第二十九話 たまにはこんな無駄話を--ああ、基本いつも無駄話だったわ。
桐生の風邪は結局、一日で治った。一応、大事を取って翌日は桐生は休み(看病を申し出たが、サボるなと学校に行かされた……)、そして今日の金曜日を迎えた。
「どうだった? 大丈夫だったか?」
「オーバーね。ただの風邪よ? あ、醤油取って」
「ほい。まあ、大事無かったらよかったよ」
「本当に。これも東九条君のおかげね。ありがとう」
そう言ってにっこり微笑みながら焼き魚に箸をつける桐生。左手にお茶碗を持ち、白米を口に頬張る。
「おいしい! やっぱり、私の炊いたご飯は美味しいわね!」
「まあな。素材の勝利って言いたいところだが……確かに桐生の炊いたご飯は旨い」
なにが違うのか、俺が炊くより桐生が炊いた方が旨い気がする。気の持ちような気もせんでもないが、これに気分を良くした桐生は『ご飯は私が炊くわ!』と随分張り切ってくれてる。まあ、上手い方が炊くのが良いし、俺も楽が出来るから助かるっちゃ助かるが。
「それでもお前、流石に病み上がりだからな。明日、明後日はゆっくり休めよ? あんまり外に出歩かずに。どっか行く予定でもあるのか?」
「明日も明後日も予定は特には無いわね。というか、そもそも私、あんまり出歩く事しないのよね。友達も居ないし」
「また突っ込み辛い事を……そう言えば今まで休みの日って何してたんだ?」
「家で本を読んだり、習い事をしたりしてたかしら?」
「……習い事? 何してんだ?」
「今は何も。中学生まではピアノとヴァイオリン、英会話ね」
「……へー。んじゃそれ以外の時間は? 読書はしてたんだろうけど、テレビは見て無いのか?」
「主に読書ね。テレビは……あんまり見ないかしら。ニュースとか、好きな映画とかは見るけど……それぐらいかしらね?」
「ドラマは?」
「興味ないわね。面白くないと言うつもりはないんだけど……あの、一週間待つのが嫌なのよ。続きがすぐ知りたいし」
「ああ、なるほど」
「それに」
そう言って、少しばかり遠くを見つめて。
「――ドラマを見ても話す友達も居なかったし」
「なんか最近自虐がネタになってね!?」
「冗談よ。まあ、でもドラマを見てなくても話題に乗り遅れる事は無かったわよ? だって、私はずっと話題の外に居たから!」
「だから!」
「ああでも、ある意味では話題の中心かしら? もちろん、悪い意味で」
「……お前な?」
俺の声にクスクスと笑って見せる桐生。良い性格になって来たよ、ほんとに。
「……でも、それもあってか東九条君には感謝しているわ。こうやって毎日お話も出来るし」
「まあ、一緒に住んでるからな」
「……昔はこうやって人と話す事は無駄だと思ってたんだけどね」
「……無駄じゃねーだろ」
「無駄よ。だって向けられるのは悪意ばっかりだもん。それならお互いに不干渉を貫いた方が建設的じゃない?」
「……そうか?」
「そうよ。でも、それもあって私は読書の世界に惹かれたのかも知れないわね」
「本は悪口を言わないから?」
「本は綺麗な世界だからよ。だから、私は基本ハッピーエンド推奨派ね! やっぱり物語はハッピーエンドじゃないと!」
「そういえば桐生って、どんな本読むんだ?」
ハッピーエンドは分かったが、色々ジャンルあるじゃん。ミステリーとか、時代物とか。
「ハッピーエンド推奨派よ? 恋愛小説に決まってるじゃない。まあ、なんでも読むけど……それでも一番好きなのは恋愛小説、しかも甘々のヤツが好みね!」
「………………マジで?」
一番、桐生に似つかわしく無いのが出て来た。
「なによ。私だって十七歳の女の子よ? 恋に憧れる気持ちぐらいあるわよ。本を読むたびに、『ああ、私もこんな素敵な恋愛したい!』って思ってたわ」
「『恋は熱病ね! 時間の無駄だわ!』ぐらいの事を言うのかと思った」
「言わないわよ、そんな事。私、現実主義者だもん。いいな、と思う人が出来たら恋ぐらいするでしょうし、むしろそうならない方がおかしいわよ」
なんでも無いようにそう言って、焼き魚を一口。美味しそうに顔を綻ばす桐生を見て、俺は思い出す。
「……そう言えば最初、『白馬の王子様が良かった』とか言ってたな、お前」
「……あの時の話は悪かったってば」
「いや、責めるワケじゃなくて……そう考えるとお前、可哀想だよな?」
「可哀想? なんで?」
「だってお前、『素敵な恋愛』したかったんだろ? このまま結婚したら恋なんて……ああ、でも出来るか? お前、浮気しても良いって言ってたもんな」
「貴方には認めたけど、私はするつもりは無いわよ? そんな不義理な事」
「いや、俺だってするつもりはないが……」
「言ったでしょ? 私は現実主義者なの。『許嫁』って単語に過剰反応はしてしまったけど……私、それでも桐生家の跡取り娘だし? 変なお婿さんは取れないもの。そうなれば、きっと許嫁はともかく、お見合いぐらいはしてたでしょうし。自由恋愛なんてもってのほかよ」
「そっか……」
まあ、それもさにあらん。桐生の家に『ちいっす! お嬢さん、頂きますわ~』なんて輩が来たら豪之介さんに冗談抜きで出口なし富士の樹海を単独走破コース待ったなしだろうし。
「……でも、それって精々大学卒業してからの話だろ?」
「まあね。少なくとも、高校在学中にお見合いなんて事は無いと思うわ」
「そう考えると……やっぱり可哀想だよな、お前。高校時代くらいは恋愛出来たかも知れんのに」
結婚まで行くかはともかく、恋に憧れる女の子が恋を知らず……かどうかは知らんが、聞く限りじゃ男っ気も無かったんだろうし、そんな若い身空で許嫁か。そりゃ――
「……なに? どうした?」
気づけば桐生が頬をぷくーっと膨らまして不満そうにこちらを睨んでいる。どうでもいいが、ちょっと可愛い。
「……貴方、私との許嫁がそんなに嫌なの?」
「……は?」
なんで? 俺はお前が可哀想だと思ってだな?
「だって……さっきから、暗に私に『恋愛しろ』って言ってない?」
「……そんなつもりは」
言われて見れば……まあ、確かに聞こえないでもない。
「本当かしら? なんだか、私に『素敵な恋愛』をして欲しそうに聞こえるけど」
「して欲しいというか……出来なくて可哀想と思ったというか」
「ふーん? っていうか、そもそも貴方、私が誰かと良い恋愛しても良いの? 貴方の事を放っておいて、他の誰かとイチャイチャして--『素敵な恋愛』をしても?」
「……」
桐生が? 俺の事を放っておいて、誰かと……イチャイチャして……『素敵な恋愛』?
「……ふーん」
「じょ、冗談よ! 冗談だから、そんな怖い顔しないで?」
「……え? 怖い顔してたか、俺?」
「怖い顔っていうか……なんか、凄い不満そうな顔かしら? ううん、やっぱり怖い顔だったわよ、アレ」
まあ……正直、ちょっと『イラ』っとしたのは間違いではない。恋愛感情かと言えばそうではないと言えるが……なんだろう? 仲良い友達取られた感はすげーあった。
「……まあ、心配しないで? 私は別に、誰かと恋愛なんかするつもりは無いから。貴方に夢中、よ?」
「嘘の多い人生だな、それは」
「嘘じゃないわよ。私は貴方の許嫁で、貴方は私の許嫁よ? それじゃなくても、私が今まで一番長い間話した男の子ですもの。まあ……確かに夢中は言い過ぎかもしれないけど、一番は一番よ?」
「そりゃまた光栄です」
「もう」
苦笑しながら、桐生は箸をおく。
「だから……貴方がさっき怒ったみたいな顔をしたの……怖かったけど、ちょっと嬉しかった」
「……そうかい」
「貴方に『どうでも良い』と思われるのはちょっと辛いかも知れないわね」
「どうでも良いとは思わねーよ」
きっと、俺はもうコイツの事を『どうでもいいやつ』とは思えないだろ。
「ありがとう。凄く嬉しいわ」
「そいつはどうも」
「さっきも言ったけど、私が一番長い時間を過ごし……そして、これからも過ごしていくのは貴方よ。貴方は私の事を知ってる、一番の男の子だけど……私はきっと、貴方の事を一番知ってる女の子じゃないわ」
「……まあ、そうかもな」
涼子とか智美、瑞穂の方が俺の事は良く知ってるしな。
「でも、それはちょっと悔しいじゃない? だからね?」
――私にも貴方の事、もっと教えて? と。
「……負けず嫌いめ」
「そうね。自分でもびっくり。私、結構負けず嫌いみたいだわ?」
「負けず嫌いは知ってるだろうが、悪役令嬢。色んな人を正々堂々叩き潰して来たくせに」
「そういわれればそうね。それじゃ負けず嫌いの私から質問です。好きな女優さんって、だれ?」
「お前、テレビ見ないから知らないだろ?」
そんなしょうもない会話をしながら、金曜の夜は更けて行った。
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