5巻発売記念! なろう特典SS『桐生さんと恋人のハードル』
本日、第五巻発売です!! そして、最終巻になります!! 特典付きの書店様でご購入して頂いた方もおられるでしょうが、疎陀、田舎者ですので……特典付き書店様が近場に無くて……という言葉も五回目、そして最後になります!
全国一億人の田舎在住の方、同じ苦しみを味わっているんじゃないかと思いまして、折角なので『なろう』だけの特典SSです! 時間軸はエピローグ後、付き合いだした二人の話になります! なので、出来れば五巻を読了後に、少しのおまけ気分で読んで頂ければ! 購入して頂いた方も、まだ購入されてない方も、WEBだけで楽しむぜ! という方もお楽しみ頂ければ幸いです!!
「おはよう、東九条君」
土曜日の朝、いつもよりはゆっくり目に起きた俺が欠伸を噛み殺しつつリビングに向かうと、微笑を浮かべた桐生が出迎えてくれた。その笑顔があんまりに可愛くて――そして、こんなかわいい子が彼女か~という幸福に、思わず俺の頬も緩む。
「……どうしたの、東九条君? ニヤニヤして?」
「……せめてニコニコと言ってくれない?」
あれ? そんな気持ち悪い顔してた、俺?
「あら、そう。それじゃ聞き方を変えるわ。どうしたの、そんなにニコニコして。何か良い事でもあった?」
「朝起きて、可愛い彼女に『おはよう』って言われたからな。これ以上幸せな事も早々ないんじゃないか?」
「…………燃費がいいわね。これくらいで『幸せ』なんて」
ツンっとしたような表情を浮かべて、でも顔を真っ赤にした桐生の表情から満更でも無い事が分かる。ああ、違った。
「……もう! 朝から嬉しい事言うなぁ~。幸せになっちゃうじゃない!」
トコトコとこちらにやってきて、俺の胸にポフッと顔を埋めるという行動でも示してくれました。そんな桐生の姿が嬉しくて、俺は胸の中の頭を優しく撫でる。
「幸せになるのは良い事じゃないか?」
「良い事だけど……なんか、不安じゃない」
「不安?」
不安って……
「……信用無いかな、俺?」
……まあ、色々と桐生には不安……不安? まあ、あんまり面白くない展開になったもんな。そりゃ、不安になる事もあるかも知れない。これからは俺がしっかりしないと! と改めて決意を固めた俺の胸の中の桐生が、クスリと笑った。
「まさか。信用も、信頼もしているわ」
桐生はフルフルと首を左右に振って見せる。
「今の幸せな気分は東九条君がくれているものよ。東九条君が居なくなったら――とかそんな事は考えていないわ。あ、貴方はずっと私の側に居てくれるのよね?」
「……勿論だ」
腕の中の桐生をぎゅっと抱きしめる。少しだけ擽ったそうに、それでいて嬉しそうに俺の胸に頭をグリグリと擦り付ける。なんか猫みたい。
「だから、貴方が私の側からいなくなる心配はしていないわ。貴方はきっと私との約束を守ってくれるもん。だから、そんな心配はしていないの。していないんだけど……」
そう言って少しだけ、言い淀む。どんな言葉が桐生から飛び出すか、少しだけの不安を持って桐生の言葉を待って。
「…………学校、違うクラスじゃない? 貴方に逢える時間が少なくなるって事で……正直、耐えられる気がしないのだけど。授業に身が入るかどうか……不安だわ」
「……はい?」
恐らく、間の抜けた声が出たのだろう。そんな俺の声に、胸の中からぬるっと顔を出した桐生がきつめの視線をこちらに向ける。
「な、なによ、その顔!! ええ、ええ! バカみたいって思ったでしょうね! 私だって『どこのバカップルだよ』って思ったわよ! でもね、でもね? 本当に寂しいんだもん!」
「ああ、いや! わ、悪い! 別に馬鹿にしたわけじゃないんだ! 馬鹿にしたわけじゃないんだけど……」
いや、本当に。本当に馬鹿にしたわけじゃないんだけど……え、ええ~。
「……お前、俺の事好き過ぎかよ」
どこのイケメンの言葉だよ、って言葉が俺の口から出て来た。いや、お前、何様だって俺も思うけど……
「……ええ、ええ、そうよ! 私は貴方の事が大好きよ! 一秒だって離れたくないくらいにね!」
そんな俺の胸の中に先ほど同様、顔を埋めてぐりぐりを再開する桐生。が、それも一瞬、桐生は視線を上げて不安そうにこちらを見やる。
「……その……貴方は違うの、東九条君? 私の事、そんなに好きじゃない?」
「んなワケねーだろう。大好きだし……離したくないって俺も思ってるよ」
心持、腕の力を強める。『あっ』と小さく息を漏らし、幸せそうに桐生は微笑む。
「……嬉しい。私も大好き」
「……なんかお前、ぐいぐい来るな?」
「イヤ?」
「いや、嬉しい」
嬉しいんだけど……ぐいぐい来るなって。そんな俺に苦笑を浮かべ、桐生は口を開いた。
「……思ったのよ。今回、その……離れ離れにされそうになったじゃない?」
「……すまん」
「ひ、東九条君のせいじゃないわよ! せいじゃないけど……その、言葉がちょっと足りなかったかな? とは思ったのよね。勿論、それは私もよ。東九条君の事が好きなら好きって、もっとはっきり言っておけば良かったんだなって。そうすればお父様もあんなことを考えて無かっただろうし……」
「……まあ、そうだよな。俺が色々考えすぎたせいで」
「本当に貴方の事を責めている訳じゃないのよ? それに、過程はどうあれ最高の結果だもん。文句は無いわ」
そう言って優しい微笑を浮かべて桐生は俺の胸に頬を当てる。
「でも……そうは言っても私たちは違う人間よ。だから……これからは思っている事は素直に口に出していこうと思うの。嬉しいも、悲しいも、辛いも――」
――大好きも、と。
「だから、私は貴方には本音で話していきたいなって。大好きって伝えるの、少しだけ恥ずかしいのよ? 恥ずかしいけど……それで貴方とすれ違ったりするのは悲しいもん。だから、東九条君? 私は貴方の事が大好きだわ!!」
にっこり微笑み、そう言って見せる桐生。その姿に、俺の頬はゆるゆると緩む。そりゃそうだ。愛しの彼女にこんな事言われて、嬉しくない筈が無いだろ? だから俺は。
「――彩音」
――それは、俺らの中で決まったルール。
『い、いきなり名前呼びは恥ずかしいから……そ、その……こ、『恋人っぽい』事をする時限定から始めて……じょ、徐々に慣れていく方向で……』という桐生の意思を尊重したこのルールだ。『恋人っぽい事をしている』今の状況なら、きっと『なに、浩之?』と声が返ってくると思って。
「――え? な、名前呼び!?」
……え?
「……なんでそんなに驚いてんの?」
「だ、だって! な、名前呼びは恋人っぽい事をするときって!!」
…………え?
「……これ、恋人っぽくないか?」
「こ、恋人っぽいと言われればそうかも知れないけど……で、でも! お付き合いする前から、こう……結構普通にやって貰ってたって言うか……私にとっては、その、これはこ、恋人っぽいというか……ただ、貴方に甘えているだけって言うか……い、いえ、嬉しいのよ! 嬉しいのだけど、貰ってばっかりって言うか……ああ、何を言っているのかしら私!?」
急な名前呼びにパニックになったか、桐生が俺の腕の中で『あわあわ』し出す。
「……彩音の恋人ハードルよ」
……まあ、確かに? 公衆の面前で頭を撫でているし、後ろからハグとかもしたしな。確かに恋人になる前からしてることばっかかも。にしてもハードル高いな、おい。
「だ、だから! 恋人っぽいことは――――あ……んぅ」
最後まで、喋らせてなんてやんない。物理的に口をふさいだ俺に、潤んだ瞳で見上げてくる彩音。そんな彩音の頭を優しく撫でて。
「……これは恋人っぽい事じゃないか、彩音?」
「……バカ」
「イヤだった?」
「イヤじゃないに決まってるじゃない。でも……不満よ?」
「不満?」
「ええ。一回じゃ足りないわ」
浩之、と。
「何度でも、お願い」
「仰せのままに、お姫様」
「あら? 守って貰ってばかりのお姫様なんて、私には似合わないと思わない? 私に似合うのは」
――『悪役令嬢』でしょ? と。
楽しそうに微笑んだ後、目を瞑り顎を上げる彩音の唇に、俺はもう一度自身のそれを落とした。
それでは皆様、今までお付き合いいただきありがとうございました! 『えくすとら!』はもうちょっと続くので、宜しければそちらも是非!!