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第四十四話 長い長い、昔話のはじまり


「さて……どこから話したもんかな」

 ソファからリビングにあるテーブルに場所を移した桐生の前にコーヒーを置くと、俺はその向かいに腰を降ろして自身の前にもコーヒーを置く。俺が座るのを待って、桐生が口を開いた。

「貴方の話易い所からで良いわよ」

「長くなるぞ?」

「そのつもりで淹れてくれたんでしょ、コレ?」

 そう言ってコーヒーカップを掲げる桐生。その姿に苦笑を浮かべて、俺は話始める。

「……まあ、知っての通り、俺と涼子と智美は幼馴染だ。涼子に至っては生まれた時からだし、智美とも保育園からの知り合いだから……両方と十年以上の付き合いになる。色々と喧嘩もしてはいたが、それでも仲良く付き合って来たんだよ」

「……そう」

「そんな俺らの関係性が少しだけ変わったのは小学校に上がってからだ」

「小学校に上がってから……ああ、良く聞くアレかしら? 他の男子に揶揄われたりとか?」

 桐生の問いに首を横に振る。

「いいや。バスケをはじめたからだ。俺はバスケが大好きだったし、バスケに夢中になった。放課後、毎日の様に遊んでいた涼子や智美を置いてまで、バスケにのめり込んだんだ」

「……酷い人ね、貴方。私だったら凄く悲しいわ。仲の良かった友達が、私を置いて他の事に夢中になると」

「……その辺りの事は申し訳なく思っているが……まあ、俺もガキだったし、正直智美や涼子と遊ぶよりもバスケの方が楽しかったんだよ」

 だってあいつらとの遊びってお飯事とかだったし。若干、気恥しかったのもあるが。

「んでまあ、そんな俺の態度に不満を持ってた智美と涼子だったけど……智美が行動を起こした」

「行動?」

「俺のいるバスケットチームに入ったんだ。あいつ、運動神経良かったからさ? 『ヒロに出来るなら私にも出来る!』って。実際、アイツはメキメキと上達して上手くなって行った。小学生の時なんて、アイツの方が俺より身長は随分高かったし、俺だって後から入った智美に負けて溜るかって感じで今まで以上に練習して……」

 ――気が付けば、涼子は一人ぼっちになっていた。

「……涼子が家で一人で寂しそうにしているのを知った智美は、涼子を積極的に練習や試合に誘った。その頃にはアイツ、バスケを好きになってたから止めるって選択肢は無かったんだろうし。最初こそおどおどしてた涼子だったが、練習や試合を見に来るうちに段々バスケにのめり込んでさ? マネージャーみたいな事をし出したんだ」

 インターバルでスポドリ出してくれたり、タオル渡してくれたり、はちみつレモン作って来てくれたりしてたからな、アイツ。小六の時なんかスコアブック付けて相手チームの分析までしてたんだぞ? 立派なマネージャーだろ。

「……まあ、そんなこんなで俺たちは昔みたいに三人で過ごす事が多くなった。俺と智美が練習している姿を涼子が真剣に眺めてアドバイスしたり、或いは次の対戦相手の情報を涼子から教えて貰ったりしてたんだよ」

「……本当に仲良しね」

「そうだな。本当に仲良しだと思うし……きっと、俺らは仲良し『過ぎ』たんだと思うんだよな」

「どういう意味よ?」

「俺、中学校三年に上がる前にバスケ止めたって言ったろ?」

「……ええ。あの、聞いてたら胸糞の悪くなる話ね?」

「女の子が糞とか言うな。ともかく、俺はバスケを止めて――」

 ……ああ、クソ。ちょっと恥ずかしい。

「……まあ、アレだ。その……若干、病んでた」

「……病んでた?」

「あ、いや、病んでたっつってもそんなにアレなワケじゃねーんだが……こう、なんというか、凄く無気力というか……」

 上手く言えんが。

「……そうだな。アレに近いかも。仕事退職したサラリーマンが、する事なくて無気力な感じになるって聞いたことね?」

「趣味もなく仕事に没頭してたから、時間の使い方が分からない、というアレかしら?」

「そんな感じ。小一からバスケ始めてたし、言ってみれば人生の半分以上、もっと言えば物心ついてからの大半はバスケしてたんだよな、俺。そんな俺の人生の大半を占めてたバスケを止めたらさ? 俺、一体何したら良いんだろうって思って。仲の良かった友達も最初は俺に気を遣ってくれてたんだよな。自分で言うのもなんだが、一応、バスケ部のエースでキャプテン、国体選抜候補までなった、渾名が『バスケ馬鹿』だったヤツが急にバスケを止めたんだ。そりゃ、気にもなるだろ?」

「……そうね。確かに私も何があったのか気になると思うし……それが友人なら、心配にもなるわ」

「皆もそう考えて、良く話しかけてくれたり、遊びに連れて行こうとしてくれたりしたんだ。でも、俺が素っ気ない態度ばっか取るから、段々と俺と距離を置いて行って」

 今考えても失礼な話だと思う。心配して声を掛けてくれるやつらに『放っておいてくれ』だもんな。塩対応もいいとこだ。

「んでまあ、クラスで孤立……とまでは行かんでも腫物を触る扱いを受けてたんだよ、当時の俺」

「……」

「……んで、そんな俺の姿に業を煮やしたのが智美だ。ある日の放課後、智美に校舎裏に呼びだされてな?」

 今でも、その時の情景は脳裏に簡単に浮かぶ。面倒くさいと思いながら、校舎裏に向かった俺は。


「いきなり、智美に『グー』で殴られた」


「……は?」

「顔面の良い位置に入ってな? 鼻血が滝の様にこう、どばーって」

「ちょ、ちょっと! 大丈夫だったの!?」

「まあ、実際はちょっと切れただけだったんだが血管に近い所だがなんだかで血が相当出た。智美、俺に怒るつもりで呼び出した癖に、俺があんまり鼻血出すもんだから焦って焦って。半べそ掻きながら『ご、ごめん! ごめん、ヒロ!』って」

 男子中学生が鼻から大量に血を流し、涙ながらに女子中学生が謝るって、今考えたら地獄絵図だよな、ホント。つうかさ? 普通、女子が『ぐー』で殴るか、『ぐー』で。

「……まあ、それでようやく鼻血も止まって半べそ掻いてた智美も泣き止んで……それで、言われたんだよ。『いつまで拗ねてるんだ』って。『アンタがバスケを止めたのは、アンタの都合でしょ』ってな」

 涙ながらにそう言って――そして、最後に言ってくれた。



『――いつまで拗ねてるのよ! アンタがバスケを大好きだったのは知ってる! バスケをしてるアンタが格好良かったのも! でも、別に、アンタの楽しい事はバスケだけじゃないでしょ!? 他のしたい事も……『楽しい事』もあるんじゃない? 無いんだったら、それ、見つけようよっ! 私も付き合うからさっ!』



「……その後、智美は俺を連れて俺が塩対応取ってたツレ周りに一緒に謝りに行ってくれてな。『この度はウチのヒロが随分とご迷惑をお掛けしまして……この子、本当にガキなんです。許してやってください』って」

「……お母様みたいね」

「呆気に取られてた友達も智美のその態度に笑って許してくれて。『良い奥さんだな、浩之』なんて随分揶揄われた」

「奥さん、なんだ」

「……まあ、中学生のいう事だからな」

「ちょっともにょっとするけど……でも、待って? 鈴木さんはそうやって、貴方を……どう言えばいいのかしら? 正常な状態に戻した?」

「まあ、喝を入れてくれたな」

「賀茂さんは? 賀茂さんはその時、何をしてたの?」

「……少し話が前後するが、俺もバスケ以外にも『楽しい』と感じる様になったころ、涼子に一冊のノートを渡されたんだよ」

「ノート?」

「『これはもう、浩之ちゃんには必要ないかも知れないけど……もしよかったら使ってね』って。ほら、大きめの運動公園とか行くとサッカーのゴールとかはあっても、バスケのゴールってあんまり無いだろ?」

「ええ」

「だから電車で一駅程度の場所にある公園で、バスケのゴールがあるところを片っ端からマッピングしてくれてた。そのほかにも強豪校の練習メニューとか、ワン・オン・ワンを良くしてる公園だとか、一人で練習しやすそうな公園とか……まあ、そういった細々した情報を書いたノートをな」

 部活に所属していないと、『バスケット』をプレイする環境は日本ではまだまだ少ない。ドリブルやパス練習は出来んでも無いが、シュート練習は流石にゴールが無いと効果半減だしな。

「……」

「『いつか、浩之ちゃんはきっとバスケをしたいと思うだろうから。その時の為に、これを有効活用してくれたら嬉しいな』ってな」

「……意外に厳しいのね、賀茂さん」

「厳しい?」

「だって、鈴木さんは貴方がバスケを止める事を是としたのでしょ? でも賀茂さんは貴方がバスケを止める事を否としているように見えるのだけど?」

「あー……まあ、否とまでは言わんが……まあ、確かにその気はあるかもな。あいつ、強いし」

「……本当に意外ね?」

「世間様の評価では智美は強い、涼子は優しいってイメージかも知れんが、実態は真逆だ。いつだって強いのは涼子だし、いつだって優しいのは智美の方だよ」

「……」

「まあ、そうやって智美は俺をクラスの連中と仲直りさせてくれた。それだけじゃない。あいつは宣言通り、俺の『楽しい事』を一緒に探してくれたんだ」

 あの時代の俺の思い出には、いつだって智美がいる。


『ヒロ! 中川君がカラオケ行くって! アンタも行くわよ! よし! 私の美声を聞け!』


『美味しいカフェ見つけた! これで女子力アップだ! 涼子も連れて三人で行くぞ~!』


『ヒロ、買い物行こ? え? 荷物持ち? そんなつもりは……ちょっとだけ』


『ヒロ! 文化祭の打ち上げ! 盛り上がってる? さあ、張り切っていこー!』


『ほらほらヒロ! 私たちが体育祭実行委員なんだから、しゃきっとする! え? 『よ! 東九条夫妻』? いや~みんな? 私、婿取り派なんです。鈴木夫妻と言って下さいな?』


「……有言実行。いつだって智美は俺の側で、俺の『楽しい事』を見つけてくれようとしてて、そんな智美の『優しさ』が、なにより嬉しくて」


 すっかり冷めたコーヒーを口に含み。




「――俺は、そんな智美の『優しさ』に、いつの間にか惹かれていたんだ」





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