくれないし……」
「私は忙しいしね~。近況は瑞穂とか茜から聞けるから、まあ良いかな~って」
「……はぁ。まあ、そういう事で凄く残念なんっすよね~。あ、でも! 瑞穂から聞きましたよ! 浩之さん、瑞穂とたまにバスケしてるんでしょ? 瑞穂が馬鹿みたいに自慢してましたもん! ズルいっす!」
「ズルいって。あー……バスケって言っても殆ど遊びみたいなモンだぞ?」
「それでも良いっす! 今度、俺ともしてくださいよ! ワン・オン・ワン、しましょうよ!」
「……聖上のベンチ入りメンバーとか? どんなイジメだよ、それ」
ボコボコにされる未来しか見えん。っく……お前、さては小学校の頃に俺にボコボコにされたの恨んでやがるな!?
「今ならきっと、浩之さんにも勝てると思うんっすよね~。小学校の頃、一回も勝てなかったですけど」
「……江戸の敵を長崎で討つ様な真似は止めろ。まあ、遊びなら付き合ってやる。今度、連絡してこい。瑞穂も……智美も来るか?」
「あー……瑞穂に言うと『先輩と私の蜜月を邪魔すんな! 秀明、マジで死ね!』って言われるんで……」
「……んじゃ内緒で誘ってこい」
俺の言葉に秀明は嬉しそうに笑って。
「――はい! よろしくお願いします、浩之さん!」
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