えくすとら! その百九十四 天下の往来でなにやってるんですか
「そろそろ機嫌、なおせよ?」
「だって……」
猫カフェを後にした俺ら。だが、猫カフェ希望だった桐生の頬には若干の不満の色が残っている。理由は簡単、『まりんちゃん』がだいぶと俺に懐いていた事にご機嫌ナナメだからだ。
「……あの子、最後の最後まで東九条君にべったりだったじゃない。東九条君がお会計済ませようとしていたら足からよじ登って顔、ぺろぺろ舐めてにゃーにゃー泣いてたし……」
「……まあ」
自意識過剰かもしれんが……なんか、『行くにゃ! 帰るにゃ!!』って言ってた気はしないでもない。まあ、猫カフェの猫だし、お会計済ませると人間は店から出ていく事を分かっているのかも知れんと思うと余計に。
「……ふんだ。モテモテじゃない、東九条君」
むすっとした顔を浮かべる桐生に、思わず苦笑が漏れる。そんな俺の苦笑に、桐生が小さく顔を俯かせた。
「……ごめんなさい」
「なにが?」
「私が行きたいって言って連れて行って貰った猫カフェで不機嫌になって……そう言えば、お代も出して貰ってたわ。幾ら?」
「いいよ、たまには」
「そういう訳には!」
「んじゃ、お礼って事で」
「……お礼?」
「可愛い嫉妬を見せて貰ったお礼ってこと」
俺の言葉に桐生が一瞬で頬を赤く染める。そんな桐生に苦笑を微笑に変えて俺は桐生の頭を撫でる。
「他の女の子に嫉妬ならもうちょっと俺も焦るけど……猫だしな」
「……分からないじゃない。種族の壁を越えた愛もあるし」
「……流石にハードルが高すぎるんですが」
その壁を乗り越える勇気はちょっと無いし……そもそも。
「……俺は彩音が一番だから」
「……浩之」
「まりんちゃんは確かに可愛かったし、あれだけ懐いてくれれば悪い気はしねーよ。でもまあ、一番可愛くて、一番……そうだな、『懐いて』欲しいのは」
お前だけ、と。
「……嬉しい……にゃ」
「にゃ?」
「い、いえ! な、懐いて欲しいって言ったから!! そ、それならこう、こういう方が……か、可愛いかにゃーと……」
「……顔真っ赤にするくらい恥ずかしいんならやるなよ」
……いや、可愛かったけども! なんかこう、ムズムズするわ!!
「……コホン、そうね。流石にお外でやるのは恥ずかしいわね」
「家の中でもやめてね?」
耐えれなくなるから、俺の理性が。
「……でも、今の反応見る浩之も満更では無さそうだけど? やりましょうか? 猫耳でもつけて」
「……ノーコメントで」
そらね? 可愛い彼女が甘えた様に猫耳つけて『構ってにゃ?』とか言ってきたらそら彼氏的にはテンション爆上がりだよ? 爆上がりだけども!!
「……ねえ、浩之? ちょっと雑貨屋さんとかいかない? ああ、雑貨屋じゃないのかしら?」
「……なに買うつもり?」
「猫耳カチューシャ」
「却下で」
「冗談よ」
くすくすと笑う桐生に肩を落とす。お前な~? マジで勘弁しろ下さい。そもそも昨日あたりから教師コスプレとか見せられて結構いっぱいいっぱいなの。マジで崩壊するから、理性の壁。ベルリンより百倍脆弱だよ、俺の壁。
「……流石に私もそれは恥ずかしいしね。でも……」
そう言って、俺の耳元に唇を寄せて。
「――――いっぱい、愛してくれたら……嬉しいにゃ」
ちゅ、というリップ音を響かせて俺の側から離れて楽しそうに微笑む彩音。俺? 耳まで真っ赤だよ、畜生!
「……お、おま……」
「ふふふ! あーあ、なんかやっぱり今日はお泊りする気分じゃないかも知れないわね? 今、物凄く貴方に甘えたい気分だもん」
少しだけ頬を染めながら、上目遣いでそういう桐生。
「……ね? どう? やっぱり……家に帰らない?」
熱っぽい目でこちらを見つめる桐生に、俺は思わず息を呑んで――
「――公衆の往来で何やってんですか、お二人は」
「「どわぁー!!」」
桐生と二人で思いっきり息を吐きだした。声の方向に視線を向けると、そこには呆れた様な西島の表情があった。
「……何やってるのかと思えば……なんですか、『愛してくれたら嬉しいにゃ』って。え? そういうプレイなんです? 流石にイタイっていうかキツイっていうか……」
しらーっとした視線の西島に、居た堪れない気分になる。いや、ち、ちゃうねん。
「はぁ。まあ、仲が良いのは良い事ですけどね? 何してたかも知りませんけど、ナニするんだったら人目の付かない所でお願いしますね?」
「な、ナニって!? 何を言っているのよ、西島さん!? はしたないわよ!!」
「……天下の往来でにゃんこプレイしている人には絶対に言われたくないですけどね、はしたないなんて。そもそも『ナニ』の意味、分かるんです? 結構むっつりですね、桐生先輩」
「うぐぅ……」
言葉に詰まって顔を真っ赤に染めて俯く桐生。
「……西島、その辺で勘弁してくれ」
「いえ、別に責めている訳じゃないんですけど。でも、他の人がみたら『え? なにごと?』って思うと思うので、ある程度自重した方が良いかなとは思いますが」
「……反省します」
「まあどうでも良いですけど」
そう言ってもう一度『はぁ』とため息をつく西島。そんな西島に話題を逸らすべく、俺は声をあげる。
「そ、それで? 西島はどうしたんだ、こんな所で? 何か用でもあるのか?」
「私ですか?」
こくん、と首を傾げる西島に頷いて見せる。
「私はアレです。明日は北大路君とデートでしょ? なので手持ちの『装備』じゃちょっと心許ないとおもいまして……まあ、服でも見に行こうかな~って?」
「……装備? なんだ、お前? 魔王でも倒しに行くのか? デートだろ?」
「知らないんですか、東九条先輩? 女の子に取ってデートは戦場なんですよ?」
……知らなかったです。
「……ねえ」
「はい?」
俺と西島の会話中に復活したのか、桐生が視線を西島に向ける。
「その……私達もついて行っていいかしら、その……服を買いに行くのに」
「……はい?」
桐生の言葉に、西島の目が点になった。




