えくすとら! その百九十 別にクってしまっても構わんのだろう?
「ところで」
西島のローストビーフサンドに舌鼓を打ち――まあ、桐生は『ぐぬぬ!』な表情をしていたが……ともかく、そんな昼食後に西島が魔法瓶に入ったコーヒーを差し出しながら北大路に声を掛けた。
「北大路君、今日の試合終わってももう一泊、東九条先輩と桐生先輩の家に泊まるんだよね?」
「俺? あー……どないしよっかな? センセは『好きにしたらエエ。明日は練習休みやし』って言うてはるけど……ほいでも」
そう言ってチラリとこちらに視線を向ける北大路。ふむ。
「俺んちの事なら別に気にしなくて良いぞ。なあ、桐生?」
「くぅ……このカップケーキも美味しいわ……く、悔しいじゃない……さっきも東九条君、美味しそうに西島さんのローストビーフサンド食べてたし……か、確実にこれは私の負け……い、いえ! まだよ! 確かに現状では西島さんの料理に及ばない! ええ、ええ! それは認めるわ! でも、勝負はまだまだ――」
「……桐生?」
……なんか暗い目でデザートのカップケーキ見つめてブツブツ言ってるんですけど、桐生さん。うん、ちょっと怖いよ?
「負けを認める……え? ひ、東九条君? なんか言ったかしら?」
「……北大路がもう一晩泊まりたいって。良いか?」
今日は三連休二日目だし、明日も学校は休みだ。もう一晩北大路が泊まったとしても……
「というか、そもそも北大路君、今日も泊まるつもりじゃなかったの? 私、今日も明美様のお家にお邪魔しようと思っていたんだけど……女性陣、今日は皆そのつもりよ? ねえ、西島さん」
「はい。明美さんが『気にせず泊まって下さい』って仰られるので……明美さんと東九条さんは明日の夕方に京都に帰るって言ってるから、今日は私達後輩ズで晩御飯を振舞う予定なんですが……」
桐生と西島の言葉に俺も北大路を見やる。そんな俺の視線に北大路が少しだけ困った様な苦笑を浮かべて頬を掻いた。
「いや~、そのつもりやったんですけど……なんかやっぱり申し訳ない様な気がして……今日帰るのはともかく、小遣いもちょっと多めに持ってきてますし、ネカフェかビジネスホテルにでも泊まろうかと思うてたんですけど……」
「ネカフェかビジホだ? んなもん、金の無駄だよ。折角タダで泊まれる宿があるんだし、そんなもんに無駄な金使うな。なあ、浩之?」
「……その意見には全面的に賛成するけどな? それ、俺のセリフじゃね?」
いや、藤田の言う通りそこは全然気にしなくていいけどな。そんな俺の視線に、少しだけ申し訳無さそうな表情の下に喜色を浮かべた北大路がそれでも遠慮がちに頭を下げた。
「よろしいんですか? ほな、お言葉に甘えて……もう一晩、お世話になります。桐生さんもすんません、なんかご迷惑お掛けして」
「気にしないで、北大路君。こちらも女子会で楽しいから」
「お前、女子会する機会も無かったしな」
「東九条君、煩い。でもまあ……そうね。こうやってお友達と一緒にお泊りは楽しいわ。流石にちょっと寝不足になったから毎日だったら大変だけど……たまにはいいわね」
そう言って小さく『くわぁ』と欠伸をして見せる桐生。普段はどっちかって言うと凛とした――ああ、いや、まあ、ポンコツな所もあるけど、こういう『素』の気の抜き方は珍しいな、なんて思っていると桐生が薄く頬を染めて俺の袖をちょんと摘まむ。
「……あんまり見ないでよ。恥ずかしいでしょ?」
「そりゃ申し訳ない。可愛らしい顔だったからさ」
「……もう」
不満げでありながら、それでも嬉しそうな顔を浮かべる桐生。そんな桐生に『うへー』という顔をして見せた後、西島は『うん』と一つ頷いた。
「それじゃ、北大路君は今日も東九条先輩の家にお泊りなんだね! それじゃさ? 明日は私と」
デートに行かない、と。
「で、デート!?」
「そ、デート。逢引き、でぇと。北大路君が東九条先輩と遊びたいって言うのも分かるけど……私だって『カノジョ』でしょ、今のところは?」
「そ、それは……ええっと、まあ、はい」
気まずそうな北大路。そんな北大路に、西島は苦笑を浮かべて見せる。
「そんな気まずそうな顔をしないの! 私は気にして無いし……それにさ? 北大路君、どうするつもりなの?」
「ど、どうするって……な、なにが?」
「どういうストーリーになってるのか知らないけど……明美さんとの婚約回避の為の『カノジョ』なんでしょ、私? それじゃさ? この三連休の報告ってご実家にいるんじゃない?」
「……まあ、そうかも知れへん」
「『明美さんと婚約なんかいやや! 俺には彼女がおるんや!』みたいな話になったらさ? ある程度、デートくらいはしておかないと話も出来ないんじゃない? 彼女がどんな子かとか聞かれたらどう答えるつもり?」
「そ、それは……バスケの巧い子、とか……」
「はい、バスケ馬鹿。まあ、それでも良いかもしれないけど……もうちょっと私の事、知っておいた方が信憑性が増すと思わない? 彼女がいるとかいないとかも」
「……せやな。ほ、ほいでも! 西島さん、明日は予定とか無いんかい? 有難い話やけど、俺にばっかり付き合わせ――んぐ!」
喋りかける北大路の唇に人差し指をそっと当て、西島がウインク一つ。
「何言ってるの。言ったでしょ、『役得』だって。私だってこんなイケメンとデート出来るんだもん。それに」
茶目っ気たっぷりに笑って見せて。
「――最初に言ったじゃん? 『本物に立候補しても良いかな?』って。なので、明日は有権者である北大路君に積極的に政治活動をしようかと?」
笑顔の眩しさか、人差し指を唇に持って来られた恥ずかしさからか視線を逸らす北大路の姿を見ながら。
「――……チャンス、到来!」
ニヤリと微笑んだ西島のその肉食獣の笑みに俺の背中に冷や汗が流れた。だ、大丈夫か、北大路。明日食べられちゃうんじゃないんか、コイツ……




