えくすとら! その百八十四 愛の伝道師、桐生彩音。尚、看板に偽りアリ
「それで? どうなの、小林君とは? あのやり取りを見る限り、仲良くやっているように見えるけど?」
「え、ええっと……そ、そうですね。その、よくバスケの練習は一緒に……あ、あの――」
「そう! それは良いわね! 二人で愛を育んでいるという事ね?」
「あ、愛!? い、いえ、そういう訳じゃ――」
「そんなに照れなくても――ああ、そういう訳ね? 小林君の事を好ましく思っていても、それが自分でも『好き』という感情かどうか分からない、そんな感じかしら?」
そう言って桐生はにっこり笑って。
「――甘酸っぱくて堪らないわね。きゅんきゅんさせてくれるじゃない、木場さん!! きゅんきゅん成分、大量摂取だわ!!」
「……東九条先輩。なんとかしてくれません、この色ボケ先輩」
「……すまん」
ジト目の木場に頭を下げて桐生の肩を掴む。ほ~ら、桐生? そろそろ落ち着け? な? ほら、もうちょっとで試合が始まるしさ? 取り調べはそれぐらいで良いだろう? っていうか、警視総監が直々に取り調べするってラブ警察は人材不足なのか? ああ、趣味か。なにその公私混同。ちょー怖い。
「そろそろ落ち着け、ポンコツ令嬢」
「誰がポンコツよ、誰が」
「お前だ、お前。どんだけ恋愛に飢えてんだよ?」
きゅんきゅん成分欠乏しすぎだろう。そもそも何なの、きゅんきゅん成分って。
「飢えてる訳じゃありません。これは先達として、愛の路頭に迷う後輩への『しるべ』となるべき行動よ! いわば啓蒙活動ね! 愛の教えを説くの!」
「……宗教かよ」
国家権力の次は宗教かよ。
「つうか桐生、流石にどうしたよ? 幾らなんでも絡みすぎじゃね?」
普段のコイツは――ああ、でも最近ポンコツぶりはマシマシな気はせんでもないが……それでも、ほぼほぼ初対面の人間にここまで絡むような人間じゃない筈なんだが? そう思う俺に、桐生は少しだけ悩んだ素振りをして見せた後、ちょいちょいとこちらに手招きして見せる。
「……どうした?」
桐生の手招きに応じるよう、俺は桐生の口元に耳を近付けて。
「――だって……貴方、試合の時に木場さんに鼻の下伸ばしてたじゃない」
「……誤解なんですけど」
いや、確かに試合中に会話はしたよ? したけどさ。
「だから……木場さんの恋愛事情は少し気になるのよ。別に盗られるとか思っている訳じゃないけど……それでもね」
そう言って苦笑をして見せる桐生。いや、流石にそれは心配し過ぎだと思うし、何より。
「ダウト」
「な、なにがよ?」
「いや、お前のは完全に興味だろ? 恋愛大好き人間だし」
「お、女の子は人の恋路に興味があるものなの! ね、ねえ、木場さん? 貴方もそうでしょう!!」
「いや、まあ……私だって興味がない訳じゃないですけど……一回試合した程度の方の恋愛事情にそこまで興味は無いんですけど……」
そう言って俺と桐生を交互に見やる木場。
「その……まあ、もしさっき桐生先輩が言ってた様に、東九条先輩にコナ掛けた……というとちょっと語弊がありますが、誤解を受ける態度を取った事が気になっているというのなら理解は出来ますし……それに謝罪もします。すみませんでした、桐生先輩。桐生先輩の彼氏に誤解を受ける様な言動をしてしまいまして……」
「それは半分冗談よ」
「……そうなんです? あの時、桐生先輩親の仇を見る様な目で私を――」
そこまで喋り木場は考え込むように中空を睨む。
「……そうですね。よく考えたら桐生先輩が睨んでたの、東九条先輩でしたね」
「そうよ。木場さんに思う所がない――というと嘘になるわね。貴方は可愛らしい顔立ちをしているし、運動しているからスタイルも良い。そんな子が東九条君に好意的な態度を取ったら……まあ、不安にもなるでしょう?」
「……桐生先輩が心配する必要はないでしょ? 嫌味かなんかです?」
木場自身、自分よりも容姿的な面で桐生の方が優れているのは認めているのだろう。じとっとした目で桐生を見やる木場に、桐生は苦笑して手を左右に振って見せた。
「まさか。私自身、自分に自信が無いというつもりはないわ。客観的に容姿が人より少しばかり優れているだろう自負も……まあ、女子高生特有の自惚れを引いてもある。あるけど」
ちらっと俺に視線を向けて。
「それが意中の男性の好みかどうかは別問題でしょう?」
「……まあ」
「相性もあるしね。仮に東九条君が真のバスケ大好き……まあ、バスケ馬鹿だって、彼女に求める条件が『バスケが巧い』だった場合、東九条君の隣にはきっと私じゃなくて別の誰かが居るわよ。私よりもバスケの巧い、彼の幼馴染とかね?」
「……そう、ですね。でも、それ聞いたらなんか余計に申し訳なくなってきました。すみません、桐生先輩」
「だから、謝罪は構わないわよ?」
「いえ、その……なんていうか、ちょっと気持ち、分かると言いますか……で、ですよね? 自分の……え、ええっと、その、あの……き、気になる人の近くに他の女の子が居たらあんまり気分は良くないですよね? なんの権利があってとか思うと思うんですけど……」
それでも、不安になりますよね? と照れたように頬を染める木場。そんな木場の姿に――って、あかんって。
「――もし宜しければ、お話伺いましょうか? この愛の伝道師である桐生彩音が!」
……桐生さん、めっちゃ目がキラキラしてますやん。っていうか、本当に宗教団体とか立ち上げないよな、コイツ?




