第四十六話 涼子ちゃんが家事力高いのは理由があるんだよ、って話
涼子から『土曜日、オッケーだよ~』との連絡を受けた俺は土曜日の朝、久しぶりに実家に――というか、実家の隣の涼子の家を訪れていた。ピンポーンと玄関の呼び鈴を鳴らすと、『今開ける』という声と共にドアが開き、中から妙齢の美女が顔を出した。
「……なんだ、浩之じゃないか」
「お久しぶりです、おばさん」
「やり直し」
バタン、と扉が閉められる。俺はため息を吐いてもう一度呼び鈴を押した。
「なんだ、浩之じゃないか」
「……お久しぶりです、凜さん」
「よし。上がって良いぞ」
そう言ってドアを開けてにっこりと微笑む美女、賀茂凜さん。涼子のお母さんだ。十七歳の娘が居るとは思えないほど抜群のプロポーションと年齢を感じさせない美貌を誇っているが……いや、誇っているからか? 『おばさん』と呼ばれるのを嫌う。まあ、アレだ。今はやりの美魔女ってヤツだ。
「それにしても随分久しぶりだな。高校に上がってから初めてじゃないか、浩之と逢うのは」
「そうっすね……最後に凜さんに逢ったの、卒業式じゃなかったですか? その時もあんまり喋った記憶ないですし……っていうか、珍しいですね? 凜さんが家に居るの」
「式の直ぐ後にイタリア出張だったからな。それからちょっと立て続けに出張が詰まってて、ようやく昨日ニューヨークから帰って来た」
「……一年振りの日本ですか?」
「いや、その間もちょくちょく帰っては来たけど、二日とか三日の滞在だったからな。今回は久しぶりに一か月も日本に居られる。しかも、我が家でだ」
詳しくは知らんが、凜さんは某有名ブランドのデザイナーをしているらしい。立ち上げ初期メンバーの一人だとかで、結構忙しく世界中を飛び回っている。こうやって家で逢える事自体が結構レアだ。
「それで? 今日はどうした? 涼子とデートか?」
「んな色気のあるモンじゃないですが……ちょっと、友達の家に遊びに行こうかと」
「智美?」
「いえ……あいつら今、絶賛喧嘩中なんで」
「あー……またか。お前、今度は何やった?」
「凜さんもそんな事言います? なんか冤罪率が半端ないんっすけど」
「二次元の中にだけにしておけよ、鈍感系主人公など。私も礼二をなんどしばき倒してやろうと思った事か……」
ちなみに礼二とは賀茂礼二さんで、涼子のお父さんだ。
「もうその話、お腹いっぱいなんで。涼子、呼んで貰えます?」
礼二さんと凜さんが、如何に大恋愛の末に結ばれたかを凜さんは酔った席で必ず語る。幼少時より聞いてる俺としては少々食傷気味だし……それを聞かされる娘としては堪ったもんじゃないんだろう。真っ赤になって怒る涼子、までが幼馴染達の間での恒例行事だ。
「なんだ。涼子、出かけるのか。折角涼子のご飯が食べられると思ったのに……」
「あー……済みません。土曜日、大丈夫って聞いてたんで……」
「別に浩之が謝る事じゃないさ。そうだ。芽衣子は居るか?」
「母さんですか? ええっと……居るんじゃないんですか?」
「今日は久しぶりに芽衣子とショッピングとでも洒落込むか。連絡をしてみよう」
芽衣子とは俺の母親で、凜さんとも仲良しである。なんでも、高校時代からの親友だとか。『偶然だ』と凜さんは主張しているが……家を買った時点で隣同士に高校時代の親友が済むなんて偶然は絶対ないと思うので、きっと凜さんと俺の母親が結託して隣同士に家を建てたんだろうと俺は睨んでる。いや、別に構わんのだけど。
「そうですね。母さんも退屈そうですし、たまには息抜きに連れてって上げて下さい。それで」
「ああ、涼子だったな」
おーい、涼子~と階下から二階の涼子の部屋に声を掛ける。と、二階から『はーい……え? ちょ、アレ!?』なんて涼子の声が聞こえて来た。その後、バタン、と大きな音を立てて扉が開くと、中から焦った様に涼子が顔を出して。
「な、なんでお母さん、居るの!? ニューヨークって言って無かった!?」
「……帰って来たの、言って無かったんですか?」
「驚かせてやろうと思って黙ってたの、忘れてた。昨日も帰って来たの夜中だったし」
◆◇◆
「ごめんね、浩之ちゃん。ちょっと慌てちゃって。恥ずかしい所、見せちゃった」
「いいさ。っていうか凜さん、相変わらずだな。お茶目というかなんというか……」
「四十越えた良い大人がお茶目も何もないよ。あれは子供っぽいって言うの」
不満そうに頬を膨らます涼子。まあ……気持ちは分からんでもない。
「でも、今日は浩之ちゃんのおばさんが遊んでくれるらしいから良かったよ。ごめんね、ウチの母親が迷惑かけて」
「……たまに凜さんと涼子、どっちがお母さんか分かんなくなるよな……」
俺らが小さい頃から凜さんは既に世界中を飛び回っていた。仕事は抜群に出来る……らしい人だが、それと相対して生活力は低い。必然的に、涼子の家事力はぐんぐんと高まって行ったという訳だ。小学生の子供が家事力高くなる理由が『生きるため』というのは哀愁と、若干のネグレクト臭を感じないでも無いが……まあ、凜さんも礼二さんも涼子を大事にしていたのは分かるし、ウチの親父も母さんも涼子を実の娘の様に可愛がってたからか、涼子は拗ねる事無くすくすくと育ったって訳だ。
「ウチのお母さん、子供だからね~」
「……どうしよう、否定できない俺がいる」
「否定できないもん。ま、お母さんの事は良いよ。それで? 今日は桐生さんにお料理を教えれば良いの?」
「そうだな。出来れば頼む」
おもに、俺の食生活の為に。
「それは全然良いんだけど……ちなみに桐生さん、どれくらい料理できるの? それによって教え方も変わるし」
「あー……基本的にあいつのスキルは『焼く』だな」
「……はい?」
「とりあえずなんでも焼けば良いと思ってる節がある。『焼けば基本、なんでも食べれるのよっ!』って……なんでも焼く」
肉も、魚も、野菜も。なもんで、基本的に桐生の料理当番の日は全体的に食卓が茶色になりがちではある。
「……煮るは?」
「……向いてないっぽい、アイツには」
「……揚げるは?」
「……俺が怖い。火事だけは勘弁」
「……」
「……」
「……あ、でも、米を炊くのは凄く上手い」
「……文明の利器の勝利っぽいんだけど……」
「うぐぅ。でも、俺が炊くよりうまいんだよな、アイツの米って」
同じ手順で炊いても桐生が炊いた米の方が旨く感じる。なんだろうな、アレ。
「そっか……それじゃ、殆ど料理してないって感じだね、桐生さん」
「まあアイツ、お嬢様だし。料理をする環境に無かったというか……」
「そうだよね~。うーん……それじゃ……」
そう言って顎に手を当てて少しばかり考え込み。
「――うん! それじゃ今日のご飯、肉じゃがにしよっか!」
素晴らしい笑顔で、そう言った。
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