第三十七話 幕間。或いは、東九条君がただ幸せなだけな話
初心に帰ろうと思ってすし娘さんの『らぶれたー』聞いてたら書きたい欲が高まって書いちゃった。あの歌をヘビロテしながら桐生さん書いてたからか、ダメなんです。書きたくなっちゃうんです。
……という訳で、更新難しいと言ったな。アレは嘘だ!
「……ふわぁ……ねむ……ちょっと寝坊したな……」
俺、東九条浩之の朝は早い。毎朝五時に起きて朝ごはんの準備をするからだ。今日はちょっと寝坊して五時半になったけど。
「……さて。今日はなに作るかな~」
いやね? 朝ごはんは当番制にしたんだが……桐生さん、朝が弱すぎて起きれないの。だからまあ、美味しい物が食べたかったら自分で起きて作らなくちゃいけないってワケで。
「……なににしよっかな~……ああ、そういえば桐生、アレ食べたいって言ってたな。簡単だし、アレにすっか」
桐生の所望する『アレ』とは某天空の城のアニメに登場するトーストの上に目玉焼きを乗せてある例のパンである。先日テレビであの番組をやっているのを見た桐生が目をキラキラ輝かせて『東九条君! アレ、食べたい!』と言っていたのを思い出した。
「材料、あったよな?」
冷蔵庫を開けて中を確かめる。ええっと……ああ、あるな。お! ベーコンもあるじゃん。んじゃこれも使って、と。
「……」
ベーコンをフライパンで軽めに焼き、皿の上に置いておく。次いで、パンにバターとマヨネーズ、マスタードを順々に塗っていき、その上に先ほど焼いたベーコンを置き、そのベーコンを隠すようにスライスチーズを一枚乗っける。後は、目玉焼きを焼いてブラックペッパーを掛ければ完成だ。
「……って、コレだけじゃ寂しいよな」
簡単すぎるよな、流石に。まあ朝だしこれでも良いんだが……スープでも作るか。
「ええっと……あれ? かぼちゃがある?」
いつ買ったかな、こんなの?
「ま、いっか」
野菜室の奥から発掘された半分のかぼちゃを引っ張り出す。色合い的に問題なさそうだし、今日はこいつを使うか。
「ええっと……まずはラップをして、と」
ラップしたまま電子レンジに放り込んで軽くチン。種と皮を取り除くと、ざく切りにして鍋に放り込んでしばし煮る。良い感じにかぼちゃが柔らかくなったら火を止めてお玉の底ですり潰してペースト状に。その後は牛乳入れて、もう一度温めて……
「……うし! 完成!」
東九条浩之特製、カボチャポタージュだ。いや、特製というほど大したものでは無いが。後は胡椒で味を調えれば完璧。
「……にしてもアイツ、遅いな?」
既に時刻は六時を回って半に近付きそう。普段ならまだゆっくり出来る時間ではあるのだが。
「……アイツ、今日日直って言ってなかったか?」
確か昨日の夜、『明日は日直だから早く起きるわ!』って言ってた気がする。時間無くなるぞ、おい。
「……しゃーない」
エプロンを外し、俺はリビングを後にして廊下へ。リビングの向かい側、桐生の部屋の前に立つ。
「……鍵、開いてるんだよな~」
『朝は弱いから起きて来なかったら起こして!』って言ってたもんな。確かに、毎朝起きて来た桐生は殆どゾンビみたいなノロノロした動きをしている気がするが……良くもまあ、小さい頃は六時に起きてジョギングなんかできたもんだ。豪之介さんの苦労が偲ばれる。
「……うし!」
一つ気合を入れてドアを開ける。カーテンで遮光された部屋は薄暗く、若干肌寒い。ぶるっと身震いしながら、俺は桐生のベットの側まで移動した。
ベットの上では桐生が小さく寝息を立てている。寝息に合わせて、決して大きいとはいえないものの、女性を主張する二つの双丘が……まあ胸だが、規則正しく上下に動いている。
「……」
桐生の顔を覗き込む。まつげが長く、まるで天使の様な愛らしい寝顔。
「……コイツ、マジで綺麗な顔をしてるよな?」
なんとなく、当初の目的も忘れてぼーっと桐生の、その綺麗な寝顔を見つめてしまう。
……きっと、それがイケなかったのだろう。
不意に、桐生の両目がゆっくりと開かれていき、俺の両目とばっちりと目が会った。
……はい、みなさん。今の状況をもう一度整理してみましょう。
場所 → 桐生の部屋。
桐生 → ベッドで寝ている。
俺 → その桐生を見下す形で顔を覗き込んでいる。
結論 → 許嫁の部屋に忍び込んでその寝顔を見つめる気持ち悪い男がいる事案発生。
止まってはくれない時間。固まる俺。叫びだす桐生。そんな想像が一瞬の内に俺の頭の中を駆け巡る。
「ご、誤解だ桐生! 俺はただ、お前を起こそうとしただけでだな!」
桐生が声を上げる前に機先を制さんと俺が声を上げる。
そんな俺をじーっと見つめ、桐生がベッドから起き上がろうとする。俺は慌てて桐生から距離を取り、じっと息を潜めてその様子を見守った。上半身を起こすと、きょろきょろと辺りを見渡し、再び俺に視線を固定する。
「……ひがしくじょうくん?」
「……はい」
南無三……! 頼む、誤解だけはしない――
「……ひがしくじょうくんだぁ!」
「……はい……はい?」
ぱーっと花が咲いた様な笑顔を浮かべながらトテトテと可愛く歩いてくると、桐生はぽふっと音がしそうな程、軽やかに俺の胸に飛び込んで来た。ちなみにパジャマは猫の柄。少し桐生にはサイズが大きい上に寝乱れているせいか、あちらこちらから下着が覗いていたりする。
「……え……っと……?」
いまいち状況が掴めない。何だこれ?
桐生は相も変わらず俺の胸ですりすりしている。たまに顔をこちらに向けて、にっこり笑い、また俺の胸に顔を埋める。ふんわりと香る香りがマジでヤバいです。あと、物凄く柔らかいんですけど! どことは言わん。何処とは言わんが……エマージェンシー、エマージェンシー!!
「ひがしくじょうくん~。うれしいー。あさからひがしくじょうくんにあえた~」
幸せそうにそんな事をのたまう桐生さん。
「……いや、毎朝逢ってるんですが、それは」
「ひがしくじょうくーん~」
「……聞いちゃいねーし」
……寝起きが悪いのは知っていたが、流石に此処まで寝起きが悪いとは。いや、いつもは目的もなく歩くゾンビだったが、今日のコイツはアクティブなゾンビだ。なんだよ、アクティブなゾンビって。
「ひがしくじょうくーん……」
……うん、ぶっちゃける。正直結構嬉しい。正直結構嬉しいが、何時までもこのままの状態は色々とまずい。俺の理性もそうだし、何より桐生が正気になった場合のリスクが大きすぎる。
「あー……もしもし? 桐生さん?」
「ん~?」
「ん~じゃ無くて……」
「なーに? おはよーのちゅー、してくれるの?」
「……なに言ってるの、お前?」
いいのか? するぞ!
「あのね、あのね? まいあさ、おはよーのちゅーをひがしくじょうくんがしてくれるゆめをみてたの~。すっごくしあわせだなーっておもってたんだぁ。そしたら、めがさめたらひがしくじょうくんがいるでしょ? これはまさゆめなんだーって」
「……」
「おはよーのちゅーをしたらね? かえるのひがしくじょうくんがおうじさまになって、おひめさまのわたしはどらごんになってしあわせになれるんだよ? だから、ちゅー、しよ?」
「……ホントになに言ってんの、お前?」
あかん、完全に寝ぼけてらっしゃる。
「もう六時半ですよ、桐生さん? 起きたらどうですかいね?」
「ろくじはん?」
そう言って俺の胸から顔を離し、じーっとこちらを上目遣いで見つめる。とろんと潤んだ瞳。
……その眼に徐々に生気が戻って来た。
「……東九条君?」
「……はい」
「何で……東九条君がいるの? ここ、私の部屋……よね」
「今日日直だって言ってただろ? 一応言っておくけど、勝手に入って良いって言ったの、お前だからな?」
「……ああ、起こしてくれたの。ありが――」
そこまで喋りかけて、桐生が自分の状態に気付く。下着は見えてるし、俺に抱きついている、今の現状に。
「……」
――加えて、思い出したのだろう。先程までの自らの言動の数々を。
「……き」
「……ああ、うん。分かる」
恥ずかしいんだろうな~って事は。
「――――きゃぁあああああああああああああああああーーーーーーーーー!!!」
慌てた様に俺から離れると、ベッドにダイブ。そのまま布団を頭から被り身を隠す桐生。
「……落ち着いたら出て来いよ。遅刻するから」
布団を被ったまんまジタバタする桐生を視界に納め、俺は桐生の部屋から出ると、後ろ手でドアを閉めて。
「……毎朝起こしに来ようかな?」
「来るなっ! 東九条君は二度と来ちゃダメ!」
おっと、心の声が漏れてしまったようだ。役得だったのに……残念。
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