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第五十一話 桐生さんの趣味は意外に渋い


 アラウンド・ワンは俺らの街にある総合アミューズメント施設だ。ボーリング場やカラオケ、各種スポーツが楽しめる総合スポーツ施設で……まあ、中高生のたまり場的な存在である。

「さて……何からあそぼっか?」

 三時間のパスを右手でひらひらさせながらそう言う智美。そんな智美の姿に、俺は小さくため息を吐く。

「ノープランかよ」

「此処に来るまでがプラン。この後は皆の好みがあるじゃん。桐生さんは? なにから遊びたい?」

 此処に到着してからこっち、物珍しそうにあっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろと見回していた桐生が、智美の言葉にびくりと体を震わす。

「そうね……私はなんでも良いわ」

「何か好みとか無いの? これをやってみたいー、とか」

「正直、こういう場所に遊びに来るのが初めてだから……何から楽しんだら良いか分からないのよ。お勧めは?」

「んー……バスケは流石に今日は止めておくとして……最初はカラオケとかどう?」

 こちらに視線を向けてそう言ってくる智美に俺も首肯で返す。

「そうだな。カラオケスタートぐらいが無難か」

「バスケットは良いのかしら?」

「俺と智美でやると最後は両方本気になって汗まみれになるからな、バスケ。流石にそこまではちょっとしんどいし……無難じゃね? カラオケ。桐生、カラオケ嫌いか?」

「嫌いというか……そもそも、カラオケに行ったことが無いから」

 ……友達、居ないもんな。

「……あー……家族で、とかも無いのか?」

「貴方、行くの? 家族でカラオケ」

「結構行く……と言うほどまでは行かんが、茜が中学校の頃はそこそこ行ってたかな?」

 茜、歌うの好きだったし。最近は安くなってはいるとはいえ、中学生のお小遣いから考えればまあまあの出費だ。必然的に、パトロンのいる展開――例えば、家族で外食に行った帰りに一時間とか、休日前なら二時間とかで行っており、その際は必ず茜さんワンマンライブが開催されていた。マイク離さないんだよな、アイツ。

「そうなの。仲が良いのね、貴方の家」

「親父が茜に甘いだけだよ」

 本当に。息子の俺には『家を出て許嫁と暮らせ』とか言うくせに、茜が京都の高校に行くと聞いた時は涙ぐんでたしな、親父。

「ええっと……それで? 桐生さんはカラオケで良いの?」

「あら、ごめんなさい。話の腰を折ったかしら?」

「ううん、それは全然良いんだけど……どうする? カラオケ、嫌なら別のでも良いけど……」

「……そうね。やったことが無い、というだけで歌う事は嫌いじゃないわ。ただ、作法とか知らないけど大丈夫?」

「……へ? カラオケの作法?」

 ポカンと口を開ける智美。そんな智美に、桐生は神妙に頷いて。

「ものの本で読んだだけだけど……ノリが良い楽曲の後に、バラードを入れると白けるから止めておけとか、誰も知らない歌を歌うのは自己満足だから控えた方が良いとか、色々読んだのだけど……何分、実践経験が無いから上手く出来るかどうか……」

「良いよ!? そんなの気にしてたら楽しくないじゃん!? 好きな歌、歌えば良いんだよ! 楽しんだもの勝ちだよ、カラオケなんて!」

「流行の曲とか全然知らないけど、良いかしら?」

「うん、それも全然大丈夫。私だって子供の頃見てたアニメソングとかガンガン歌うから! っていうか、別に流れ気にしたりとかそんな事考えないで良いから!」

 そう言って桐生の手を取ると、カラオケゾーンにずんずんと歩く智美。

「それじゃ、とにかく! 楽しんだもの勝ちという事で、レッツゴー!」


◆◇◆


「……ふぅ。歌ったわね。さて、次は……ああ、これも良いわね。『紅の北酒場』、これにしましょうか」

「……桐生さんや」

「ええっと……1、1、2……なに?」

「いや、随分お楽しみの所悪いんだけど……」

 そう言って桐生が手に持っているパッド型のリモコンに目を落として。



「……鳳千賀子って、誰?」



 桐生のリモコンの中の『今日の履歴』の中にはずらーっと並んだ『鳳千賀子』の文字。えっと……誰? 鳳千賀子って。

「貴方、知らないの? 演歌界の新女王と呼ばれている鳳千賀子の事を!」

「……すまん。知らん」

 まあ、曲調から演歌歌手だと云うのは分かったが。にしてもお前、歌った六曲全部演歌って。

「……照れ臭そうに歌ってた癖に」

 最初こそ、照れてもじもじボソボソと小声歌っていた桐生だが……二曲目を歌い終わった辺りから勢いに乗ったのか、伸び伸びとこぶしを利かして歌ってやがる。いや、まあ、はち切れんばかりの笑顔を浮かべているところを見ると、楽しんでいる様で何よりなんだが……でもな、桐生? そろそろ『桐生さんワンマンライブ』は止めにしませんかね?

「なにか言った?」

「何にも」

「はあ……まあ、良いわ。鳳千賀子は二年連続紅白出場、今、演歌界で一番ノリに乗っている演歌歌手よ。乙女心の悲哀を切なく歌い上げる歌唱力には定評があるわ。今年も紅白出場は固いわね!」

「……そうかい」

 最近、紅白見て無いし。アレだ。芸人さんの笑っちゃダメなヤツ見てるし、大晦日。

「ともかく……ホレ、桐生。カラオケって皆で歌うものだろ? 一人でマイクを握り続けたらダメだぞ?」

「一人でマイクって……」

 そう言いながらリモコンに目を落とし、なにかに気が付いたのか頬を朱に染める桐生。

「あ、あら……ごめんなさい。次で三曲連続になるところだったわね。二人も歌いたいわよね? ご、ごめんなさい」

 恥ずかしそうにマイクを差し出す桐生。そんな桐生に、智美は快活に笑って見せた。

「いいよ、いいよ! 桐生さんが楽しそうに歌ってるの見るの新鮮で楽しいし……演歌もあんまり聞いたこと無いけど、結構いい歌あるよね~。桐生さん、趣味渋いじゃん!」

「父が好きなのよ、鳳千賀子。父が事業を立ち上げた頃に偶然路上で見かけたらしいわ。お客さんが立ち止まる事をしない中で一生懸命歌ってた時から知ってるらしくて……なんだか、昔の自分に被るんだって。苦労人だから、応援したくなるらしいわ」

 そういや豪之介さんも、贅沢品が牛丼チェーンの牛丼って言ってたらしいもんな。感情移入もするか。

「そうなんだ! 『戦友』! みたいな感じ?」

「どうかしら? でも、たまにディナーショーとかには行ってるわね。私も何度か一緒に行ったし、お話もさせて貰ったわ」

「いいな~、それ! 生で演歌って迫力凄そう! ほら、さっきの曲もさ、あのフレーズとか良くない? サビ前の」

「ああ、『貴方を殺して、私も死ぬわ』の所ね?」

「そうそう! あそことか、ちょっと格好いい曲調なんだけど、それでいて寂しそうな感じというか……ねえ、ヒロもそう思わない?」

「……歌詞が怖すぎてあんまり入って来なかった」

 本当に。この鳳千賀子さんの歌、基本的に悲恋と云うかなんというか……『二股掛けられた、妬ましい』とか『カレシの浮気が酷い』とか『アイツ、私の事好きって言った癖に! 訴えてやる!』とか、まあそんな歌ばっかりなんだもん。苦労人って、別に男で苦労した訳じゃないよな? アレ、乙女心の悲哀つうか、キレた女性の歌にしか聞こえんのだが。別に、心当たりがあるわけじゃない、念の為。

「そう? でもまあ、時間的にカラオケもそろそろお開きにしてさ? 次の遊びに行こうよ~」

「……そうね」

 少しだけしょんぼりした顔をする桐生。こやつ、一時間半の半分くらい一人で歌ってまだ歌い足りないと申すか! 俺が愕然として桐生を見つめる中、智美は優しい視線を桐生に向けながら、言葉を発した。

「そっか。そんなに気にいってくれたんだ……じゃあさ! また来ようよ、桐生さん。別に今日だけじゃないでしょ、一緒に遊べる機会は!」

「……そうね。また、お誘い頂ければ嬉しいわ」

「うん! 次は私も演歌、練習してくるよ! そうだ! 水川きよひことかどう?」

「……ふ。悪く無いわね。彼の歌は……色気があるわ」

「でしょー! んじゃ今度、またいこー!」

 そう言ってにこやかに笑う智美に、桐生も笑顔を浮かべながら俺に視線を向けて。



「……今度はカラオケだけでも良いわね。此処、十時間パックとかあるんでしょ?」



 ……勘弁して下さい、流石に。


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― 新着の感想 ―
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