えくすとら! その二百二十九 可哀想なのは桐生さんかも知れない
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
「……ほれ、桐生。戻って来い」
頬に手を当てて『やんやん』とばかりに身を左右に捩る桐生の頭をポンポンと叩く。叩かれた桐生は『はっ』という顔をした後、少しだけ恥ずかしかったのか頬を赤く染めてコホンと一つ咳払い。
「……ごめんなさい、東九条君。ちょっと……トリップしてたわ」
「……トリップて」
いや、確かにトリップしていたけど。どんな幸せ妄想――ああ、イイや。大体分かるし、なんかその話を聞いたら俺もニヤニヤしそう……じゃなくて。
「桐生も聞いてたか?」
俺の言葉に桐生はこくんと頷いて見せる。良かった。聞いてたか。
「え、ええ! 聞いていたわ! アレよね? 茜さんが何時か私の義妹になる話よね!」
「桐生、そっちじゃない」
……聞いてなかったか~。
「茜の話じゃない。いや、まあ茜の話だが……コイツ、秀明が北大路と一時間バスケをするのも許せないってさ。どう思うよ、これ?」
じとーっとした目を茜に向ける。暴虐の限りを尽くす狂犬の茜といえども、流石にこればっかりは自身が悪いと悟っているのか、気まずそうに視線を逸らす。おい、視線を逸らすな。
「一時間のバスケ……ええっと……え? 一時間なの? もうちょっと北大路君と……それこそ半日くらいは遊んでいるのかと思っていたんだけど」
少しだけ意外そうな顔をして見せる桐生。だよな? 俺ももっと長い間遊んでいるのかと思ってたんだけどな?
「……茜さん? 流石に一時間くらいは許して上げられないかしら?」
「……でも」
「茜さんの気持ちも分かるのよ。折角京都にまで逢いに来てくれたなら、ずっと私の為に時間を使って欲しい気持ち……私も良く分かるわ」
「……彩音さんには分かりませんよ」
「茜さん?」
「彩音さんには分かりませんよ! だって彩音さん、おにぃと一緒に住んでいるじゃないですか! 遠距離恋愛の辛さは……彩音さんには分かりませんよ」
少しだけ悲しそうに、俯きながらそういう茜。そんな茜の反論に、少しだけびっくりした様な顔を浮かべた後、桐生は茜の頭を優しく撫でた。
「……すみません、彩音さん。その……凄く、失礼って言うか……ご、ごめんなさい!!」
「いいわ、気にしていない。それに……そうね? 茜さんの言うとおりね。確かに私には遠距離恋愛の辛さは分からないわ。おはようからおやすみまで、暮らしを見つめる東九条君ですものね。確かに遠距離恋愛の辛さは分からないわ」
「……彩音さん」
よしよし、とばかりに茜の頭を撫でる桐生。桐生は美人だし、茜も……実の妹にこういうのはなんだが、まあ整った顔をしている。なんだか仲良し姉妹の様で、ほっこり――
「それに……分かるわよ、茜さん」
――あれ? なんかこっち向いた桐生の視線が……
「ちゃんと愛されているのは分かる。大事にされているのも分かる。でも……よそ見されるのがつらい『乙女心』は私にももう、じゅーぶんに分かるから!」
そう言って相も変わらず茜の頭をなでなでしながら……絶対零度の視線を向けてくる桐生。
「考えても見なさい? 東九条君が素敵な男性であることは認めるわ。彼に私以外の女性が惹かれるのもまあ、仕方が無いと言えるでしょう」
「え、えっと、あ、彩音さん? な、なんか怖いんですけど……」
桐生の雰囲気が変わったのが分かったのか、茜が――あの茜が、少しだけ怯えた様子を見せる。や、やばい。狂犬が怯えるってなんだよ。狼なの? 野生の狼なの?
「涼子さんとは遊園地デートをして、リハビリということで瑞穂さんとバスケの練習をして……こないだは知っているわよね? 東九条君、明美様のパートナーとしてパーティーにも参加したのよ!! パートナーとしてよ、パートナーとして!!」
「ひ、ひぅ! あ、彩音さん!? お、落ち着いて!! 落ち着いてください!! っていうか、おにぃ! 何してんのよ!! 明美ちゃんのパーティーと、瑞穂のバスケはまあ、分らなくもないけど……涼子ちゃんとデートってなに!? デートは不味いでしょう、デートは!!」
「ご、誤解――ではないけど……む、無罪――とも言わんが!! 色々事情があるんだよっ!!」
マジで。無罪とは言わんよ? 無罪とは言わんが、色々事情があるんだよっ!
「なによ、『色々事情がある』って!! それ、浮気者がいうやつじゃん!! うわ、おにぃ、サイッテー!!」
うぐぅ! 妹の視線と言葉が胸に突き刺さる。
「……いえ、茜さん? それに関しては良いの。私も……まあ、理解しているし。許したのも私。だから、それについて東九条君を責めるつもりは無いの。東九条君の交友関係も知っているし……幼馴染と」
「……今、思いっきり責めて――」
「責めるつもりはないのっ!!」
「――はい」
浩之、貝になります。
「でもね? 『納得』しているかっていうと……それはまた別の話でしょう?」
「……はい」
「茜さんも分かる――『理解』はしているわよね? でも、『納得』は出来ていない。古川君だって、北大路君と一緒にバスケはしたい。その気持ちも分かるけど……でも、折角一緒の時間が過ごせるなら、私を優先して欲しい」
「……そうです」
「だから、その気持ちは痛いほどわかるの。でもね? そこを少しだけ我慢するのが」
イイ女よ? と。桐生は少しだけ笑顔を見せた後で。
「……そもそも北大路君、男の子じゃない。よく考えたら私の方が可哀想だと思わないかしら?」
「…………済みませんでした、彩音さん。生意気言いました。後、おにぃには後で教育的指導しておきます」
遠く見つめる視線の桐生と、俺を睨みつける茜の視線から逃れるように、俺はそっと視線を逸らした。




