第四十八話 賀茂涼子の『おもい』は『おもい』
今回は感想欄、荒れるだろうな~。いい意味でもわるい意味でも。圧倒的正妻感の涼子ちゃんを見て!!
「……粗茶ですが」
「お茶じゃないけどな」
「東九条君、うるさい。さあ、賀茂さん? どうぞ」
「うん、桐生さん。ありがとー!」
テーブルの上には涼子特製のクッキーが皿に盛られている。それを一枚摘まんで食べると、バターの香りと冷めてもなお『さくっ』とする感覚に思わず頬が緩む。
「……これこれ。この味だよな」
「浩之ちゃん、好きだもんね、このクッキー」
「まあな」
「小学校の時なんて、放課後になるたびに『涼子、あのクッキー焼いて!』って」
「あー……だな。普通に市販のクッキー買うより美味かったからな、こっちの方が。なんかコツとかあんの?」
「ふふー。秘密~。教えてあげなーい」
「なんでだよ?」
「だって、作り方教えたら浩之ちゃん、自分で作るでしょ? それはちょっと面白くないもーん」
「……なんだよそれ」
料理上手な涼子であるが、このクッキーはそれに輪を掛けて上手い。なんだろう? 毎日食べたくなるってワケじゃないけど、たまに無性に食べたくなる味だ。作り方を教えて貰うと、自分で作れるから便利でいいんだ――
「……いてっ!」
と、唐突にわき腹に痛みが走る。視線をそちらにむけると、桐生の左指が俺のわき腹をつねっている姿が見えた。
「……なんだよ?」
「……別に」
「別にって。なに抓ってんだよ」
いてーんだけど?
「ふんだ! 貴方、先日言ったでしょ!」
「何を?」
「な、なにをって……な、なんでも無いわよ! とにかく! 私の目の前でいちゃいちゃ禁止!」
「いちゃいちゃって……」
そんな俺と桐生のやり取りを見て、涼子はクスクスと笑って見せる。
「……仲いいね~、二人とも」
「……え? 涼子、目が悪くなったのか?」
お前、俺、今現在進行形で虐待受けてるんだけど?
「……仲が良い、ね?」
「そうだよ? 桐生さんと浩之ちゃん、仲が良いと思って~。流石、許嫁だね~って」
コーヒーカップからコーヒーを啜る涼子。その姿にちょっとだけ困惑した様な表情を浮かべながら、桐生はおずおずと口を開く。
「その……良いの?」
「なにが?」
「ええっと……その……」
言い淀む桐生。いつもの悪役令嬢の片鱗も見られないその姿に一瞬、きょとんとした表情を浮かべて見せた後、涼子は『ああ』と頷いて見せた。
「私、『浩之ちゃんを盗らないで~』とか言えば良かったかな?」
「とら――っ! ……そうね。言い方はともかく……意味合いとしては一緒だわ」
「ふーん。なるほど、なるほど」
「……ちなみに、どうなの? 『もう』良いの?」
「……ちなみに、どうなの? 桐生さんとしてはどう答えて欲しい?」
「……そうね。『返せ』と言われれば困る、と言っておきましょう」
「それは言わないよ~」
苦笑してコーヒーカップにもう一口、口を付ける。
「……そうだね~。桐生さん、浩之ちゃんの許嫁だもんね? 流石に、そろそろ言っておかないといけないかな~?」
「……なにをかしら? 『返せ』?」
「だから言わないって」
そのまま、流れる様にコーヒーカップを置いて。
「――そうだね。返せ、と言うつもりは無いけど……私、好きだよ? 浩之ちゃんの事」
勿論、男として、と。
「……そう」
「驚かないの?」
「まあ……ある程度、予想は付いていたから」
そう言って俺に視線を向ける桐生。あー……
「……マジか、とは言わない。ある程度、自覚はあったから」
「だよね~。まあ、浩之ちゃんが好きなのは……ああ、でも無いかな~、今は。ともかく、眼中には無いかな~とは思ってたから」
カラカラと笑って見せる涼子。そんな姿に、少しだけ戸惑いを覚えながら……それでも俺は言葉を継ぐ。
「その……なんだ? 良いのか?」
「何が?」
「いや、何がって……こう……俺に返事を求めたりとか……」
「いいよ、別に」
「いや、いいよって……」
尚も戸惑いを深める俺。そんな俺に、涼子は『やれやれ』と首を振って呆れた様にため息を吐いた。
「……浩之ちゃん、勘違いしてない? 私、『好きだ』とは言ったけど、『付き合いたい』とは言って無いでしょ?」
「……ええっと……」
……あれ?
「ごめん、俺、理解できないんだけど?」
そう思い視線を桐生にむける。桐生も同じ思いだったのか、首を微かに捻って見せた。
「……私にも意味が分かりかねるわ。賀茂さん、貴方は東九条君に想いの丈をぶつけて……それで満足なの?」
「そうじゃないんだけど……ちょっと説明が難しいんだよね~。んー……私と智美ちゃんと浩之ちゃんって幼馴染なんだけど……中学時代に色々あったと言いますか……」
照れ臭そうに頬を掻く涼子。その姿に気まずそうにそっぽを向く桐生。居た堪れない俺。
「……なに、この雰囲気? ……? ……っ!! も、もしかして、浩之ちゃん……?」
「…………スミマセン。シャベリマシタ」
「えええ!! し、信じられない! 浩之ちゃん! デリカシーのカケラも無いんじゃないの!?」
「……申し開きも無いです」
「ホントに信じられない! 普通、言うかな!?」
「い、いや! その……」
「もう……ホントに恥ずかしいんだから……これ、貸し一つね」
「……ハイ」
珍しくぷりぷりと怒る涼子。いや、マジで済みません。
「その……ごめんなさい、賀茂さん。私が無理に聞き出したのもあるの。その……そうね、少しだけ気になったから」
「少し?」
「……訂正するわ。だいぶ、よ」
「……はぁ。まあ、いつかは分かるかも知れない事だし……仕方ないか。浩之ちゃんに貸しも出来たし」
「……いや、マジで悪い」
「いいよ、もう。ともかく、それじゃ話が早いね? 昔、浩之ちゃんは智美ちゃんの事が女の子として好きになりました。そしてそれを私に告白、私は傷つきました。その後、浩之ちゃんは智美ちゃんに告白しようとして……『三人で仲良くしたい』と言って告白すら出来ずに失敗。まあ、ざっくり纏めればこんな所だけど……」
説明、ここまでした? と言いたげな視線に俺はコクンと一つ頷いて見せる。そんな俺の仕草に満足した様に頷き、涼子は言葉を継いだ。
「まあ……そういう訳で、私たち幼馴染の関係性は既に結構『いびつ』なんだよね。浩之ちゃんは智美ちゃんに好意を寄せ、そんな浩之ちゃんに私は好意を寄せてる。智美ちゃんはその関係性を――まあ、そうだね。私が一人になる事を恐れてる……っていうか、アレはもう、怯えてるだね。怯えてる」
「……そうね。話を聞く限りではそうかな、とは思った」
「姉御肌だしね、智美ちゃん。その智美ちゃんに助けられた身としては大きな事は言いたくは無いけど……正直、ちょっとどうかな~とは思うんだ」
「……分からないでは無いわ。このままでは貴方、前に進めないものね?」
好きになった人が、別の人に恋心を寄せている。それでも、その想い人の気持ちにこたえる事はしない。だから……自身も、前に進めない。
「……まるで牢獄ね」
「そうかな? 私はそうでもないと思ってる、かな?」
「……え?」
「だってさ? 私達、もう高校生だよ? いつまでも今のままでいられるワケ、無いもん。そうなればいつか、智美ちゃんも気付く事になる。『私たちはどう足掻いても、三人でいる事は出来ない』ってね? そうなれば出て来る結論はきっと、『二人』と『一人』だよ。もしかしたら『一人』と『一人』と『一人』かもしれないけど……仮に、『二人』と『一人』になったら――」
――その時、『一人』になるのはきっと、私、と。
「……」
絶句する桐生。その姿を見つめ、涼子は申し訳なさそうにこちらに視線を向けた。
「……でもね? きっと、智美ちゃんと浩之ちゃんの仲は長続きしないと……そうも思うんだ」
「……なんで?」
「私はきっと、智美ちゃんと浩之ちゃんの事を誰よりも知ってる自負がある。ひょっとしたら……ううん、ひょっとしなくても、智美ちゃんと浩之ちゃんより、二人の事を良く知ってると、そう思う」
「……まあな」
自分自身の事なんてそれこそ、一番よく分からんし。
「……智美ちゃんはこの『三人』の関係に重きを置きすぎなんだよ? そんな智美ちゃんが浩之ちゃんと『二人』になったら、重きを置く相手が一人減ったら――」
――きっと、智美ちゃんは依存する、と。
「浩之ちゃんが誰かと話しただけで、浩之ちゃんが誰かに笑いかけただけで、浩之ちゃんが自分以外の誰かを見ただけで……きっと、嫉妬すると思うんだ。それ自体が悪い事とは言わないけど……でも、きっと浩之ちゃんにその智美ちゃんを支える事は出来ない。それでも、浩之ちゃんはそんな智美ちゃんを見捨てる事は出来ない。だって……」
――浩之ちゃんは、『弱く』て『優しい』人だから、と。
「……」
「……その関係性をきっと、浩之ちゃんは『是』としない。きっと、浩之ちゃんは傷つく。そうなれば……智美ちゃんからか、浩之ちゃんからかは分からないけど、きっと、二人のお付き合いは長続きしない」
「……その後釜を狙う、という意味かしら」
「言い方はともかく……そうだね。そういう意味合いかも知れない」
でもね? と首を傾げて、そして一つ頷き。
「私はきっと、浩之ちゃんに納得して欲しいんだ。智美ちゃんとも、私とも付き合って……その上で、納得して貰いたいんだ。『やっぱりあっちがよかったかも』なんて後悔、してほしく無いんだ」
まあ、これは私の我儘だけどね、と言って薄く笑う。
「……そういう意味では桐生さんも一緒。正直、桐生さんの事を二人ほどは知らないから良くは分からない。分からないけど……一般論として、だよ? 高校生カップルが結婚まで行く可能性は凄く低いし、いつ、婚約解消されてもおかしくないじゃないかと私は思ってる。そんな二人が、ずっと付き合って行く事なんてあると思う?」
「……分からないじゃない、そんなの」
「そうだね。だから、一般論だよ」
なんでも無いようにそう言ってコーヒーをもう一口。
「……結論から言えば、私は答えが『欲しくない』ワケじゃないんだよ。今すぐ答えなんて『貰えない』んだよ。今、浩之ちゃんが答えを出したら……どんな結論であれ、きっと智美ちゃんは深く傷つくだろうし、そんな事、きっと浩之ちゃんは良しとしないから」
「……」
「だから、私は待つよ? 別に、待つのは苦じゃないし。十七年待ってるんだもん。たかだか後二、三年の事ぐらい、待つわよ」
「……それは……良いの?」
「なにが?」
「もし、東九条君が貴方に振り向いてくれなかったとしたら……貴方に取って無駄な時間を過ごしたと言えないかしら?」
「無駄かどうかは私が決める事だよ? そして、少なくとも私は無駄じゃないと思う」
視線を俺にむける涼子。
「浩之ちゃん、私の事嫌い?」
「……嫌いじゃない」
「じゃあ、好き?」
「……」
「別に一番とか二番とかじゃなくて……私には『女の子』として、『付き合いたい』と思えるほどの魅力がない?」
「……ない、とは口が裂けても言えない。言えないけど、それは――!」
「ん。それで充分。さっきも言ったでしょ? 別に私と付き合えって『今は』言わないってば」
そう言って、視線を桐生へ。
「ね? 智美ちゃんと付き合って、桐生さんと付き合ったとしても……もし、どちらとも上手く行かなかったとしたら、きっと浩之ちゃんは私の元に来てくれる。ひょっとしたら瑞穂ちゃんとか明美ちゃんとかもあるかもだけど……でもたぶん、そんな誰よりも私の方が浩之ちゃんと『上手く』お付き合いできると思うな~。誰よりも付き合いが長いの、私だし」
「で、でも! も、もし東九条君が鈴木さんとか私とお付き合いをして……そ、そういう関係になっても、貴方は冷静でいられるの?」
「そうだね~。たぶん、嫉妬に狂うんじゃないかな?」
「そ、そのまま私たちが上手く行ったらどうするのよ?」
「その時は見る目が無かったと思って諦める。仕方ないよ。ホレた弱みってヤツ」
「そんなの……自分に愛が向いてない人を愛するなんて……何一つ、得なんてないじゃない……」
「私、そろばん弾いて恋愛する程器用じゃないんだ。でも……そうだね。桐生さんの言う通り、もしかしたら辛い事かも知れないけど……でも、良いんだ」
「良いって……」
言いかけた桐生を手で制し。
「良いの。だって――浩之ちゃんが私を愛してくれなくても、私が浩之ちゃんの分まで――二人分、愛するから」
だから、と。
「――黙って私に愛させてね、浩之ちゃん」
ウインクしながら親指をぐっと上げる涼子の姿は、とても綺麗だった。
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