第四十七話 汎用肉型決戦兵器『NIKUJAGA』! ……いや、兵器じゃないけどね。
「……おっきいね~」
俺に連れられて俺と桐生の新居――高層三十二階建のマンションを、ポカンと口を開けて見上げた後、涼子の口からポツリと言葉が漏れた。まあ、うん。なんとなく、言わんとしている事は分かる。
「……スゲーだろ?」
「うん。こんなの、テレビでしか見た事ないよ……やっぱりお嬢様だったんだね、桐生さんって」
「……そうだな。俺もびっくりしたし」
そう言って、何度も見上げたマンションを俺ももう一度見上げてみる。最近、当たり前の様に帰って来てたんでそうとも思わないが……改めて見直すとマジで凄さが分かる。
「それじゃ行くか」
「うん。でも……良かったの? 食材、全然買って無いけど……」
「良いんじゃね? さっき電話で言ったら『食材はある』って言ってたし」
『肉じゃが……そう。そうなのね。肉じゃがなのね……上等よ! リベンジしてやる!』とかなんとか言ってたけど。そう言えば豪之介さんがじっけんだ――じゃなくていけに――でもなくて、最初に桐生の料理食べたの肉じゃがだったな。
「……でもなんで肉じゃが? アレか? 男を落とす料理的な?」
「浩之ちゃん、肉じゃが好きなの?」
「あー……いや、まあ嫌いじゃないけど……」
「でしょ? 男を落とす料理なんて嘘っぱち……とまでは言わないけど、ある程度眉唾ではあるんだよ」
「……そう言えばアレ、なんで男を落とす料理って言われてんだろうな?」
「ザ・家庭料理、って感じだからじゃないかな? 肉じゃがが上手に作れる子は家でも料理をしっかりしてる子ってイメージだから、流行に左右されないって感じだと思うよ?」
「……ほう」
「後は……ほら、良くあるでしょ? 『女性が作ってぐっとくる料理』みたいな特集」
「……あるな」
「カレーとかハンバーグとかも定番だけど、やっぱりイメージとして『肉じゃが』ってのがあるから。そもそも咄嗟に『彼女に作って貰って嬉しい料理は?』って聞かれたら、よほどの好みが無い限り、なんとなく『肉じゃが』って答えるんじゃない?」
「……なるほど」
確かに奇をてらうよりもそっちの方が無難な感じはする。特に好きでも嫌いでも無いってのがミソと言えばミソの気がするが。
「まあ、今はそこまで難しくも無いんだけどね? お店で出すような肉じゃがならともかく、家庭料理だったら圧力鍋とか使えば時短も出来るし。もっと言えば、『肉じゃがの素』みたいなのもあるし」
「……なんか一気に肉じゃがに対する憧れが無くなって来たんだが」
まあ、別にそこまで憧れがあった訳じゃないんだが……なんとなく、ちょっとがっかり感はある。
「まあ、良いじゃない。それに――」
一息。
「浩之ちゃんは知らないだけで……肉じゃがは、最強なんだよ?」
◆◇◆
「……いらっしゃい、賀茂さん。お待ちしていたわ」
「本日はお招きいただきありがとうございます。これ、良かったら食後に食べよう? クッキー焼いて来たんだ」
エレベーターに乗って最上階である三十二階へ。エレベーターの中でも『へー』とか『ほー』とか感嘆の声を上げて若干ビビっていた涼子だったが、三十二階のフロアで『ここ、俺らの住む部屋ともう一部屋しかない』と告げると開き直ったのか冷静さを取り戻し、いつも通りの柔和な笑顔で桐生に小さな紙袋を手渡していた。っていうか桐生? なに、その顔。
「いえ……こちらからお招きして、その上で料理まで教えて貰うのに、クッキーまで貰って良いのかしらって」
「気にしないで? っていうか、お招き頂いたら手土産ぐらいは持参するよ~」
「っく……この圧倒的な女子力の差……!」
「……アホな事言ってないでさっさと入れろ」
玄関先で涼子の差し入れのクッキーの袋を持ったままプルプルと震える桐生。あのな? そもそも女子力って――
「……って、あれ?」
「な、なにかしら?」
「お前、朝そんなかっちりした服装だったっけ?」
「……そ、そうよ?」
「いや、それにしちゃ……っていうか、なんかちゃんと化粧もしてるし」
確か朝はもうちょっと部屋着っぽい服だった気がするんだが……今は黒のちょっとおしゃれっぽいワンピース着てるし、何時も家の中ではしない薄化粧までしてる。
「……お前、まさか」
「べ、別に賀茂さんが来るからって浮かれたワケじゃないわよ!? た、ただ……そ、その、お知り合いを迎え入れるのにあたって最低限の礼儀としてね!?」
……こいつ、初めて『学校の同年代』を家に招き入れる事に張り切りやがったな? いや、今まで考えれば分からんでもないが……なんだろう、ちょっと不憫な気もする。
「と、ともかく! さっさと料理をはじめましょう! もう、材料は揃ってるわ!」
「そうだね~。あんまり遅くなるとアレだし、ちゃっちゃと済ませようか~」
のんびりそう言って、『お邪魔します』と靴を脱いで部屋に上がる涼子。『こっちよ』と涼子に先導する形で歩く桐生の後ろに涼子、その後ろに俺というRPGとかに出て来そうな並びでキッチンへ。
「キッチンも広いね~。これは使いやすそうで良いね!」
「まあ、俺と桐生じゃ宝の持ち腐れだけどな」
「くぅ……じ、事実だけど……なんか、悔しい」
「まあまあ桐生さん。料理は一日にしてならず、だよ。ほら、一緒に作ろ? 今日は肉じゃがだから」
「……私、肉じゃがで手痛い失敗してるんだけど……」
「そうなの? ああ、あれ? もしかして生煮えだったり?」
「……そうよ」
悔しそうに唇を噛む桐生。そんな桐生にポンと手を打ち、涼子は持って来た鞄の中をごそごそと漁りだす。
「桐生さん、野菜とかそのまま鍋に入れて煮込んだんじゃない?」
「……そうよ? 普通じゃないの?」
「いや、普通だけどね? でも、それじゃ料理の初心者の人ってあんまり上手く出来ないんだよ~。味付けもだけど、食材の火の通りとか見るのが結構手間だからね。だから……」
そう言って鞄から何かを取り出す涼子。なにそれ?
「これはシリコンスチーマーだよ? これに入れて電子レンジでチンすると、野菜とかに火が通るから、煮込む時間が少なくて済むんだ」
「……へー。圧力鍋みたいな感じか?」
「そうだね~。あれは原理は違うけど、まあ時間短縮って意味ではそうかも。でもホラ、あれって料理初心者の人って怖いっていうじゃん?」
まあな。爆発事故だってあったらしいし……桐生が使うと、部屋が爆発する大惨事な未来しか見えない。
「……そんな便利なモノがあるのね」
「うん。今は百均とかでも売ってるよ? これ、ウチで余ってたやつだから置いて帰るね? 百均のよりは容量が多いから、重宝するよ?」
「……いいのかしら?」
「うん。電気屋さんのチラシのプレゼントで貰ったヤツだから」
そう言って『野菜室、失礼するね?』と野菜室の引き出しを開けるとじゃがいも、にんじん、玉ねぎを取り出すと手際よく袋を開けてそれぞれ取り出していく。取り出していくんだが……
「……三人前にしては多くない?」
「そうだね。でもこれはこれで良いんだよ?」
持って来たエプロンを付けるとシンクの下の棚から包丁を取り出してトントントンとリズミカルに野菜を刻んでいく。
「……上手ね。これが……女子力……!」
戦慄した様に呟く桐生。いや、女子力って。
「桐生さん、肉じゃがって凄く良い料理って知ってる? 個人的には最強って言って良いんじゃないかと思ってるんだけど」
「凄く良い料理……それはどういう意味かしら? 『男を落とす料理』と呼ばれているのは知っているけど……」
「それもあるけど……そうじゃなくてね? ホラ、献立を考えるのって結構大変じゃない?」
「……そ、そうね」
目を逸らす桐生。そうだよな。お前、基本『焼く』しか出来ないもんな。献立を考えるっていうか、焼くもの考えるが正しいもんな?
「……なにか失礼な事を考えて無いかしら、東九条君?」
「……考えてません」
エスパーかよ。
「もう、浩之ちゃん。本当に献立って考えるの大変なんだよ? 特に学校から帰って宿題して、掃除して、洗濯物した後って結構疲れるし」
「……」
もう完全にそっぽを向く桐生。そうだよな。お前、『別に掃除なんか毎日しなくても大丈夫よ』って言ってるもんな?
「……そ、それで? 献立を考えるのと、肉じゃがが最強なのはどう繋がるの?」
「誤魔化した」
「なにか言ったかしら、東九条君?」
「……別に」
「もう! 浩之ちゃん、茶化さない! ほら、桐生さん? 食材、良く見てみて? 何かに気付かない? 具体的にはこの材料、なにかに使われてないかな?」
涼子にそう言われて、俺はまじまじとまな板の上を見つめる。ああ、これって。
「……カレー?」
「……ポトフ?」
俺と桐生、別々の答え。それにも関わらず、涼子は満面の笑みを浮かべる。
「両方正解。ほら、肉じゃがに使われている食材ってどんな料理にも使われてるのが多いの。だから、肉じゃがを使った材料でそのまま、他の料理に流用出来るんだ」
「……へー」
「肉じゃがを月曜日に作るとするじゃない? そうしたら、次の日はコンソメを入れてポトフにするの。水曜日は量も減ってるから水を足してカレーにして、木曜日は残ったカレーをグラタン皿に入れてチーズを乗せて焼けば、ホラ! 門司名物の焼きカレーの完成!」
「おお」
「……凄いわね。でも、それじゃ金曜日が余るのではなくて?」
「金曜日はホラ、次の日休みでしょ? だから夜もゆっくり出来るし、洗濯物とか後回しに出来るから、料理に時間をゆっくり使えるじゃない?」
「……確かに」
「ちなみにスタートをポトフにしても良いよ? そうしたら次の日はクリームシチューにして、その次の日はマカロニ入れてグラタン。残りの量が少なくなるから、木曜日はご飯でかさましすればホラ、ドリアの完成でしょ? こうすれば二週間分の献立はクリアできるんだ。コスパも良いし、適度に味も変わって飽きも来ないし、結構良いんだよ」
そう言ってにっこり笑って。
「――ね? 肉じゃがって最強でしょ?」
微笑む涼子を前に、桐生はワナワナと震えて。
「――これが……女子力……!」
……桐生、これ、女子力ちゃう。主婦力や。いや、まあ、凄いんだけどね?
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