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えくすとら! その二百十九 桐生彩音、その心の成長の証


「……え? ちょっと待って? 琴美さん……それ……ふ、フルコンボ?」

 先ほどまで神妙な顔でうんうん頷いていた桐生さん。『いやいや、そうじゃない!』と思い直したか、少しだけ慌てた声で西島に話しかける。そんな桐生に声を掛けられた西島、少しだけ照れた様に頭を掻いた。

「いや~、お恥ずかしい。下手くそなプレイを見せてしまって……まあ、経験者なので? これぐらいは普通に――」

「いや、おかしいでしょう!? け、経験者だったとしても、『鬼』よ、これ!? な、なんでフルコンボなんか……」

 驚愕の表情を浮かべる桐生。そんな桐生に俺もうんうんと、先程の桐生の様に頷いて見せる。うん。あれで下手くそとか煽ってんのか? と思って西島の顔を見るも……あ、あれ?

「え? で、でもそんなにですよ!? 下の姉とか、これよりも難しい譜面を普通にフルコンボですし! しかもスコア、私よりもいいですから!!」

「……何者なのよ、貴方のお姉さん」

「普通――ではないですかね? 折が丘に通っている、全国模試で二桁取る才女です」

「……只者じゃないことだけは分かったわ……」

 桐生の疲れた様な声が響く。折が丘高校、通称『オリコウ』はこの辺――というか、県下でもナンバーワンの公立の進学校だ。東京のあの有名大学とか、京都のあの有名な大学とかにバンバン合格者を出す進学校だ。

「……すげーな、お前の姉ちゃん」

「下の姉は勉学面に優れていて、運動神経はそこまでなんですが……なぜか、音ゲーだけははちゃめちゃに上手くてですね?」

「運動神経、関係あるの?」

「あんまり無いかも知れないですけど……でも、目で追った譜面に手が追いつくにはある程度の経験とカンも必要でしょうけど、運動神経的なものも関係するんじゃないかと思うんですよね? ちなみに有名なダンスゲームも、滅茶苦茶上手いです。ですが、普通のダンスは全然ですね。有名なダンスのショート動画、あるでしょ?」

「あるな」

「『ちい姉、これ踊って見て?』と言うと……なぜか、上半身が常に阿波踊りみたいになっています」

「……マジか」

「阿波踊りを馬鹿にするつもりは無いんですが……キレとか、スピード面で……」

「……まあな」

 アレはアレで難しいと言うか、キレのある踊りだとは思うんだが……ショート動画でビシビシ踊る系に比べたら、比較的動きも緩やかだしな。

「……なのに、足だけはこう……きちんとステップ踏んでいるので……はっきり言って、違和感が半端ないんですよね」

「……」

「端的に言って、マジでキモイんですよ、ちい姉のダンス。いや、アレをダンスって言うのはダンスに対する冒涜ですね」

「……そこまで言うか」

『思い出したら鳥肌立っちゃった』と言いながら自身の腕を摩る西島。そこまでか……

「と、ともかく、これで一勝一敗ね! 最後の三曲目、行きましょうか!! 正々堂々勝負よ!!」

 そう言って俺の肩をポンと叩く桐生。え? 俺? そんな俺に、桐生は一つ頷いて見せる。

「そうよ、さっきは私が戦ったんだから、今度は東九条君と北大路君の対決じゃない!! 一対一の接戦だし、最後はきっちりと決めて来なさい!!」

 そう言って、バンと俺の背中を叩く桐生。いてーよ。いてーけど……

「……いや、桐生? 桐生さん? そこはお前さんがリベンジに行く展開じゃないのか?」

 意外でもなんでもないが、負けず嫌いな桐生の事だ。『つ、次は負けないわ!』と、西島に再戦を挑むと思ったのだが。そんな桐生が、だぞ? このままみすみす負けっぱなしを許すなんて物凄く違和感が――西島姉のダンスくらい違和感がある。まあ、西島姉のダンスは見た事ないが。

「……いや、アレは無理よ。流石にこの一回の経験で琴美さん程のバチ捌きを見せる自信は無いわ」

「……まあ、俺も桐生の腕が八本になるのはちょっとだけど」

 何がちょっとって、コイツ、ハマり出したらヤバいからな。なんか毎日、『東九条君! 今日もゲームセンターに行くわよ!』みたいな展開になりかねんし、仕舞いには『見て、東九条君! これで家でも練習できるわ!!』とか言って、ゲーム機ごと買ってきかねん。いや、ゲーセンデートとか、お家でゲームデートも駄目ではないんだけどね?

「ともかく……私と琴美さんでは勝負にならないわ。でも、貴方と北大路君なら? きっと、いい勝負になるし、しかも貴方、一回勝ってるじゃない! なら、貴方ならきっともう一度勝てるわ!!」

 良い笑顔でそういう桐生。まあ、期待されるのは悪い気はしないんだが……

「……具合でも悪いのか、桐生?」

「……どんだけ負けず嫌いって思われているのか分かるセリフね。快調よ。むしろ、今までで一番気分がいいくらいかしら」

「負けたのに?」

「良いのよ。『私は』確かに負けたかも知れない。でも、『貴方が』勝ってくれれば」



 ――二対一で『私達』の勝ちよ、と。



「……全部、自分一人でやるのはもう、止めたの。私には頼りになるパートナーも居るし、頼りになる友人もいる。頼りになる後輩もね? だから……もし、私が負けたとしても、貴方が勝てば、それは私の勝ちよ?」

 知ってるでしょうに、と可笑しそうに笑う桐生に、俺の頬も緩む。いつも一人で戦って来た桐生が、皆の力を借りる事を良しとしなかった桐生が、そもそも『皆』が周りにいなかった桐生の、その成長があまりに嬉しくて。



「……あれ、いちゃいちゃしてるってやつちゃう、西島さん?」

「そーね~。あれ、いちゃいちゃしてるね~。なんかそこはかとなくムカツクし、次のゲームも私がやっても良い?」

「あー……まあ、ええよ? 俺じゃ勝負にならんやろうし……西島さん、頑張って!!」

「任せて!! 『わたしたちの~、しょうりよ~』なーんて言ってるバカップル、けちょんけちょんにして見せるわ!!」



「……空気読めよ、お前ら」

『自分たちの空気を勝手に作り出す癖に何言ってんだか』との西島の発言に、俺と桐生は沈黙するしかなかった。え? 結果? ボロ負けですけど、何か?


タイトル詐欺、タイトル詐欺

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