第四十一話 一番可哀想なのはきっと、後輩s
ごめんなさい、今日は店のボーリング大会です。なんで今日も夜、無理っす……なんなら明日の朝も二日酔いで寝てるかも……
昼休み。智美の『涼子と絶交!』宣言の後、俺は『昼休み、屋上』との瑞穂の呼び出しを受けて屋上へと向かった。もうアレだよね? これ、完全にいじめの呼び出しだよね? あれ? 瑞穂って後輩じゃなかったっけ?
「……さあ、キリキリ吐いて下さい、浩之先輩」
「……無実だよ、俺は」
「んなワケねーですよ。だって智美先輩と涼子先輩ですよ? あの二人が絶交までするワケないじゃないですか。そんな二人が絶交したんですよ? だったら、理由としては浩之先輩しかないですって!」
「……なんでだよ? それでなんで俺のせいになるんだよ?」
首を捻る俺に、瑞穂は呆れた様にため息を吐いた。なんだよ、そのため息は?
「……なんだよ?」
「別に。このぬるま湯ヤローって思っただけです。鈍感よりタチが悪いなって。まあ、そんな事はどうでも良いです! それより、本当にあの二人なんとかして下さい! 智美先輩、昨日夜中の三時まで私にメッセ送って来てたんですよ!? 私、午前中ずっとうつらうつらしてたんですから!」
「……不憫な」
可哀想だとは思う。可哀想だとは思うが……いや、でもな? あいつら、基本いっつも――とは言わんが、そこそこ喧嘩してるじゃん。
「……別に今に始まった事じゃねーだろうが、あいつらの喧嘩なんて」
「喧嘩自体はよくもまあそんなに喧嘩することがありますね、ぐらいの勢いでしてますけど、絶交宣言は初めて聞きましたよ、私。ちなみに、茜の方には涼子先輩から連絡が入ってます。茜の方も結構遅くまで付き合わされたって言ってました」
「んなもん、いつもの事だろうが」
涼子と智美が喧嘩をした場合、涼子は茜に、智美は瑞穂にガンガン愚痴る。付き合いの長い二人はそれを『はいはい』と聞き流しているのだ。まったく、どっちが年上かわかりゃしない。
「それにしたってあんな時間は異常ですよ! これ、マジな奴じゃないですか! ねえ!」
そう言って瑞穂は視線を俺――の隣に向けて。
「桐生先輩!」
「……私は貴方たちの関係性を知らないから何とも言えないんだけど……そもそも、なんで私まで呼ばれたの?」
そう言って、話を振られた桐生はこちらに向かって疲れた様な視線を向けてくる。うん、気持ちは分かる。なんで呼ばれたんだよ、お前。いや、『桐生先輩も連れて来て下さい』って言われて連れて来たのは俺だけどさ。
「いえ、智美先輩と涼子先輩の喧嘩の現場に居合わせたとお聞きしまして。っていうか、浩之先輩! なんで涼子先輩のお弁当デーに私を呼んでくれないんですか! 食べそこなったじゃないですか、一食!」
「……知らんがな」
俺に言うな、俺に。作ったの涼子で勝手に誘えるワケねーだろうが。
「ぐぐぐ……私、智美派と思われてるだろうし、もうお弁当誘って貰えないかも……」
「智美派って」
なんだよ、その派閥。馬鹿な事を言ってる瑞穂にため息を吐いていると、桐生が遠慮がちに手を挙げた。
「話の腰を折るみたいで恐縮なんだけど……」
「なんだ?」
「……派閥があるの?」
「ないない」
「でも、賀茂さんは東九条君の妹に、鈴木さんは川北さんに連絡入れてるのよね? ちなみに、賀茂さんから川北さんに連絡はあったの?」
「無いですよ。だって、智美先輩が絶対に私に連絡入れてるってわかってますから、基本は連絡入れてこないです、喧嘩中は」
「……? やっぱり派閥じゃないの、それ?」
派閥はない。派閥は無いが……
「あー……まあ、派閥って言うと大げさだが、あるだろ? 仲の良い友達グループの中でも取り分け仲の良いグループ」
皆仲良しグループってのも無くはないが……基本、友達グループの中でもより気が合うヤツと一緒に居る事、多いだろ? そう思って発した俺の言葉に、桐生は首を傾げて。
「……知らないわ。私、友達いた事ないもの」
「……」
「……」
「……ごめん」
「謝らないで。なんだか悲しくなるから。それで?」
「あ、ああ。ホレ、瑞穂はずっとバスケしてるだろ? だからまあ、智美と付き合ってる時間が長いんだよ」
「貴方の妹さんは?」
「涼子は面倒見良いから。隣の家だし、小さい頃は茜、涼子の後ろをちょこまか付いて行ってたんだよ。お姉ちゃんみたいな感じかな?」
「だからまあ、私と智美先輩、茜と涼子先輩のグループって感じですかね? もちろん、私と茜とか、智美先輩と涼子先輩の方が仲いいですし、別に涼子先輩と二人で買い物とかも行かないワケじゃないんですけど……圧倒的に智美先輩との方が多いです」
「お前ら、バスケの買い出しとかも一緒に行ってるもんな」
「そうですね。涼子先輩とはいきませんし、そういう買い出し」
「……なるほど」
「だからまあ、よく茜と二人で智美先輩と涼子先輩が喧嘩したら愚痴は聞くんですけど……こんな大袈裟になる事、無いんです。普通は私たちが上手く誘導したらお互いに納得するんですが」
「……ねえ、貴方の妹も川北さんも年下よね? 誘導って言われてるんだけど?」
「……精神年齢は幼いんだよ、あいつら」
「鈴木さんはともかく……賀茂さんも?」
「……二人でいると、ってこと」
っていうか、桐生。『鈴木さんはともかく』って。まあ、間違っちゃいないが。
「……それが、昨日は全然聞く耳持たないで……『もう、涼子なんか知らない! 顔も見たくない!』って言ってたんですよ。あんな智美先輩、初めてで……どうしたらいいんですか、浩之先輩!!」
「……知らんがな」
「そんな冷たい事言って良いんですか! 知らないって! 幼馴染でしょ!」
「……そうね。東九条君、それは少し冷たいんじゃないかしら?」
そう言って冷めた目を向けて来る瑞穂と桐生。そうは言ってもだな。
「……ちょっとヒートアップしてるだけだろ。つうか、瑞穂? あの二人が絶交なんて出来ると思うか?」
「それは……」
「想像できないだろうが。あいつら、なんだかんだでずっと一緒に居るしさ。今回だって……まあ、ちょっと派手な喧嘩してるけど、基本的にはいつも通りだろ? だからまあ、大丈夫だって」
「……だと良いんですが……茜も動揺してますし、私も今回ばっかりはちょっと心配なんですよね。あのお二人が、絶交なんて口にするって……」
「本当に大丈夫なの、東九条君? 貴方が間に入らなくて」
「いや、俺が入ったら余計こじれるんだって。お前も知ってるだろうが、瑞穂」
「知ってますけど……でも、今回は!」
「しつこいぞ?」
そりゃ俺も過去の喧嘩で仲裁に入った事もあるが……いっつも『黙ってろ!』って二人に言われるんだよな。
「だからまあ、今回も静観方針だ。その内、勝手に仲直りしてんだろ」
「……なんだか優しい貴方らしくない選択肢ね? 人の事を第一に考えられる貴方らしくない気がするけど?」
「それは買いかぶり過ぎ。別に俺はオールウェイズ優しいワケじゃねーし」
「そうなの? 貴方の半分は優しさで出来ているのかと思ってたわ」
「頭痛薬じゃないんだから。ともかく、あの二人に関しては放っておけばいいよ」
俺の言葉に、若干不満そうな表情を浮かべる桐生と瑞穂。が、それも数瞬、諦めた様に桐生がため息を吐いた。
「……まあ、貴方がそう言うなら良いけど」
「……そうですね。なんだかんだ言って、浩之先輩がそう言うなら」
桐生の言葉に、瑞穂も渋々ながら賛同の意を示す。
「うし。それじゃ方針は決まったな。それじゃ、とりあえず飯でも食おうぜ。腹減ったし」
「そうね。それじゃ、食事にしましょうか」
「そうです――」
そこまで喋り、瑞穂が何かに気付いた様に言葉を止める。どうした?
「どうしたの、川北さん?」
「そういえば……喧嘩の原因って何だったんですか? 智美先輩に聞こうと思って、すっかり忘れてて」
「……ああ」
そんな瑞穂の言葉に、俺と桐生は目を合わせて。
「「犬と猫、どっちが可愛いか」」
「……は?」
「だから、犬と猫。智美が犬派で、涼子が猫派。最初は和気藹々と話してたんだが……途中からヒートアップしてな?」
「……」
「……」
「……」
「……な? しょうもないだろ?」
「……わ」
「……」
「……わ、私の睡眠時間をかえせぇええええええええええええ!!」
瑞穂の絶叫が、さして広くない屋上に響いた。おい、止めろ! 周りの目が痛い!
◆◇◆
全ての授業が終わり、さて家に帰るかと鞄に手を掛けた所で声が掛かった。智美だ。
「ヒロ~。一緒に帰ろ~」
「一緒にって……お前な?」
もう別にご近所さんじゃないぞ、俺ら。
「分かってるって。駅までで良いから」
「駅までならそりゃ……っていうか部活は?」
「サボる」
「サボるって……」
「……冗談。昨日、ちょっとやり過ぎちゃって……顧問の先生に『明日は部活に来るの、禁止!』って言い渡されちゃったんだよね~」
気まずそうに『たはは』と笑う智美。
「……少しは抑えろよな?」
「……イヤ」
「イヤって……」
「もう良いじゃん! ともかく、ヒロ! 早くかえ――」
「――浩之ちゃん! 一緒に帰ろ~」
喋りかける智美の声を遮るように、教室内に声が響き渡った。その声に後ろを振り返ると、そこには笑顔で――口の端がひくひくと引き攣りながら、それでも笑顔でこちらに声を掛ける涼子の姿があった。
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