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えくすとら! その二百十八 いや、やっぱ多才は多才なのよ


 鬼モードの桐生に二人で目を見合わせてため息を一つ。俺は黙って筐体の横をカンカンと叩き『鬼』と書かれたモードに合わせる。そんな俺に倣う様、北大路も鬼モードへ合わせてこちらに視線を向ける。

「……これでエエですか?」

「ああ。済まんな、北大路。桐生に付き合わせる形になって。後で百円、返すから」

 だってこれ、絶対に楽しめねーぞ? 流石に北大路が可哀想過ぎるだろう。

「いや、それは別にええんですけど……っていうか百円返す言う程に楽しめへん感じなんです?」

 心持、イヤそうに顔を歪める北大路に曖昧に頷きながら、俺は画面に視線を向ける。やがて、筐体からは聞きなれた懐かしい音楽が聞こえてきて。

「……へ? ちょ、ちょっと!? な、なんですかこれ!? え? えええ!?」

 ……隣から聞こえて来たのは北大路の悲鳴にも近い声だった。うん、わかるよ北大路。これ、マジでえぐいよな!? ちょ、なんだよこれ!! 譜面の赤丸と青丸が滅茶苦茶重なってるんですけど!? え? これ、マジで手が六本くらいないと叩けなくないですか!?


『もっと練習が必要ッカ!』


 やがて曲が終わる。まるで精も根も尽き果てたと言わんばかりの顔を浮かべる俺と北大路に、筐体の画面に映ったキャラクターが怒った様な顔でそう言ってきやがる。うるせーよ。

「……お、お疲れ、北大路君」

 そんな北大路の肩にポン、と西島が手を置く。西島のその動作に、北大路が緩慢な動作で顔を上げた。

「……ごめんな、西島さん。これ、俺の負け……よな?」

 画面上に映し出された点数は僅差で俺の勝ち――だけどさ?

「やったわ、東九条君!! 勝ちよ、東九条君の勝ちよ!!」

 無邪気に笑う桐生。いや、桐生さん? 見てた? これ、完全に泥試合だよ? 勝ちって言っていいのか、これ? 正直、両者KOなんだけど?

「……とんでもないクソ試合だぞ、これ? スコアレスドローみたいなもんじゃね?」

「なに言ってるのよ! 勝ちは勝ちよ!! やったわね!!」

「……なんでそんな良い笑顔を浮かべられるのかわかんねー」

 たかがゲームで、とは言わないよ、俺も。ゲームでも良い勝負して勝ちなら嬉しいし。じゃないと藤田とあんなに盛り上がらねーしな。

「これ、三ゲームでしょ? 次も勝ってね、東九条君!!」

「……正直、俺はもう良いかな。北大路は?」

「俺もこれ以上はちょっと、ですかね? せや! 二ゲーム目、西島さんやらへん?」

「え? 私?」

 北大路に言われてきょとんとした顔をしながら自分を指差す西島。そんな西島に北大路は頷いて見せる。

「ああ。これ以上、このゲームでお金使うのも勿体ない言うか……ねえ、浩之さん?」

「まあな。流石に鬼モードじゃ俺も北大路も楽しめないだろうし……」

「……ある意味楽しかったですよ? あたふたしている北大路君も可愛かったですし……東九条先輩は、なんというか……哀れでしたし」

「哀れって」

「そんな東九条先輩を一生懸命応援している彩音先輩は可愛かったですし! だからまあ、私――私達的には楽しかったんですけど……どうします、彩音先輩?」

「……そうね。流石に初心者に鬼は難しかったかもしれないわね。ごめんなさい、二人とも。弁償するわ」

 ぺこっと頭を下げる桐生に慌てて北大路がフォローに入る。

「い、いえ! まあ、ちょっと情けない所を見せてしまいましたが、お二人が楽しんでくれはったなら体張った甲斐もあったと言いましょうか……ね、ねえ、浩之さん!!」

「……まあ、楽しんでもらったなら良かったとしようか。北大路じゃないけど、体張った甲斐もあったってもんだ」

 発想が完全に芸人さんのそれだが。まあ、百円弁償して貰う程の話じゃないし、折角のデートで桐生に負い目感じさせたままってのもな。

「それじゃほれ、俺の分は桐生がやって西島と勝負しろ。そんで、タイテツを簡単って言った事を後悔しろ。これ、予想以上に難しいからな。それで俺も桐生の姿で笑わせて貰ってチャラだ」

「……分かったわ。でも、一つだけ訂正させて。私は笑ってなんかないわ。さっき琴美さんも言ったでしょう? 私は貴方を応援してたの。だって、どんな貴方だって」



 格好いいんだから、と。



「……此処でその言葉は聞きたくないかもな」

「どうして?」

「格好悪かったから」

「ふふふ。それじゃ、今度のゲームでは格好いい所、見せてね?」

 ウインクをして俺からバチを受け取ると、桐生は画面の前に正対して見せる。そんな桐生の隣に『うへー』顔を浮かべた西島が口を開く。

「何処でもかしこでもいちゃつくの止めて貰って良いですか?」

「あら? 貴方達もすれば良いじゃない? それに……これ、デートでしょ? なら、恋人同士のいちゃつきくらいは許しなさいな」

「ついに照れも無くなって来ましたか」

「恥ずかしいのは恥ずかしいのよ? でも……デートだし」

「はいはい。それじゃ始まりますよ、彩音先輩。胸を借りるつもりで頑張ります」

「ええ、かかって来なさい!!」

 初心者の癖に偉そうな桐生。だがまあ、桐生のセンスというか、才能ならなんか簡単にこなしそうではある。バイオリンとかやってたらしいし、『音』に触れる意味では俺らより上かも知れんしな。そんな俺の予想がどうなるか、そう思って流れてくる音楽に耳を傾け、視線を画面に向けて。



「「…………ば?」」



 俺と北大路の声がハモった。流石、桐生。盤面に出てくる、正に『鬼』の様な譜面にも食らいついている。いるんだが。


「……西島さん、腕が八本くらい有るんですかね?」


「……西島だって人間だし、腕は二本の筈だ。だが……まあ、うん」

 言わんとしている事は分かる。なに、あいつ? 桐生も譜面を叩けては居るが、西島に至っては『優』しかねーし。



『――フルコンボだッカ!』



 先程俺たちに鬼の様な形相で怒ったキャラクターが、菩薩の様な笑みを浮かべて見せている。うん、西島、フルコンボしたよ。唖然としている俺たちに、西島は少しだけ照れた様な、気まずそうな顔を浮かべて。



「……まあ、多少の経験はありますし? こんなもんじゃないですかね?」



「いや、ガチ勢のそれ」


 俺の突っ込みに、桐生と北大路が同時に頷いた。いや、マジで。芸術みたいだった。良いもん見たわ、うん。



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