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第三十三話 『悪役令嬢』、その涙の理由は。

やっと此処まで来た……長かった……


 屋上から駆け下り、一路校舎裏へ。途中、二度ほどこけそうになりながらも急ぐ。自分でもなんでこんなに急いでいるのか分からないながら、それでも一刻も早く校舎裏へ駆けつけないとと、前から来る人を避け、『東九条! 走るなっ!』という先生の声を無視して走る。ようやく校舎裏が見えて来たところで、声が聞こえて来た。

「ちょっと! 聞いてるの、桐生さん!!」

「そうよ! なんとか言いなさいよね!」

「可哀想だと思わないの? 美幸、ずっと好きだったんだよ、中山君の事! 横取りなんかするんじゃないわよ! 美幸、貴方も何か言いなさい!」

「う、うん。桐生さん! な、中山君を盗らないでよ! どうせ色目かなんか使ったんでしょうけど、貴方には中山君は似合わないわ!」

 話の展開は……まあ、読めないワケじゃない。恐らく、その中山君という件の男の子、桐生の事を憎からず思っており、そんな中山君の事を美幸さんとやらは好きだったんだろう。なんの事はない、単純な痴情のもつれか。

「……」

 ……まあ、これなら然程問題無いか。瑞穂のヤツ、『桐生先輩が〆られる』ぐらいの勢いで来たからちょっと焦ったが。

「……まあ、常識で考えて無いか」

 そうは言ってもウチはそこそこの進学校だ。どんなに気に喰わなくても、流石に暴力沙汰に出る事はないだろう。そう考えると少しだけ安心した俺は、むしろ中山君の事が気になって来た。だって、悪役令嬢だぞ、桐生。よくもまあ、そんな桐生を憎からず思ったものだ。勇者か、中山君。それともアレか? まさか桐生、その中山君には悪役令嬢じゃない表情を――



「ごめんなさい……中山君って、誰だったかしら?」



 ――うん、見せて無いな。つうか、そもそも認識すらしてないじゃねーか、アレ。そんな桐生の言葉に、美幸さんとやらがヒートアップする。

「な、中山君よ! ホラ! 野球部の次期エースの! なに知らないフリをしてるのよ! とぼけないで!」

「別にとぼけてなんかいないわよ? 単純に記憶に無いだけ」

「き、記憶にない!? 馬鹿じゃないの! そんな言い訳、通じると思う?」

「言い訳じゃなくて、本当に記憶に無いのよ。私、正直記憶力は貴方たちよりある方だと思うけど……そうね、印象の薄い人なのかしら?」

「印象薄い訳ないでしょ! 野球部の次期エースよ!」

「ごめんなさい。別にそんな肩書、これっぽっちも興味は無いわ。だから、その……清水美幸さん、だったかしら? 貴方の好きな人を盗る事なんてしないから、どうか安心してくれるかしら? 私、興味ゼロだから」

 朗報。『美幸さん』の名字が清水だった件。正直、クソどうでも良い。

「ふ、ふざけるんじゃないわよ! どうせそんな事言いながら色目でも使ったんでしょう!」

「なぜ私がそんな事をしなければならないのよ? さっきも言ったでしょ? 興味なんてカケラも無いの」

「嘘よ!」

「……どうすれば良いのよ」

 聞こえてはこないが、桐生の疲れた様な言葉からため息を吐いたであろうことは想像が付く。あかん、桐生。それ、逆効果のヤツや。

「っ! なによ! ちょっと可愛いからって調子に乗って!」

「あら? 別に調子には乗って無いわよ? 私が可愛いのは事実ですもの。そうね、この際だから言っておくわ。私が可愛いのは事実で、真実。でもね? 私が可愛いのは別に生まれついて容姿が優れていた訳じゃないの。私、朝は弱いけど起きたらジョギングしてるし、甘い物や間食は控えているわ。清水さん? 貴方はそういう努力をしているのかしら? その……山中君?」

「中山君よ!」

「その中山君に好かれる為に努力をしているのかしら? 容姿を磨くためでも良いし、勉強を頑張って教えてあげるのも良いでしょう。もしくは、運動を頑張って一緒にキャッチボールをしても良いんじゃないの? 野球部なんでしょ、中山君。よろこんでくれるんじゃないの?」

「そ、それは……」

「私なら、相手に好かれる為にそこまでやるわ。本当にその人が好きならね。少なくとも、こんな所でみっともなく、情けなく、およそ考えられる最も愚かな選択肢であろう『嫉妬して相手に噛みつく』なんて事、絶対にやらない。だって、そんな事をしているのがバレたらその人はきっと、私の事なんて好きになってくれないと思うもの。私だったら絶対にごめんよ、そんな『愚かな人』は」

「……」

「そもそも、こんな事してその中山君とやらを手に入れて貴方は嬉しいの? 此処で私が『分かりました、それじゃ中山君には手を出しません』って言って、そんな私のお下がりで満足できるのかしら?」

「お下がりって……貴方、やっぱり中山君の事を!」

「脊髄反射で反応しないでくれるかしら、虫唾が走る。例えに決まってるでしょ? そんな事も分からないの? 一から十まで全部説明しないと分かってくれないのかしら? 『私はこれから、例文を出します。ですが、怒らないで下さいね? これは例えですから』って? 貴方、義務教育は終えているのでしょ? これぐらい、説明しないでも分かりなさいよね。ああ、まずは日本語から説明が必要かしら?」

「ちょ、ちょっと、あ、頭が良いからってそんな難しい事言っても騙されないわよ!」

「本当に日本語の説明から必要なのかしら? 何度も同じ説明をさせないでくれる、疲れるから。さっきも言ったけど、私が成績優秀なのは、きちんと勉強しているからよ。貴方たちがカラオケだ、カフェだと遊び歩いている間も、弛まぬ努力を重ねた結果なの。それを何? 自分たちは大した努力もせずに、人の成果にのみ着目し、羨み、妬み、攻撃するの? その中山君とやらが私の何処に惹かれたかなんて知る由も、興味も無いけど……その惹かれた部分の全ては私が、私自身が努力をして手に入れたものよ。そうね、はっきり言っておくわ? 自身を高める努力もせず、それでも成果だけは得ようとする人間なんて、人間として下等も良い所よ。そんな人間は――」

 向こうから、まるで冷気の様な『圧』が来るのが分かった。



「――唾棄すべき、人間よ? 反省して、出直してきなさい。いつでも、叩き潰してあげるわ?」



 しーんと静まり返る校舎裏。此処からは見えないが……逆に、見えなくて良かったのかも知れない。しばらくして、しゃくりあげる清水さんの声が聞こえて来た。

「み、美幸」

「そ、その……き、桐生さん! 貴方、泣くまで言う事ないじゃない!」

「あら? そうかしら? 三人で囲んで好き放題言う為に私を校舎裏に呼んだんじゃないの? 敢えて喧嘩を売るような猿みたいな真似するつもりは無いけど、売られた喧嘩は買うわよ、私?」

「だ、だとしても言い方があるじゃない! 美幸、泣いてるのよ!」

「この程度で泣くぐらいなら、最初から喧嘩なんか吹っ掛けて来なければ良いでしょう? 馬鹿じゃないの?」

「っ! も、もう良い! いこ、美幸!」

「そ、そうだよ! ホラ、泣かない! 美幸、いこ! 桐生さんなんか放っておいて!」

 そう言ってバタバタと走る足音が……って、やば!

「っ! だ、誰よ、アンタ!」

「なに盗み聞きしてるのよ……美幸! 泣かない! もう良い、行こう!」

 最後に俺を睨みながら、女子二人は恐らく清水さんであろう泣いている女の子を抱えて走る。そんな姿を見ながら。



「――誰かいるのかしら? 盗み聞きなんて、趣味が悪いわね?」



 校舎裏から声が聞こえて来る。

「……いつまでそこでこそこそ盗み聞きするつもりかしら? さっさと顔を出しなさい。どこの誰かは知らないけど、良い趣味じゃないわよ?」

「……」

「……聞こえないのかしら? さっさと顔を出しなさい!!」

 ……仕方ない。これは、出て行くしか無いか。

「……よぉ」

 流石に怖いので、そっぽを向いて姿を出す事に。そんな俺の姿に、桐生から声が掛かる。



「やっと顔をだ……し……た?」



 その声が、途中で止まる。

「……」

「……ひ、東九条君? え? み、見てたの?」

「……見てはない。聞いてはいたが……そ、その、すまん。盗み聞きするつもりは無かったんだが……瑞穂が、桐生が校舎裏に連れて行かれたって聞いて……心配だったんで、ちょっと」

「……」

「……」

「……き、桐生?」

「……」

「……え、ええっと」

「……どこ、から?」

「どこからって――って、桐生?」

 不意に聞こえる、弱弱しい声。その声は、先ほどまで同い年の女子を罵倒していた人間とはとても同じ声とは思えず、俺は桐生の顔を見て。


「――って、お前! な、なんで泣いてるんだよ!」


「ど、どこから? 答えて!!」

「いや、答えてって! それより泣き止めよ! ちょ、どうしたんだ!」

「良いから! お願い! 答えてよ!!」

 泣きながら、まるで縋る様にそう声を掛けて来る桐生。

「……『ちょっと聞いてるの』って所から。まあ……たぶん、殆ど最初からじゃねーか」

 俺の、その言葉に。



「――っ!」



 なにも言わず……瞳に涙を湛えながら、桐生は俺の横を通り過ぎて走り去った。




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