えくすとら! その二百三 野獣の群れに放り込まれたか弱い子羊状態
「……あー……桐生? 桐生さん? その、なんだ? そんなに落ち込むなよ? な?」
「……」
「……その、まあ、そりゃちょっとは恥ずかしいかも知れないけどさ?」
「……」
「……」
「……」
「……ダメだこりゃ」
『ずーん』と擬音が付きそうな程に落ち込んだ桐生は、部屋の壁に向かって体育座りをして抱え込んだ足の間に顔を埋めている。ま、気持ちは分からんでも無いが。
「……お前らな?」
俺の家のリビングであんな状態になっている桐生を放って呑気にお茶している四人にジト目を向ける。人の心とかないんか、お前ら。
「まあ、責任を感じないことは無いですが……ですが、浩之さん? 今、彩音様を慰めるのはあまり得策ではないのではないですか?」
「なにがだよ?」
「今此処で話しかけたら、先ほどの事を思い出して恥ずかしがるに決まっているじゃないですか。だから、此処は放っておく一択です」
そう言って綺麗な所作で紅茶を啜る明美。いや、まあ……そう言われたらそうかも知れんが。でもな? 流石にこれは――
「ま、大丈夫だよ、浩之ちゃん」
「――涼子? 大丈夫って、何が?」
こちらも明美同様、呑気に紅茶を啜っていた涼子が菓子皿からスティック状のお菓子を一本取ると、それで桐生を指して。
「だって彩音ちゃん、本当に恥ずかしいなら部屋に籠るはずじゃん? なのに、わざわざ皆のいるリビングでへこんでいるのはきっと、ポーズだよ」
「……お前な? マジで人の心とか無いんか?」
「いや、でも涼子の言った通りだと思うよ、私も」
「智美?」
「彩音がへこんでいるのは悪いとは思っている。思っているけど……こっちも悪気は無かったんだしさ?」
「悪気が無ければ何をしても良いとはならんだろうが」
「だから、そこは反省してるってば。やっぱ、勝手に上がり込むのは止めた方が良いね」
「……ま、そうだな」
幼馴染で、何時でもフリーパス状態だったが……こういう事態が起こったら不味いしな。こいつらが俺の家で悪さ――まあ、悪戯ぐらいはするかもしれんが、そんな悪さをするとは思わないが。
「……ま、最低限の礼儀だよな。やっぱ、ちゃんと許可取ってから来い」
「りょーかい。それで、話を戻すけどさ? 私もあれ、彩音が慰めて欲しくてやってると思うよ? ま、明美の言う通り恥ずかしくて今はあんな状態だろうけど……ね、瑞穂?」
「はい。私もあれ、彩音先輩の『かまってちゃん』状態だと思いますよ? 私たちが帰ったらきっと、『ひろゆき~、はずかしかったよ~』ってまたいちゃいちゃする魂胆だと思います!」
「……」
「やっぱり瑞穂ちゃんもそう思うよね~? 自分の部屋にいたら浩之ちゃんが声掛けてくるまで待たないといけないし、目の入る所にいたら構って貰えると思ってるんじゃない?」
「……そうですね。加えて、私達四人が居て、自分が居ない状況で浩之さん一人を残していく事に危惧を覚えているんじゃないですか?」
「危惧だ?」
「ええ」
そう言って明美は口元をハンカチで拭い。
「――飢えた猛獣の様な私たちの間に、浩之さんを一人残していくと……『ぱっくんちょ』されるんじゃないかと」
「言い方!!」
なんだよ、ぱっくんちょって! おい、お嬢様! いい加減にしろ!!
「そもそもなんだよ、飢えた猛獣って! どういう意味だよ!!」
「分かりませんか、浩之さん? 先ほどの彩音様の艶姿、とても魅力的でした」
「あー、そうだね。ドキドキしたね~」
「……ま、ちょっと羨ましいとは思ったかな~」
「ですね~。あんな風に浩之先輩に甘えられるの、いいな~って」
目をキランと光らせた後、全員で目を合わせて頷きあい音もなく椅子から立ち上がる四人。え? な、なに? なにこの、ホラーな感じ。
「……なんていってましたか……ああ、『味見』と」
「お、落ち着け、明美。目のハイライトがないぞ?」
「いいね、味見。うーん、お料理好きな私の舌に合うかな~……なんてね? 私が浩之ちゃんの味を気に入らない訳は無いし?」
「りょ、涼子? な、座ろう、いったん、座ろう?」
「……ま、ヒロは抵抗してくるかも知れないけど……でも、大丈夫だよね? ヒロは私達に酷い事、しないよね?」
「今、直ぐに、自分の行動を鑑みろ! 酷い事をしようとしてるのは間違いなくお前の方だぞ、智美!!」
「ごちゃごちゃ煩いですね~、浩之先輩! さっさとさせて下さい」
そう言って、瑞穂が俺の肩をぐっと掴む。い、痛い痛い! 力がつよす――あかん! こいつも目のハイライトさんがストライキ起こしとる!!
「お、お前ら、マジでいったん落ちつけ!!」
「落ち着いています。良いですか、浩之さん? 人は『やる』と決めた瞬間は……意外に冷静なものなんですよ?」
「今はそんな知識いらん! ちょ、マジでやめろ!! お、お前ら、動くな! うご――」
「――だめぇーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
不意に後ろからぎゅっと抱きしめられたと思うと、まるでダンスをする様にくるりと俺の体が一回転。瞬間、抱きしめられていた拘束が解けた事に慌てて後ろを振り返ると、そこには俺を背にして両手を広げて通せんぼする桐生の姿があった。き、きりゅう~……
「……怖かった」
「……怖かったよね、東九条君。うん、大丈夫!! 私が守ってあげるから!!」
俺の聖母の様な微笑を向けた後、きっと四人を睨む桐生。そんな桐生の姿に、四人もきっと桐生を……桐生を?
「……ほら、浩之ちゃん? いった通りでしょ? ポーズだよ、ポーズ」
「やっぱり彩音、もう回復してたんじゃん」
「ま、バカップルっぽい所結構見てますもんね、お二人の。そこまで彩音先輩にダメージ入ってるとは思ってませんし」
幼馴染三人が、少しばかり呆れた様な目で桐生を見てました。桐生は……ああ、うん。耳が赤いとこ見ると顔は真っ赤だな、ありゃ。
「……はぁ。私、ちょっと本気で心配したんですが」
他方、そう言って明美はため息を吐く。人の心、あったんか。
「……ん? の割にはお前、さっき一番ノリノリじゃなかったか?」
他の三人は悪ふざけ――というより荒療治っぽい感じで桐生の『かまってちゃん』状態を打破したっぽい感じだけど? そう思う俺に、明美は堂々と胸を張って。
「――ええ! チャンスはチャンスだと思いましたので! 少しでも『イケる』と思ったら貪欲に行く! 相手が瀕死の状態でも、常に全力で! それが東九条家の家訓です!!」
……聞いたことねえよ、そんな家訓。




