えくすとら! その二百十四 強く生きて、北大路君。
桐生の可愛らしい失敗にほっこりしていると、なんだか背筋に冷たいものが走る。慌ててそちらに視線を向けると、そこには絶対零度の視線でこちらを見つめる西島の姿が……!
「……温度差で風邪引く」
「なにしょーもないこと言ってるんですか!! 本当に貴方達は……そこでもかしこでもイチャイチャイチャイチャ……このリア充が! 爆発しろっ!!」
西島火山、噴火。そんな西島に苦笑を浮かべながら、北大路が『まあまあ』とその肩を叩く。
「西島さん、そないに怒らへん、怒らへん。仲がエエ事はエエことなんやしさ?」
「……じゃあ聞くけどさ? 北大路君は何にも思わないの、この二人? どこでも二人の空間作ってイチャイチャしてるんだよ、この二人? 鬱陶しいと思わない?」
「あー、別に鬱陶しいとは思わへんよ?」
そう言って苦笑を微笑に変える北大路。おお! 流石北大路!! お前、話が分かるじゃんか!!
「だ、だよな、北大路! 彼氏と彼女が仲良くするのは――」
「言葉は正しく使って下さい、東九条先輩。私は仲良くするのは別に良いんです。どこでもかしこでも二人だけの甘酢っぱい空間を作るのを少し控えて下さい、と言っているんです。っていうか、幼馴染ーずの皆さんも言いませんか? いい加減にしろって」
「……ノーコメントで」
言われてるな、確かに。
「それ、言ってるのと一緒なやつ。ともかく! あんまりラブラブちゅっちゅな空間は一緒に居る方もストレスですよ?」
「ストレスって……」
ストレスは言い過ぎじゃね? そう思う俺に、『分かってねぇな、お前?』と言わんばかりの西島の視線が突き刺さる。鋭利過ぎない、視線?
「ストレスですよ? 良いですか? 例えば男女の友達同士で遊びに来ている時、あるじゃないですか?」
「……俺、智美とか涼子、瑞穂くらいとしか遊びに行ったことないんだけど……」
「……」
「……」
「……良いんですか、彩音先輩。この浮気者、こんな事言ってますけど」
「失礼な事を言うな!!」
誰が浮気者だ、誰が! 言っただろう? 『行ったことがない』って! 過去形だ、過去形!!
「別段、気にしていない……と言うと嘘になるけど……昔の話でしょ? 今は二人きりで行ったり……してないよね?」
「誓って言うが、二人きりどころかお前のいない所では遊びには行ってねーよ」
「……ふふふ。ありがと」
「……当たり前だろ? そんなの――」
「はい、ストップ。それ以上は止めて下さい。私の言ったこと聞いてました? 何処でもイチャつくなって言ったんですよ?」
じとーっとした目をしてくる西島。い、今のは違うくない? そう思う俺に、西島は小さくため息を吐く。
「……分かりました。それじゃ東九条先輩? クラスでカラオケくらいは行ったことありますよね?」
「……まあ」
文化祭の打ち上げとかで参加はしたことあるけど……
「皆が和気藹々と盛り上がっている中、カレシカノジョのカップルが二人だけで盛り上がったらどう思います? 『なにしてんだよ、お前ら』って思いません? 『二人の時にやれよ! 空気よめねーな、このKY!』って……思いません?」
「……そこまでは思わねーけど……まあ、言わんとしている事は分からんではない」
要は場の流れに沿わない所でイチャイチャしたら、周りの雰囲気も悪くなるって話だよな? まあ……
「……悪かったよ」
……うん。別に俺的にはイチャイチャしている自覚は無いが……んな事言ったら、西島が修羅の如くブチ切れる事は理解しているので何にも言わない。そう思って桐生に視線を向けると、桐生は少しだけ微笑んで。
「――そうなの? 私、『クラスでカラオケ』とか行った事が無いから。友達、居なかったし」
……笑顔でそんな自虐言うなよ。っていうか久しぶりに聞いたな、桐生の自虐。見てみろよ、西島のあの悲しそうな顔。
「……コホン。まあ、今のは冗談だけど……そうね。確かに空気を読めずにイチャイチャしてたら、他の皆も居た堪れないのは分かるわ」
「……彩音先輩が可哀想過ぎてあんまり頭に入ってこないんですけど……と、ともかく! 今日はダブルデート! しかも片方は急造カップルな訳ですよ!! お二人が仲睦まじくしてたら、こっちはこっちでなんか気まずくなるじゃないですか!! ねえ、北大路君!!」
そう言ってにこやかな笑顔を北大路に向ける西島。そんな西島に、北大路も笑顔を。
「――え? そんな気にならへんけど……そういうもんなん? 俺、いつもは全然気にならへんのやけど……」
浮かべ、ない。きょとん顔をして見せる。え、ええ? なに、その反応? っていうか……
「……いつも?」
「ああ、いつもは言い過ぎですけど……ホラ、茜さんと秀明、お付き合いしてはるじゃないですか? ほいで……二回目? 三回目? のデートの時、俺もお呼ばれしたんですよ」
「……なんで?」
え、なんで?
「その……浩之さんの前で言い難いんですけど……」
「……ああ」
茜か。そう思う俺に頷いて見せる北大路。
「秀明から連絡来て……ほいで、デート現場に行ったら『おい、北大路! お前、よくもおにぃにチクってくれたな!』って……」
「発言がいじめっこのそれ」
「『まあ私は愛しの秀明とお付き合い出来て気分がいいので、今回は私たちのラブラブデートを見せつける事で許してやろう!』とか言って……」
「……マジで何してんだよ、あいつ」
思わずため息も出る。そんな俺に、北大路が少しだけ申し訳無さそうな顔を浮かべる。なに?
「……どうした?」
「ああ、そのデートにお付き合いしたんですけど……俺も秀明も、バスケ馬鹿じゃないですか? せやから秀明のアホ、茜さん放って俺とバスケ勝負とかし出して……茜さん、エライ拗ねてもうて……」
「……言葉もない。っていうか、参加しなかったのか、あいつ?」
「スカートやったんで」
「……ああ」
「その、地団太踏んで悔しがって……『ひであき、盗られた!!』って……ほんで、その後秀明が、こう……」
「……言わんでいい」
甘やかして、ご機嫌とったんだろう? うん、妹のこと大事にしてくれてるみたいでお兄ちゃん、嬉しいよ。
「……ほんまに死ぬかと思ったんですよ。『お前……秀明を私から盗る気か』って……せやから、その……その後、仲良くしてくれはって、ほんまに良かったな~って……俺の命、救われたんやって……せやから!」
良い笑顔で。
「俺、カップルで仲良いの、エエな思います!! そうしたら、俺も命の心配しなくてええですし!!」
「「「違う、そうじゃない」」」
三人の声がハモった。っていうか茜……お前、どんだけ北大路にトラウマ植え付ければ気が済むんだよ。




