第三十一話 お祭りに行こうよ! 後編
『すみません、すみません』と頭を下げて、未練がましく屋台を眺める桐生の首根っこを掴み、ずるずると引き摺りながらその場を後にする。
「こ……の……バカたれが! 何考えてるんだよ、お前!」
「……でも! 私、一個も取ってないもん!」
「でももストもねえよ! ったく……結局、ヨーヨー釣りで結構な時間使っちゃったじゃねえか」
一体、何人の野口先生が天に召された事か。しかも得られた物は何も無いって……どんだけ非生産的な事を……幾らお嬢様だって言っても使いすぎだろ。
「……お前、ハマるとヤバいな。課金ガチャとかぜってーするなよ?」
「……しないわよ。自覚、あるもん」
「あんのかよ」
「あるに決まってるでしょ? 図書館で読んだ本をもう一回買う女よ、私。蒐集癖があるのよ、きっと」
理解してるなら安心……でもねーな。そもそも、理解してるのにハマるのが不味いって。
「……それにしても……もう、そんなに時間たったの?」
「一時間弱って所か?」
「……そんなに。全然見て回ってないのに……」
「誰のせいだよ、誰の」
「……私。ねえ? もうちょっと見て行かない?」
「うーん……」
いや、まあ別に何かがある訳じゃないし、良いっちゃ良いんだが……いや、なんか怖いんだよな、今日のコイツ。射的とかでも絶対にハマる未来が見えるし。かといって食べ物系はなー。腹も減って無いし。
「……見る所、あるか?」
結局こういう結論に落ち着くんだよな。そんな俺の心を知ってか知らずか……まあ、確実に知らないであろう桐生、抗議の声を上げる。
「そ、その! 確かに悪かったわよ! でも、もうちょっと遊んでも良いじゃない! 遊び足りないわよ!」
「あれだけ遊んでだと……!」
戦慄を覚えた。いや、確かにこいつはヨーヨー釣りしかしてないけども。
「……まあ、気持ちは分からんでもない。無いがな、桐生? 食べ物系は全滅だし、遊戯系はちょっと怖いんだよ、今のお前」
「……食べ物系を買って帰って晩御飯、とか」
「勿体ない……とは言わんが、家に持って帰って喰ってもさめてるじゃん」
「わ、我が家には電子レンジという文明の利器があるわ!」
「そりゃあるけど……でもさ? 別にわざわざ此処で買ってチンして食べる必要なくね? 俺、飯作るぞ?」
「……そうだけど」
「そもそも……お前、無駄遣い嫌いなヤツだろうが。どうしたんだよ、今日。なんかおかしくねーか?」
そうなんだよな。コイツ。お嬢様の癖に吝嗇というか……まあ、本以外は結構節約するタイプだった気がするんだが……本当にどうしたよ、今日?
「そ、それは……その……」
「来たかったらまた来たら良いだろ? 別に祭りは此処だけじゃないし、もうちょっと他の祭りでも――」
「……あ!」
「――いいじゃねえかっておい!
言ってる傍から何処に行きやがりますか、貴方は!
「ちょ、おい! 桐生!」
走り出す桐生の背中を追う様に、俺も追いかける。視線の先では目的地に着いた桐生がしゃがみこんで何かを見つめていた。一体何を……って、ん?
「……露天商?」
都会なんかではたまに見かけるが……およそ、『お祭りの屋台』としては、随分違和感を感じる佇まいだ。陳列される商品を見るに、アクセサリー系? ますます、お祭り向きじゃ無い様な気がせんでもない。こういうのって子供向けのおもちゃとかぬいぐるみとかじゃね? そう思い、視線を桐生にむけると。
「……可愛い」
俺の予想もなんのその、うっとりとした視線を向ける桐生。なるほど、こういう需要もあるのか。
「……どれだよ?」
俺の問いかけに、黙って桐生が指差す。その方向に視線をやると……
「……キーホルダー?」
そこにあったのはシンプルなリング型のキーホルダー。これの何処に可愛い要素があるんだと思っていると。
「石」
「石?
「……うん。この石、可愛いし……綺麗……」
こくん、と俺の問いかけに桐生が首を縦に振る。
「おお! お客さん、お目が高い! これ、実は私が作った中でも一番の自信作!」
露天商のお姉さんが、にこやかに話かけて来た。へえ……これ、お姉さんの手作りなんだ? スゲー器用だな、これ。普通に店に売ってても違和感ないぞ?
「そうそう。イイ石が入ったんで、気合を入れて造ったんだ! 名付けて、『蒼天の月』」
「『蒼天の月』?」
「そう! キーホルダーの先についてる石はラピスラズリなんだけどね? 見て!」
そう言って、お姉さんがキーホルダーを手渡してくる。まじまじとそのキーホルダーを見ていると……あれ?
「……何か、中に入ってます? 金色の点みたいなのが見えるんですけど……」
「そうなのよ! それ、パイライトって言う鉱物でね? ラピスラズリの中に混じる事があるんだけど、そんなに綺麗に丸く混じる事なんて滅多に無いんだよ! しかも二個! 指輪にするかキーホルダーにするか悩んだけど、キーホルダーにしたんだ!」
そう言って『みてみて!』と対になるであろうもう一つのキーホルダーを見せて来る。そちらに目をやると、こちらは少しだけ大粒な金の点が入っていた。
「……はあ」
「元々、『ラピスラズリ』の『ラズリ』って、『天』とか『空』って意味なの。ホラ! そう思ってみると、夜空に浮かぶ満月みたいでしょ?」
ね? と俺に笑みかけるお姉さん。まあ、そう言われればそう思えない事も無いんだけど……なんだろう?
「……要は、不純物が混じってる宝石って事ですか?」
時間が止まった。一秒、二秒、露天商のお姉さんがすげーイヤそうな顔でこっちを見て来る。な、なんですか?
「…………ヤな事言うね、君。浪漫が無いの? 浪漫が」
「い、いや、そう言う訳じゃ……あと、『蒼天』って、夜空につけるネーミングですかね?」
どっちかって言うと昼間のイメージだが。要は、青空って意味だろ? あれ? 違う?
「語感を重視したの! 格好いいじゃん、蒼天の月って!」
「そうっすか?」
「……はあ。大変だね、彼女。理系の彼氏持つと」
「彼女じゃないです! あと、理系でも無いですよ!」
桐生にしろ、このお姉さんにしろ……何か恨みがあるのか、理系に!
「とーにーかーく! ほら、彼氏! 今ならちょっとおまけしてあげるから、彼女に買ってあげなさいよ! っていうかコレ、一応対になっているから二つとも買って!」
「だから、彼女じゃ――」
「だーもう、五月蠅いわね! 良いわよ、それじゃ彼女じゃ無くても! とにかく、ホラ!」
そう言って、お姉さんが桐生を指差す。つられて俺も、そちらに視線を送って……
「ホラ? どう?」
……桐生。
「あーんな眼して見つめてるのよ? プレゼントとしてポーンと買ってあげるのが、男の甲斐性ってモンでしょ?」
なにその、捨てられた子犬みたいな目。止めてくれない?
「……幾らですか?」
◆◇◆
「……ふふふ」
時計の針は既に三時。結局、アレから色々連れまわされた俺はすっかりくたびれモードだが……たいして桐生、ずっとご機嫌だ。
「……ちゃんと前見て歩けよ?」
「あら、心外ね。きちんと前を向いて歩いてるわよ?」
駄目だ。聞いちゃいねえ。前を向いていると主張している癖に……なんのことはない、視線はずっと手元のキーホルダーに注がれている。事故るぞ?
「……あのな、桐生」
「分かってるわよ。気をつけろって言うんでしょ?」
「……分かってるなら前見て歩けよ」
「……ふふふ」
……聞いちゃいねえしよ。
「……東九条君?」
「……なんだ?」
その声に視線を向けたると。
「――っ!」
キーホルダーを愛おしそうに抱いた桐生が。
「……ありがとう。大事に……ずっと、大事にするわ……」
……そう言って、蕩ける様な笑みを浮かべる桐生に。
「……そんなに高価なモンじゃないぞ?」
「そんなの関係無いわよ」
だって、と。
「……初めて……東九条君に貰ったものだもの」
なんだかその言葉に、猛烈に照れる。
「……風邪薬とか体温計買って行かなかったか?」
「ふふふ。照れてるの、東九条君?」
「……うるせーですよ」
そら、照れるだろう。そう思い、フイっとそっぽを向いた俺に、桐生は楽しそうに声を掛けてくる。
「その……今日、私、ちょっと我儘だったでしょ?」
「まあな。普段はもっと気を遣えるヤツだもんな、お前は」
「それはごめん。でもね、でもね? 今日は東九条君とお祭りだーっと思ったらなんだか嬉しくなっちゃって……帰るのが、凄く残念になって……」
ついつい、我儘言っちゃった、と。
「だから……ごめんね?」
「……」
……はあ。
「いいよ。どうだ? 楽しかったか?」
「うん! とっても! あのね、あのね、東九条君! 私、また一緒にお祭りに行きたい!」
そう言って、全身で喜びを露わにする桐生に。
「……気が向いたらな」
直近で何処でお祭りがあるか調べてやろうと心に決めた。
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