第三十話 お祭りに行こうよ! 前編
長くなったので前後編。ラブコメの鉄板!
「ねぇ、東九条君?」
「どうした?」
寝転がってテレビを見ている日曜日の昼下がり。お昼はパスタで良い感じにお腹も膨れ、のんびり寛いでいる俺に声が掛かる。桐生だ。
「これ……ちょっと気にならない?」
「これ……?」
桐生が差し出した『ソレ』に視線を送る。と、そこにはカラフルな字体で『第八回新津ふるさと祭り』と書かれたチラシがあった。
「……ふるさと祭り、ね」
「今日開催だって。場所はこないだバスケットした公園だし、どう? ちょっと行ってみない? 近いし」
「あー……そうだな。近いっちゃ近いか」
あそこまでならそう距離も無いし。無いけど……
「ええっと……大丈夫か? 病み上がりなのに出歩いて」
「どれだけ過保護なのよ。ただの風邪だし、もうすっかり良くなったわ。場所も近いし、ちょっと見て回ってすぐ帰るから。ねえ、行きましょうよ~」
そう言って俺の服の袖をクイクイと引っ張る桐生。伸びるって。
「……良いけど……どうしたよ? お前、休日は本を読むって言ってなかったか?」
いつからそんなアクティブな子になったんだ? まあ、前を知らんからなんとも言えんが。
「まあそうだけど……お祭りデートって基本だと思わない?」
基本って……ああ。
「恋愛小説的に?」
「少女漫画でも可、ね」
「まあ、良く見る展開っちゃ良く見る展開か」
「でしょ? ちょっと憧れもあったのよね。それに私、お祭りって行った事がなくて」
「そうなの?」
「ああ、ごめん。語弊があったわ。私、お祭り行ったことが無いのよ。友達と」
「……」
「両親とお祭りを回った事はあったけど、ごくごく小さいころだったし……小学校高学年や中学校になればお祭りって友達と行くでしょ? だから本当に久しぶりなのよ」
「……一人で行くと云う選択肢は?」
「ないわよ。クラスメイトにでも逢ってみなさい。絶対馬鹿にされるじゃない」
まあ、確かに。特に桐生なんて悪目立ちしてただろうし『桐生さん、一人で来てらしてよ?』なんて言われたらコイツの性格上我慢ならんのだろう。
「クラスメイトにあったらどうする? 同棲バレると厄介じゃないか?」
「貴方、ご実家に住んでた時に此処のふるさと祭りに行った事ある?」
「……ないな」
ふるさと祭りって地区のお祭りのイメージあるしな。わざわざ遠征してまで行こうとは思わんか。
「まあ、逢っても『たまたまそこで逢ったから、一緒に回ってる』って言えば良いじゃない? ねえ、東九条君! 行きましょう!」
「……はあ。わかったよ。でも、あんまり遅くならないようにな」
「やった!」
嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる桐生に苦笑を浮かべて、俺は自室から財布を取る為にリビングを出た。
◆◇◆
「ひ、東九条君! まず何処から見て回りましょうか!」
辿り着いた件の公園内で開かれていたふるさと祭りはまあまあ盛況だった。若干興奮した様に顔を綻ばせる桐生に苦笑を浮かべる。
「……少し、落ち着け。どんだけはしゃいでんだ、お前は」
「はしゃぐわよ! お祭り、何年振りだと思ってるの!」
「分かった分かった。ったく……はしゃぎすぎてこけるなよ?」
「子供じゃあるまいし、こけないわよ! それじゃ! まず何処から回りましょうか!」
「……そうだな」
ぐるっと辺りを見回す。視界に入るだけでも、たこ焼き、やきそば、リンゴ飴、クレープの食べ物系の屋台に、射的、金魚掬い、ヨーヨー釣り等の遊戯系の屋台と……まあ、お祭りの定番の屋台は並んでいるが……
「……取りあえず、食べ物系の屋台は除外な」
「え、ええ! な、何でよ! 食べ物系、鉄板じゃない!」
「さっき昼食べたばっかだし、まだ腹減って無いだろう? こんな時間に食べたら桐生、『晩御飯はいらないわ』とか言うんじゃね?」
三食ちゃんと食べないと健康に悪いからな。
「だ、大丈夫よ! お祭りのやきそばは別腹だもの!」
「……なにその甘いモノは別腹理論。聞いたこと無いんですけど。とにかく、駄目だ」
「じゃ、じゃあ……そう! 金魚掬い! 金魚掬いなら良いでしょ!」
「駄目に決まってるだろう?」
「でしょ! じゃ、じゃあ……って、駄目? 何でよ!」
……あのな。
「……お前、生き物育てた事あるの? 金魚掬いって金魚を掬ってはい、おしまいのキャッチ&リリースじゃねえんだぞ? お前、きちんと面倒見れるのか?」
中にはキャッチ&リリースの所もあるんだろうが……俺はそれの何が楽しいのかいまいち疑問だ。成果物がないとな、やっぱ。
「うっ! な、ないけど……東九条君は育てられないの? 私もお手伝いするから、一緒に育てましょうよ! 愛の結晶よ!」
「なんだよ、愛の結晶って。やだよ、面倒くさい」
「面倒くさいって! 金魚が可哀想でしょう!」
「そうだよ。だから俺は飼わないの。面倒くさいって思われて育てられるのは何より可哀そうだろうが、金魚が」
「そりゃ……そうだけど……じゃ、じゃあ、何だったら良いのよ!」
「そうだな……」
もう一度、屋台をぐるりと見回す。ふむ……
「……ヨーヨー釣りかな。水風船だから割れた時が心配だが……まあ、食べ物・生き物系を除いたら、消去法でこれしか無いだろう。論理的に考えて」
「……ねえ、東九条君。貴方って理系志望?」
「文系だよ」
本は嫌いだけど、数学は補習に行くレベルだし、文系志望だが?
「何よ、その理系みたいな言い方。私、理系って嫌い」
「全世界の理系の人に謝れ!」
いきなり何て爆弾発言をかますんですか、この子は! 恐ろしい子だよ!
「何よ、何よ……折角お祭りに来たんだし、もっと、こう……二人で楽しく和気藹藹と回るとか……」
「何か言ったか?」
「何でも無いわよ! もう良いわ、ヨーヨー釣りで! ほら! 早く行くわよ!」
肩を怒らせながら、ヨーヨー釣りの屋台に向かう桐生に溜息一つ。俺はその後をついていく。ヨーヨー釣りの屋台の親父さんは人好きのするおっさんでニコニコ笑いながら『いらっしゃい!』と俺達を出迎えてくれた。
「一回、二百円だよ!」
「それじゃ……桐生、やってみるか?」
財布から百円玉を二枚取り出し、親父さんに渡す。俺の仕草に、驚いた様に桐生は手に持ったバッグの中を漁った。
「じ、自分で出すわ!」
「いいよ、これぐらい。ホレ」
「……あ、ありがと」
おずおずと俺からこよりを受け取ると、花が咲いた様な笑顔を浮かべる桐生。屋台のおっさんが『青春だね~』とかニヤニヤした顔で言ってくるから、その笑顔、止めてくれない? 可愛いんだけどさ?
「そ、それじゃ頑張るわよ!」
そういって、『むん!』と小さくガッツポーズをしてヨーヨーの浮かんだ水槽の中に視線を向けた。その顔は真剣で、それでいて楽しさがにじみ出ている様な笑顔であり、俺としては桐生を連れて来て良かったと、そう思ったんだ。
……三十分後までは。
「……もう一つくれるかしら? 『こより』」
顔はにこやかだけど、『ゴゴゴォ!』って怒りの波動を浮かべてそうな桐生に、俺は冷や汗をかく。
「……あ! ま、また! もう! 何で取れないのよ! 『こより』、もう一つよ!」
お行儀悪く、こよりを地面に投げ捨てる桐生さん。いや、何でって……
「……なあ、桐生」
「何よ!」
「お前……ヨーヨー釣り、やったことあるのか?」
「初めてよ! 知ってるでしょ! 私、お祭りに殆ど来た事が無いの!」
……ああ、やっぱり。
「……あのな、桐生? ほれ、『こより』は紙で出来てるだろう? だから……水につけたら……破れちゃうんだぞ?」
「私の事いくつだと思ってるのよ! バカにしてるの、貴方! それぐらい、分かってるわよ!」
……分かってるんだったら、そんな勢いよく水の中にこよりをつけるなよ。あまつさえ、水の中で悠長に『どれにしようかな~』みたいに迷ってたら……
「ああ、もう! また!」
……普通に考えて、直ぐ破けるでしょうよ。なんでこの子、頭良いのにこんなにポンコツなんだろ? アレか? 最初はテンション上がり過ぎ、今は怒りで冷静じゃないのか?
「もう! なんで取れないのよ! 大体、このこよりが直ぐ破けるから行けないのよ! インチキじゃないの!?」
「営業妨害になるからそれ以上言うな!」
そもそも、直ぐ破けなかったら商売にならないだろうが。無茶苦茶言ってるから、桐生さん。
「……そうだわ! こよりを纏めて十本、貰えるかしら!」
「どわー! ストップ! 財布から諭吉先生を出すな! 何考えてるんだ、お前!」
「何よ! 十本纏めれば、水の中につけても簡単には破れないわ!」
「財力に物を言わせるな! それじゃまんま悪役令嬢じゃねーか!」
なんかどっかで見た事ある気がするけど、そういうキャラ! つうか、見ろ! 店の親父さん、苦笑じゃねえか! ああ、すいません! このバカ、直ぐに連れて帰りますから!
「ちょ、東九条君! 私、まだ一個も取れて無いのよ!」
「良いから! ホレ、行くぞ!」
渋る桐生を引きずってヨーヨー釣りの屋台を後にする。
「……」
来るんじゃなかったと、三十分前とは真逆の事を考えて、俺は小さくため息を吐いた。
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