第五十話 暴走特急智美ちゃんは、悪役令嬢の天敵かも知れない
「……ん……」
日曜日の朝。惰眠を貪っていた俺は、枕元で鳴る携帯電話の音で夢の世界から連れ戻される。ええっと……アラーム? いや、日曜日のアラームは切っていたハズなのに……
「……げ」
アラームじゃなかった。けたたましく鳴るスマホのディスプレイには『智美』の文字が。なんだか今はあんまり話したく――
「って、まだ六時半じゃねーか!」
なに考えてんだ、アイツ! 日曜日の六時半に起こすヤツがあるか!
「……もしもし」
『……おはよう、ヒロ。昨日はよく眠れたかしら?』
「……寝れてねーよ。絶賛、お前のせいでな? 何時だと思ってんだよ、今」
『六時半ね。良い時間でしょ?』
「……良い時間じゃねーよ。早すぎだ、早すぎ」
『なに言ってんの。折角のおやすみよ? 早く起きて行動した方が良いじゃない』
「なに言ってんだよ。折角の休みだから、惰眠を貪るんだろが」
『えー! そんな事言わずにさ~。遊びに行こうよ~』
「行かん。日曜日の朝ぐらいゆっくり寝かせろ。ともかく、俺はもう一回寝る。電話がしたいなら起きたらこっちから――」
『――ああ、そうそう。話は変わるけど昨日、芽衣子さんと凜さんに逢ったんだよね。駅前のショッピングモールで』
「――よし、分かった。話を聞こう」
一気に目が覚めた。なんだよ、『芽衣子さんと凜さんに逢った』って。まさか……!
『……凜さんに言われたんだ~。『智美、また涼子と喧嘩したのか?』って』
「……」
……ああ、コレ、ヤバい。ヤバい流れだ。
『――『涼子のヤツ、今日は浩之と出かけたぞ? 良いのか? うかうかしてたら涼子に浩之を取られるぞ? まあ、私はそれでも一向に構わんが』だってさ~。あはは~』
「……あ、あはは……」
『……それで? ヒロ、昨日は涼子と遊んでたの?』
「ご、誤解だ! 別に涼子とだけ遊んでたワケじゃなくてだな? その、桐生に料理を教えて貰っただけで!」
『ふーん……そうなんだ~』
「……ハイ」
『……私ね? 今、涼子と喧嘩中なんだ~』
「……あー……ハイ。存じ上げております」
『でね? 私達、仲良し幼馴染じゃない? 涼子ばっかり贔屓するのはどうかと思うな~、私』
「……はい」
贔屓って。そう思いながらも、低い声でそうつぶやく様に喋る智美に反論なんて出来る訳がない。ヘタレ? うるせえですよ!
『……それでね、ヒロ? 私、折角のお休みだし、遊びに行きたいな~って思うんだけど』
――勿論、付き合ってくれるよね? と。
「……何時に何処に向かえば宜しいでしょうか?」
……あんな怖い声で言われたら、こう答えるしかねーよ、こん畜生。
◆◇◆
「あー、ヒロ! こっち、こっち~」
駅前のちょっと小さめな広場。待ち合わせ場所としてこの辺では重宝されているそこで、俺の姿を見つけた智美がピョンピョンと飛び跳ねている。デニムに長袖のシャツといういで立ちは、元気っ子を地で行くような智美によく似合ってる。
「……おっす」
「おっす。元気がないぞ、ヒロ? 折角のお休み、沢山あそぼー! おー!」
「……おー」
「……ちょっと? 本当にテンション低いわよ? もっと上げて行こうぜぇー!」
ねえ、と首を傾げて。
「――桐生さんもそう思うでしょ?」
「……とりあえず言いたいことは沢山あるのだけど……なんで? なんで私も此処にいるのかしら?」
俺の隣で遠い目をする桐生を見ながら笑顔を浮かべる智美。いや、なんでって……
「……智美のご指名だから」
「……私、ご指名入る様な職に就いた記憶はないのだけれど……」
「いやいや! だって昨日、桐生さん涼子と遊んだんでしょ? じゃ、今日は私と遊んでくれてもいいじゃーん」
「……幼馴染でしょ、東九条君。あの暴走列車を止めなさい」
「……諦めろ。色々申し訳ないと思うが、ちょっと付き合ってやってくれ」
そう。
なぜか智美、『涼子ばっかりずるい! 私も桐生さんと仲良くしたい!』と言いやがりやがった。桐生の予定もあるから無理を言うなと言う俺に対して。
『じゃあ自分で誘うから良い!』
……となりまして、今に至る。あれ? 結局折れたの桐生だから、よく考えたら俺のせいじゃなくね?
「……貴方の幼馴染の喧嘩が原因でしょ、元はと言えば」
「……なに? エスパーなの?」
「貴方が『私は関係ありません』みたいな顔をしてたからよ。貴方が悪いとは言わないけど、無関係顔されるのはちょっとイヤだわ」
……ヤバ。俺って顔に出やすい感じ?
「……ええっと……桐生さん、やっぱり迷惑だった……かな? その、涼子と喧嘩したのは事実だけど、それとは別に私も個人的に桐生さんと仲良くしたいかな~って思って誘ったんだけど……」
そんな俺らのやり取りを見た智美は急にしょんぼりとした表情を浮かべて桐生を見つめる。まるで捨て猫の様なその視線に桐生が『うぐぅ』と、およそ美少女が出しちゃダメな言葉を喉奥から漏らし、まるで何事も無かった様に微笑んで見せた。
「……そんな事ないわ。急だったから驚いただけで、お誘いは嬉しかったわよ。ありがとう、鈴木さん」
「……ホント?」
「ええ。私、同年代の子と遊びに行く機会なんて無かったから、本当に嬉しかったわ」
「だったらよかった! んじゃ、今日は一杯楽しもう! おー!」
「お、おー」
「桐生さん、声ちっちゃい! もっと腹から! さ、リピート・アフタ・ミー。おー!!」
「東九条君!? む、ムリ!?」
「……智美、それぐらいにしとけ」
「なんでよ!」
「そもそも駅前で騒ぐな、恥ずかしい」
桐生も。そんな泣きそうな顔で俺の服の袖をくいくい引っ張るな。可愛いから。
「……はあ。まあ、良いんじゃね? なんだかんだで桐生も楽しみだったんだろ?」
「な、なによ、急に? なんでそんな事思うの?」
「だってお前、外出の時スカートしか着ねーじゃねーか。それが、ホレ」
いつもはスカート姿が多い桐生。清楚系な桐生に――清楚、とは言ってないぞ? 清楚系だ、清楚系。ともかく、そんな桐生には珍しく今日はズボンを履いている。
「ズボンだし、今日」
「サブリナパンツと言ってくれない? ズボンって」
「ズボンはズボンだろ? ともかく、それを着て来たって事は智美の指定って事だろ?」
違うか? と視線を智美に向けると、智美は親指をぐっと突き立てる。
「大正解! 流石、ヒロ!」
「……お決まりのパターンだろうが」
涼子と智美、それに俺の三人で遊びに行くときはショッピングとか映画とかが多いが、智美と遊びに行くときは基本、アウトドア……というか、体を動かす事が多い。だからきっと、桐生にも『動きやすい格好で!』ぐらいの事を言ったんだろうとあたりを付けてみたが、どうやら正解だったみたいだな。
「……わざわざ智美の指定した格好で来るって事は、それぐらいには楽しみにしてたんだろ?」
「べ、別に楽しみにしてたワケじゃないわよ! そうじゃなくて、折角お呼ばれしたのなら、ドレスコードには従うべきでしょ!」
「ドレスコードって」
いや、まあ日本語では服装規定の事だし間違っちゃいないんだろうが……なんでそんな大げさな言い方するんだよ。
「……え? 桐生さん、やっぱり楽しみじゃなかった? 無理、言ったかな?」
「そ、そんな事ないわよ! 本当に楽しみだったわ! 昨日の夜、眠れなかったし!」
「……それはコーヒー飲んだからだろうが」
そもそも誘われたのは今朝だろうが。どんな未来予知で昨日の夜から楽しみにしてたんだよ、お前は。
「……はあ。とりあえず行こうぜ? 何処? アラウンド・ワン?」
「そうだね! やっぱり『アラワン』が良いかな? 遊ぶもの、いっぱいあるし!」
「分かった分かった。それじゃ行こうぜ?」
「はーい! それじゃ者ども、付いて来い!」
そう言ってテンション高く俺らの先頭を歩く智美。その姿にため息を吐きかけて――
「……東九条君」
「……なに?」
「……鈴木さんのあの泣きそうな顔、なんとかしてくれない? なんか可哀想になってつい、肯定しちゃうんだけど?」
「……あいつ、人との距離の詰め方半端ないけど、気もちゃんと使えるヤツだから。無理矢理誘ったかなって気になったんだろ、きっと。悪気は無いんだよ」
「……私の対極にいるかも知れないわね、鈴木さん」
そう言って、憂い顔で遠くを見つめ。
「もしかして、私の天敵かも知れないわ……」
「なにと戦ってんだよ、お前は」
神妙な顔でそう呟く桐生に、俺は溜めていた息を大きく吐き出した。
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